鬼滅の刃』のヒットなど、アニメ市場は空前の好況にあるように見えているが、かねてより指摘されている労働環境、とくに業務委託の多い現場のアニメーターの負担が増えているとも言われている。

かんなぎ』『フラクタル』『薄暮』などを手がけたアニメ監督の山本寛さんはツイッターなどで、業界の問題点について積極的に発信している。山本さんは「アニメの作り方をゼロから見直すべき」と話す。山本さんに聞いた。

●アニメは「人手や時間がかかる仕事」だ

――アニメ業界は「ブラック」なのでしょうか?

もう何十年も前から「アニメ業界はブラックだ」と言われてきました。たしかに「動画」(※)の担当は、1枚あたり30分から1時間くらいの制作時間がかかり、報酬は200円少しです。

時給換算すると、とても低い数字となります。しかし、本業で食っていけないから「ブラック」と言うならば、アニメ以外のいろんな業種でも言えると思います。特に同じような「表現の仕事」です。

たとえば、お笑い芸人です。駆け出しのお笑い芸人は150円のギャラをコンビで分けたり、一つの興行のギャラが200円とか500円という話を聞きます。役者やミュージシャン、画家などもなかなか食べていけません。でもそれが「ブラックだ」と言われたりはしません。

もちろん、その環境がまったく良いとは思いませんが、アニメ業界も同じような「表現の仕事」と比較すべきだと思うんです。

――他の表現の仕事と比べても「特殊」なところはないのでしょうか?

そもそも絵を描く仕事なので、誰にでもできる仕事ではなく、才能が必要です。お笑い芸人もミュージシャンも才能がいるのは同じですが、アニメの場合さらに労働集約的で相当数の人手が必要になります。

お笑い芸人の場合、極端に言えば、漫才を披露するのは2人です。しかし、アニメの場合は1作品を作るのに200人くらい必要です。だから、売れないアニメーターであっても、数合わせとして必要になるのが、構造的な問題としてあります。

もう1つ、たとえばミュージシャンの場合、レコーディングの拘束時間は数時間ですが、アニメの場合は数週間の拘束です。だから、売れないミュージシャンはバイトで食いつなぐことができますが、売れないアニメーターはバイトをする時間すらありません。

アニメは、それくらい人手や時間がかかる仕事なんです。結局、ここに尽きるんですよ。

このように同じ「表現の仕事」でも、共通している部分とそうでないところを区別して考えない限り、「アニメ業界はブラックだ」と言われても「いや、そりゃそうですよ」「売れなきゃブラックで当たり前でしょ」で話が終わってしまいます。

だからこそ、単純に他の業種と比較せずに「ブラックだ」と言うのはやめてほしいのです。

●ビジネスとして「成立していない」

――アニメは「生産性が悪い」ということでしょうか?

そうです。言ってしまえば、ビジネスとして成立していないのです。ところが、あたかも成立しているかのように見せかけてきたのが、この数十年のアニメ業界です。

現在、30分のテレビアニメは1本1500万〜2000万円の予算で作られています。他のバラエティ番組やドラマと比べると実は高い。それでも末端のアニメーターにお金が行き渡らないというのは、ビジネスとして成立していないからです。

――劇場版『鬼滅の刃』(2020年10月公開)が興行収入400億円を突破するなど、アニメ業界は明るいニュースが多いようにも思います。

もちろん、他の業種と比べても、まったく遜色ないくらいに儲かっている会社や人がいますが、かならずしも業界全体が儲かっているわけではないです。でも、それを言い出したら、お笑い芸人もミュージシャンも同じでしょう。

アニメ業界だけ共産主義的に「富が集中している人から奪い取れ」みたいなことは言えない。一方で、「アニメ業界がブラックだ」と強調すればするほど、そのイメージを隠れ蓑にして、泡銭を稼いでいる人がいることも残念ながら事実です。

だから「アニメ業界がブラックだ」ではなくて、どこがブラックで、どこに悪人がいて、どこに構造的な問題があるというのを詳らかにしない限り、やはり「ブラックだ」と言ってほしくないんです。

――業界全体が「ブラック」とまでは言えないと。

アニメ制作会社の社長の中にも、できるだけ現場スタッフにお金を落とそうとして、自分自身は貧乏している人はたくさんいます。そういう人も含めて、徹底的に調査して、ピンポイントに問題点を捉えないと、何の解決も図れないでしょう。

東京五輪2020の場合、中抜きや使途不明金の問題が報じられて批判されています。同じことをアニメ業界にもしてほしいんです。たとえば、400億円のお金はどこにどう行ったのか、ということを徹底的に調べない限り、「なぜ現場に落ちないのか」は判明しないんです。

そこまで調べ尽くして、その結果、「ここにブラックがある」と指摘してもらわないと、あらぬ誤解を招いたり、先ほども述べたように「ブラック」というイメージを逆手にとって「お前らには金を渡さないよ」という人が出てくるということです。

その結果、末端のスタッフにしわ寄せがきてしまう。「アニメーターは食えない」「アニメ業界がブラックだ」という漠然としたイメージをどれだけ報じても、業界内外のほとんど誰も得しないということは強調しておきたいです。

●「もうこれ以上の本数を作らなくていい」

――それでも末端の人たちにお金が回るようにするにはどうしたらよいでしょうか?

たとえばお笑い芸人の場合、1仕事あたり数百円から数百万円くらい、ギャラの振れ幅(レンジ)があるかもしれませんが、アニメーターの場合、年収で言えば数十万円から1000万円くらいです。この振れ幅を大きくするということも手でしょう。

駆け出しのアニメーターは、動画1枚200円少しですが、もっと下げて、その代わり実力が上がれば上がるほど多くのお金を手に入れることができるシステムにする。そういう発想の転換は必要かもしれません。

逆に共産主義とまではいかなくとも、振れ幅を小さくする方法もあるかもしれません。もちろん、それは実力のある人とない人を一緒くたにするわけですから、反対する人もいるでしょう。

ちなみに私の古巣の京都アニメーションは、社員全員を正社員として雇用し、非常にクリーンな会社として知られています。私も正社員入社です。福利厚生も含めて、まともな給与体系でしっかり人材を育てるのはありだと思います。

私はまだ諦めていないんですが、京都アニメーションをモデルにした制作会社を地方で作りたいと思っています。純粋にアニメを作りたい若者を集めて、ゼロから社会人としての姿勢を叩き込む。そういったところから始めることが正攻法だと思います。

――現役のアニメーターたちは正社員化できないのでしょうか?

なかなか厳しいと思います。アニメーターは必死に机にかじりついているイメージがあるかもしれませんが、ほとんどはフリーランス気質です。気まぐれで、こだわりが強く、少し社会感覚がずれている人も少なくありません。

「あの作品やりたいから、あっちに行きたい」と言って、突然、逃げ出す。私もされた経験があります。だから、「アニメーターは渡世人だ」と言ってるんですけど。

――契約書は結ばないのでしょうか?

最近少しずつ増えていますが、基本的に契約書はなく、口約束が多いです。だから、「20カットお願い」と発注しても、「できませんでした」と全部まるまる返して来ることもありますよ。だから、まず信用のある取引ができない。

――フリーランスは、仕事を断ると仕事が来なくなることがあると思うのですが。

先ほども述べたように、他の業種に比べて人手が必要なんです。だから、気まぐれな人も、「おイタ」を散々している人も、いてもらわないと作品が作れない。そこにアニメ作りの根本的な問題があります。

人手が必要だ。人を囲わなきゃいけない。でもその中にはとんでもない奴がいる。単価上げても逃げられたらおしまい。契約書がない・・・。まずは、アニメーターのフリーランス気質をなくさなきゃダメでしょうね。

――フリーランス気質をなくすためにはどうすれば良いでしょうか?

アニメの場合、制作期間がないので、「動画10枚を描いてほしいです」「じゃあ契約書を交わしましょう」なんてやっている暇はないです。お互いに押印するみたいなことをしているうちにオンエアがやって来る。だから、口約束が慣習となっています。

それくらいアニメは、自転車操業だし、直前まで間に合わない作り方をしているんです。要するに過密スケジュールなのです。その悪循環を断ち切るためには、まず、きちんと契約書を交わすことだと思っています。

そのためには、アニメの作り方をゼロから見直す必要があるでしょう。ぶっちゃけ言ってしまえば、もうこれ以上の本数を作らなくていいと思います。むしろ3分の1の本数にして、1本あたりの予算を3倍にする。人手のことを気にせず、役に立たない人間にはどんどん出て行ってもらう。まともな人間だけが残ればいい。

それくらいのタマを打ち込まない限り、アニメ業界はずっとこのままです。

(了)

(※)動画・・・原画と原画の間をつなぐ絵。若手アニメーターが担当することが多く、平均年収も低いとされている。
(※)原画・・・アニメーションの元になる絵。画力のあるアニメーターが担当する。
(※)このインタビューは2021年6月におこないました。

「アニメの作り方をゼロから見直すべき」 山本寛監督が語る「業界改革」