炎上気味、就職困難でもアウトロー支援を続ける“ヤクザ博士”の波乱万丈すぎる過去「幼い頃、街角が家族だった」「専門学校が半グレに乗っ取られた」 から続く

 社会学者の廣末登氏は現職のヤクザや半グレにも直接接触する異色の“ヤクザ博士”だ。中卒で社会に出てファッション業界を中心に働いていたが、学歴コンプレックスを克服すべく一念発起して27歳で北九州市立大学法学部へ進学。しかし就職活動はうまく行かず、行き着いた先はヤクザ研究という異端の学問だった。

「元犯罪者らを擁護しているようにも見えるからか、書いた記事や著作は“炎上”気味です。ヤクザとの接触を問題視されているからだと思いますが、大学などの教育機関からは常勤採用してもらえませんし」

 廣末氏はそう自嘲するが、それでも彼はヤクザの研究や、元ヤクザたちへの就労支援などを止めることはない。

 彼はなぜそうまでしてアウトローたちに寄り添うのか。はぐれ研究者の波瀾万丈の半生をインタビューした。(全2回の2回目/♯1を読む)

◆◆◆

国会議員の政策秘書になるも「うつ病発症」

――博士号を取得後のキャリアは落ち着きましたか?

廣末氏 いえ、そもそも博士をとっても良い職場に恵まれる方はごく一部ですから。博士号は「足の裏についた米粒」っていうんですよ。とらないと気持ち悪いからとるけど、とった米粒はやっぱり気持ち悪くて食えないですよね。まさにそんな感じで、とるけど、とっても食えないんです。

 さらに私の場合は、現職のヤクザも研究対象として付き合いがある。コンプライアンスの問題もあって常勤として採用するのは難しいんでしょう。

――はぐれ博士たる所以ですね。

廣末氏 そこで受けたのが政策秘書の試験です。普通に受けると、国家公務員一種試験ばりに難しい試験ですが、博士号取得者は筆記試験が免除となり、試験は口頭試問だけになるんです。面接に行ったら、「君はヤクザ関連の政策が分かるのか」、で合格しました。

――その後、民主党国会議員の秘書に。

廣末氏 ですが永田町の議員会館に通ったわけではなくて、その先生の四国の地元で戸別訪問などを担当しました。政策秘書なのにドブ板なのねという思いで過ごしていました。その間に政権交代があって、衆院議員が一気に増えたため別の代議士の秘書になりました。

 永田町での仕事でしたが、当時の民主党には小沢一郎さんを信奉する“小沢党”があった。私がついた先生も、小沢さん優先でまったく党の言うことを聞かないんです。党と先生とで板挟みになり、うつ病を発症してしまい、四国時代も含めて約3年半の政策秘書生活が終わりました。

療養生活を経て飛び込んだ“テキ屋の世界”

――現職のヤクザとわたりあっているヤクザ博士のイメージと少しギャップがあります。

廣末氏 政治の世界は独特ですよ(苦笑)。秘書職を辞職し、3、4カ月寝たきりになってしまいました。本当に思い出したくないほどつらい日々でした。夕方になると心臓がドキドキして、もう本当に何もできなくなってしまう。婚約していたフィアンセとも破談になってしまいました。

 福岡で療養して、落ち着いてくる頃には貯金も底をつき、求人誌を手に取った。そこで光って見えたのが「B級グルメの匠になりませんか」という筥崎宮でのテキ屋募集でした。永田町時代に比べて収入は大きく落ちましたが、外での仕事は気持ちいいですね。イカに始まり、焼き鳥焼きそばじゃがバターなどを作りました。

――先日、浅草寺のテキ屋を回っていたとき、じゃがバターを蒸す水について詳しかったのが印象的でした。

廣末氏 いまは、テキ屋の本を書いていて、テキ屋の人たちから話を聞いているんです。なかなか、研究テーマにする人はいないですが、日本の良き文化ですよね。さまざまな専門用語があっておもしろい。どこのテキ屋も、敷地の所有者や反社勢力との関係などさまざまな問題を抱えていますが、やはり縁日にテキ屋は欠かせませんよね。本当に好きな日本文化なんです。

 だから当時もテキ屋は楽しかったけど、これで一生食べていくわけにもいかない。そんな時に九州大学の友人から「君は暴力団の加入について研究したのだから、次は離脱の研究をしたらいいよ」とアドバイスをもらいました。そして、2014年度に公益財団法人の日工組社会安全研究財団の助成金をいただいて、離脱者についての研究を始めました。暴排条例でヤクザを辞めても5年間銀行口座がもてないことが、更生への大きな阻害になっていることなどを調べ、問題提起してきました。

ユニークな執筆活動「組長の妻、はじめます。」

――その後、廣末さんにしか書けないような本を書かれています。「組長の娘 ヤクザの家に生まれて」(新潮文庫)、「組長の妻、はじめます。 女ギャング亜弓姐さんの超ワル人生懺悔録」(新潮社)、「ヤクザと介護 暴力団離脱者たちの研究」(角川新書)、「ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました。 極道歴30年中本サンのカタギ修行奮闘記」(新潮社)など、ユニークなものばかりです。 

廣末氏 研究や執筆のほかにも、2018年から2年間、福岡の名門「麻生グループ」が法務省から受託した福岡県更生保護就労支援事業所の所長を務めました。刑務所から出た人の就職支援をするのですが、そこではスタッフが一丸となって頑張り、全国2位の就職率も出せました。元ヤクザの就労の厳しい実態を調べるだけでなく、それを解決する仕事はしんどかったですがやりがいがありました。

――元ヤクザや元犯罪者の就労では、離職率の高さも問題になりますよね。

廣末氏 そうなんです。だからまずは3カ月続けよう、とアドバイスしていました。多くのサラリーマンは一度就職したら定年まで、と思っていますが、それだとハードルが高すぎます。だからまずは3カ月と。そして、3カ月仕事が続いた人は本人の同意を得た上で表彰しました。元ヤクザに限らず、刑務所を出た人は家庭環境がよくなく、表彰される経験なんてない。自己肯定感が低いからまずそこを上げないと。

 仕事なんて辞めたくなったら辞めればいいのですが、すぐに向いていないと匙をなげるように辞めるのではなく、自分への向き不向きをちゃんと見極めないと。

――たくさんの仕事を経験してきた廣末さんだからこそ説得力がありますね。

廣末氏 本当に。いろいろな現場を見られたことが、いまの就労支援に繋がっています。いい経験も悪い経験も“経験”には変わりない。いや、本当に社会経験とはありがたいものです……。

 30以上の仕事をしてきましたが、たったひとつを除いて3カ月以上は続けているんですよ。ただ、唯一続かなかったのはCADオペレーター。仕事を教えてくれると言われてはじめたのに何も教えてもらえず一日で辞めました(笑)。なので本当に向いていないことは無理してやる必要はないんですが、まずはしっかりと向き合うことが大切です。

――これだけヤクザ離脱者の研究をしたり、更生に取り組んだりしてもやはり常勤採用はされないんですね。現在も現職ヤクザとの付き合いはあるのですか。

廣末氏 調査対象者、協力者としてはあります。もちろん何かの不正に関わっているわけではなく、研究者として一線をひいた付き合いです。それに、これまでお世話になってきて、いきなり就職したいからといって「さようなら」なんていう不義理はできませんよ。教育機関に常勤採用はされなくとも、スポットの講義や自治体などでの講演などの仕事は増えています。実際に裏社会で起きていることは多くの人の生活にかかわりますからね。私が直接見聞きした話をしています。

ヤクザとの関係「カタギの方がよっぽどこわい

――ヤクザとの付き合いに危険は伴わないのでしょうか。

廣末氏 カタギの方がよっぽどこわいですよ。ヤクザは掟があり、私がそれを破らない限りは怖い思いもしたことはない。大変といえば、結婚した、子どもが生まれたなどなど、お祝いごとが大変ですが(笑)

――では今後もアウトローに寄り添っていくと。

廣末氏 更生しようとする人に対して、日本社会は必要以上に厳しい。社会が更生を後押ししていないから居場所がない。だから再犯率が高いという現状を訴え、政策に資する提案をしていきたいですね。自分がこんな青春時代を過ごしたので、例えば振り込め詐欺の受け子を1回して逮捕されただけで、銀行口座も持てなくなるようなワンアウトで試合終了の社会はいかがなものか、と問題意識を持つに至ったんだと思います。

 私論ですが、現職ヤクザですら、間接税は払っているんです。納税をしている日本国民なのに、憲法が保障する人権を享受できていないのではないか。せめて辞めた人間でちゃんと更生しようとしている人の芽をつまないでほしい。新たな被害者を生まないための社会的包摂――これが安心・安全な社会をつくるために不可欠な要件だと考えています。

――反社会勢力への厳しい対策で、更生の機会を逸している可能性があるとみているんですね。

廣末氏 日本のヤクザ政策は極端なんです。みかじめだって、払う意思がない人から恐喝をすれば犯罪ですが、そうでなく安心のために自ら払っていた人もいた。なんならみかじめ以上にその店で金を使うヤクザだって多い。そういった個別の例には目を向けず、ひとくくりの政策を繰り返してきた。

 はい、もう炎上しますね(笑)

 でもいいたいことは、そういった擁護ではなく、更生のできる社会作りです。法務省などの官僚はアンダーグラウンドの政策を、数字や伝聞という二次データでやっているのではないか。お役人は現場を知りませんから、実態を多面的に理解できない。自分は永田町にもいましたし、両方の現場を知っている人間として声をあげていく必要があると考えています。

――貴重なお話をありがとうございましたヤクザ博士というキャッチフレーズや経歴から荒々しい方を想像していましたが、想像と少し違いました(笑)

廣末氏 気がつけばヤクザ博士なんて言われるようになった自分ですが、ひとつ学者っぽいことを言わせていただければ、社会学にはシカゴ学派というものがあります。特徴は、自ら現場に入ることでズボンの尻を汚し、対象者と継続的な関係を築いて長いスパンで調査をすること。残念ながら、ヤクザ研究にはこういう人間が私以外にはいない。

 新聞記者の方で同じように問題意識を持って記事を書いてくれる人もいますが、多くはワンショット的。マスコミも研究者もそうなんです。だから私がやる活動には少しくらいの価値はあるんじゃないかと思っています。本当は後継者も育てていかないといけないんですがね。ゼミを持てないから厳しいかな。

 廣末氏は現在、障がい者施設で昼夜勤務をしながら、更生支援や地域社会における反社集団からの離脱支援などについて全国各地で講演する日々を送っているという。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

テキ屋について調べる廣末登氏