国際世論の過熱が核応酬の危機をもたらす。東浩紀氏と小泉悠氏による対談「ロシア絶対悪なのか」を一部公開します。(「文藝春秋2022年7月号より))

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「人間は昔と変わらず残虐なことをする」

小泉 東さんとお会いするのは僕が東さんの経営するゲンロンカフェにお邪魔したとき以来ですね。あの日はイベントが終わった後に酔っぱらって家に帰れなくなり、夫婦史上最大の危機を迎えました(笑)

東 あのときは失礼しました。

小泉 それが一昨年の秋のことですが、今にして思えばあの頃は平和だったなと思います。今年2月のロシアによるウクライナへの軍事侵攻以来、世界の雰囲気は随分と変わってしまいました。

 私のようにロシアの軍事を研究してきた人間からすれば、今回のウクライナ戦争のような事態が起きる可能性があることは、事前に予測し得たことでした。しかし、キーウやハルキウのような歴史ある大都市が軍事攻撃に遭い、マリウポリでは食糧が不足しても市民が逃げることができない状況など、想像だにしなかった。第二次大戦の際の地上戦を彷彿とさせる現状を前に少なからぬショックを受けています。ブチャでは、地下室に男たちのつながれた遺体がたくさん転がっているとか、後ろ手に縛られた遺体が土管の中に放置されているとか、道端に裸にされて、たぶんレイプされた女性の遺体があるとか。このような陰惨な戦争を人類は克服したのではなかったかと思ってしまいます。

東 おっしゃる通り、ウクライナ戦争は非常に古いタイプの戦争という側面がありますよね。戦車がやって来て、都市が攻撃に遭い、人々は拷問・強姦され、虐殺されている。100年前、1000年前とまったく変わらない戦いの光景が広がっています。人間は昔と変わらず残虐なことをする動物だということが改めて突きつけられていると感じます。

人類は大して進歩していない

小泉 ただ、ショックを受ける一方で、その悔恨は先進国生きる我々の驕りにすぎないのだという醒めた感覚もあります。例えば90年代に起こったチェチェン紛争におけるロシア軍の行為は今回とさほど変わらないわけです。中東での戦争でも少なからず、似たような事態は起こっているでしょう。以前から変わらずにある忌々しい戦禍を、馴染みのあるヨーロッパの都市で目撃しただけとも言える。

東 僕はウクライナ戦争とコロナ禍がほとんど同時期に現れたことも象徴的だと感じています。医学の目ざましい発展とビッグデータに代表されるコミュニケーション技術の進化によって、人類は感染症すら制御することができるという主張がありました。歴史家のユヴァル・ノア・ハラリが、代表作『ホモ・デウス』の中でそういう主張をしています。この本は題名の通り、「ひと(ホモ)の歴史は神(デウス)の実現に向かっている」という内容です。しかし、本誌5月号でも書きましたが、パンデミックは「ポストヒューマン」や「シンギュラリティ」といった流行の概念、つまり人間の万能感に大きな冷や水を浴びせかける経験となりました。

小泉 感染症については、僕は素人で全然わからないのですが、でも結局かかるのは人間なわけですよね。オミクロン株が最初に持ち込まれた時だって、米国から帰国した女性が隔離されてなくちゃいけないんだけど彼氏か誰かとこっそり会ったんですよね。その人がそのままサッカーの試合を観に行った。人間は結局欲望を抑えきれないと。そういう、テクノロジーは進歩するけど人間の本質は変わらないのは、戦争も疫学対策も同じだと思います。

東 感染症対策に役立ったのはマスク手洗い都市封鎖という数世紀以上も前からある方法でした。戦争についても同様です。軍事技術は進んだかもしれませんが、結局、戦争は人間が起こすものです。憎悪や欲望をいかにコントロールするかということについては、人類は大して進歩していないことを認めなくてはいけません。

小泉 元露空軍の将軍で軍事科学アカデミー副総裁のウラジーミル・スリプチェンコは著書『第六世代戦争』で、《現代の戦争はドローンなど精密誘導兵器で決着がつくため、戦場における直接戦闘の重要性は低下し、古典的な野戦軍は時代遅れになる》などと書いています。サイバー攻撃ロボット軍隊を駆使する無人化された戦争へと人類はシフトするという議論は米中露を問わず、軍事研究者の間でなされてきました。

ゼレンスキー戦略への懸念

東 91年に起こった湾岸戦争ではコンピューターを駆使した兵器が登場し、「ニンテンドーウォー」とも呼ばれました。近年も、これからの戦争はバーチャル化されスマートなものに変化していき、現実の戦場だけでなく、情報空間で戦いが起こる「ハイブリッド戦争」になると言われていました。

小泉 ええ。しかし、現時点で21世紀最大の戦争と言えるウクライナ戦争は、人間の兵士が血を流しながら戦う、歴史の教科書から出てきたような古典的な戦いです。かつてプロイセンの軍事理論家、カール・フォン・クラウヴィッツが見抜いていたように、戦争の本質に相手を滅ぼすまで暴力はエスカレートし、理論的には無制限の暴力が行使される「絶対戦争」へ至るという人間の性があることは否定できません。

東 今回のウクライナ戦争にもハイブリッド戦争の面はあります。ただ僕はこれまでハイブリッド戦争について、高度な技術を持つハッカーたちがサイバー攻撃などで暗躍するイメージを持っていました。ところが、実際に効果を発揮しているのは主にウクライナ側によるSNS上への投稿です。写真や動画をハッシュタグをつけて拡散し、仲間を増やす方法。よくあるネット上の論争とあまり変わらないスタイルだとも言える。

小泉 現代的な意味でのハイブリッド戦争とは戦争の決着が戦場で付かないという現象を言うんだと思うんですね。例えばベトナム戦争では中隊規模以上の戦闘では常に米国が勝利を収めていました。それでも最終的に戦争に勝てなかったのは米国内で戦争に対する支持が失われ、戦いを継続できなくなったからです。

 今回の戦争ではゼレンスキーキャラクターや振る舞いが国際世論に大きな影響を与えています。副首相兼デジタル担当大臣のミハイロ・フェドロフは弱冠31歳であり、世界的な起業家であるイーロン・マスクに呼び掛けて衛星ネットサービスを提供してもらったことも大々的に報道されました。ウクライナは国内外を問わず、反ロシアの“空気”を醸成することに成功しています。

東 ただ、ウクライナが仕掛けているその戦略は、必ずしも敵国ロシアには向かっていない。むしろその外で成果を上げている。国際世論はゼレンスキー支持一色ですが、他方でロシアはどこ吹く風というように戦車で隣国の土地を蹂躙し続けている。いわば「ハイブリッド戦争」対「非ハイブリッド戦争」という状況になっているように見えるのですが、いかがですか。

小泉 その通りですね。ハイブリッド戦争の理論はあくまでも敵国が民主国家である場合を想定しています。民主国家だからこそ、国際社会で風向きが悪くなり、国内で支持を得られなくなると戦争が継続できなくなり、負ける。しかし、ロシアは権威主義体制であり、プーチン政権はテレビなど主要メディアを支配下に置き、ネット空間でもフェイスブックなどSNSにはアクセスができなくなっている。プーチンが支持されている限りは、ロシアは戦争を継続するはずです。

戦争終結のシナリオ

東 僕が懸念しているのはブチャの虐殺以降、国際世論がますます強硬になっていることです。プーチン体制を倒すまで終わらない、という雰囲気になっていますが、そこに辿り着くには両国ともに大変な犠牲が必要になります。そこはどうご覧になっていますか。

小泉 ウクライナ戦争が終結に向かうシナリオはいくつか想定できます。例えば、第一次世界大戦の最中に起こったロシア帝国崩壊のように、国家体制そのものが内部から崩壊してプーチンが戦争を継続できなくなるケースです。これは西側諸国が望んでいる展開だと思います。ただ、もしロシアプーチンという強力なリーダーを失ったとき、すんなりと新政権が出来て停戦に至るのか。さらに激しい混乱が生じて収拾困難になる可能性も高いのではないか。私はプーチンが国家元首の座に就いている間に、はっきりと彼の責任として落とし前をつけさせる方がいいと思っています。

東 歴史の歯車を戻すことはできませんが、そもそもロシアが侵攻を開始したタイミングNATOがより強硬な態度を取り、戦闘の拡大を抑止するという選択肢はなかったのでしょうか。

小泉 そうすべきだったと思います。昨年12月プーチンバイデンオンライン首脳会談をしましたが、その後、バイデンは「米軍が単独で軍事介入をすることはない」と述べました。バイデンあそこまで明言する必要はなかった。

全面核戦争の予感

東 そうですよね。今のように戦争が長期化してしまうと、プーチンが核のスイッチを押す可能性もゼロではなくなってくる。国際世論の強硬化が怖いのは、かりにロシア核兵器を使ったとして、「こちらも撃ち返すべきだ」という意見が安易に多数派となる恐れがあるからです。ゼレンスキーは主要国の議会で演説を繰り返し、今や世界の英雄となっている。ウクライナでの戦禍を伝える映像が毎日のように更新され、SNSで拡散される状況では、冷静な判断ができるとは限りません。

小泉 ロシアには「エスカレーション抑止のためのエスカレーション」と呼ばれる核戦略思想があります。限定的な核使用によって敵に「加減された損害」を与え、戦闘の継続によるデメリットメリットを上回ると認識させる。この戦争で言えば、ウクライナの無人地帯や黒海上などで限定的な核使用を行い、戦闘の継続を放棄させたり、第三国の参戦を思い止まらせようというものです。

 ただ一方で、米国は2018年に行った核態勢の見直しで、ロシアが限定的核使用をした場合に同じ規模の核報復を行える能力を持とうということになりました。これが今配備されている潜水艦用の低出力の核弾頭で、仮にロシアウクライナの降伏を強要するために限定核使用に及んだ際は、アメリカも一発だけ撃ち返すというオプションができたわけですが、その先がどうなるかはまったくわかりません。

東 民主主義国家は世論で動きます。ロシア軍核兵器を使用し、世論が報復を求めた場合、どこまで抑えることができるか。

小泉 もしロシアが人口密集地に核を落とし、何十万人規模の犠牲が出た場合、米国による一発だけの報復がどの場所に為されるかは、その時の政治指導者の決断によります。核抑止戦略の理論モデルでは、どうしても「独裁者の信念」のような側面は計算することができない。

東 核抑止論は基本的にはゲーム理論に基づいているので、合理的なプレイヤーを想定して作られていますよね。

 けれど、今回つくづく感じるのは人間とはそもそもが非合理な存在だということです。プーチンの侵攻が非合理的で理解に苦しむとは多くの専門家が言っていることですが、僕はプーチンだけではなく、世論で動く西側諸国もまた信頼できないプレイヤーのように思うんですね。SNSを利用して世界の大衆に政治家を通さずじかに話しかけ、味方につけさせるというウクライナのやり方は戦術的には正しい。実際武器支援を受けることに成功している。ただ、それによって起きた国際世論の「感情化」の行く末には警戒が必要です。

小泉 国際世論が高まっていく中で、それでも猶ロシアが核を使うとすればウクライナに対する核攻撃ではなく、西側を怖じ気づかせるための核使用になるのではないでしょうか。北大西洋の海上に落とすなどの限定的かつ警告的な核使用が軍事理論的には考えられます。

東 僕は、民主主義には戦争のような危機のガバナンスとしては根本的な問題があると思っています。民主主義は本質的には、カールシュミットが指摘したように、自由主義と原理的に対立するところがある。民主主義はルソーが言うように人民の意思を優先させる、全体の意思を優先させる原理です。それに対して自由主義は社会よりも個人を優先させる原理なので、民主主義と対立する。戦争のような非常時にみんながSNSに流され、それをもとに民主主義的な決定を行うと、極端な選択をしてしまうかもしれません。

三沢横須賀にもミサイル

小泉 ただ、エスカレーション抑止は必ずしも核使用を伴うものではありません。弾道ミサイルを国土の近くに落とすか落とさないかといった米露間の駆け引きなど、核使用にいたる手前のさまざまな手段が用いられ、互いに計り続けていくことになるはずです。

東 ウクライナ戦争による世界秩序の不安定化については、日本も他人事ではありません。日本の安全保障は米国を信頼することで成立してきたわけですが、米国は本当に助けてくれるのか、という疑問も出てきました。

小泉 ウクライナ戦争がさらに拡大し、ヨーロッパ全体を巻き込んだ大戦争になってしまった場合に限りますが、在日米軍基地にロシアミサイルが飛んでくる可能性はあります。ロシアの軍事思想は「アクティブ・ディフェンス」が特徴で、守るためには相手の攻撃能力を先に叩くという発想です。米軍の攻撃からカムチャッカにある前線基地やウクラインカの爆撃基地を守るために三沢や横須賀米軍基地を先に叩くと考えるのは自然な流れと言えます。

東 台湾有事に米軍がどう動くのかも定かではありません。そもそも台湾の国際的な地位は複雑です。ウクライナ戦争以上に非介入の可能性が高いようにも見える。今後日本では米国に頼らず自前の安全保障を求める声が大きくなると思うのですが、どうお考えですか。

 東浩紀氏、小泉悠氏による対談「ロシアは絶対悪なのか」の全文は「文藝春秋」7月号と「文藝春秋digital」に掲載されています。

(東 浩紀,小泉 悠/文藝春秋 2022年7月号)

蹂躙されたブチャ