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 NASAをはじめとする宇宙機関は、10年以内に火星から岩石などのサンプルを持ち帰るべく準備を進めている。

 そこに生命体の痕跡はあるのか?宇宙に興味を抱く人たちにとってワクワクするような計画だが、きわめて危険な行為と強く反対する科学者もいる。

 彼らが懸念するのは、火星の土壌に未知なる病原菌が含まれている可能性がゼロではないからだ。そんなものを迂闊に地球に持ち込んで、万が一感染が広まるようなことがあれば取り返しがつかない事態になるという。

【画像】 火星からサンプルを持ち帰る計画

 NASAアメリカ航空宇宙局)やESA(欧州宇宙機関)が進める火星の岩石回収ミッション「マーズ・サンプル・リターンMSR)」は、惑星科学者がしばしば「聖杯」と表現するほどの、夢の試みだ。

 ミッションはすでに実行に移されている。NASAの火星探査車「パーシビアランス」が、火星で興味深そうな岩石を集めているのもその一環だ。

 これを受け取って火星軌道まで運ぶ小型ロケット「MAV(Mars Ascent Vehicle)」の試験も順調に進んでいる。

火星のサンプルに潜む危険性が指摘される

 だが、1つ大きな問題が残されている。それは地球に持ち帰ったサンプルを「どう扱い、どの程度の予算をかけるのか?」ということだ。

 こうしたサンプルに、地球の生物圏を汚染する恐れがある病原菌が潜んでいる可能性は否定できないのである。

 NASAの現在の計画では、地球上空まで運ばれてきた火星サンプルは、円錐形のカプセル(Earth Entry System)に積載されて地球大気圏に突入する。

 EESはパラシュートを使うことなく、そのまま米ユタ州のとある乾燥湖に落下。カプセルは時速150キロの衝撃に耐える設計なので、中のサンプルはしっかり守られる。これを地上で回収し、最後は専用の施設に持ち込まれて保管される。

 NASAは、複数の専門家パネルの意見をもとに、火星のサンプルが地球に与えるリスクは「きわめて低い」と評価している。

 だが、これに同意しない人たちもいる。今年募集されたパブリックコメントには、170件の意見が寄せられ、そのほとんどが否定的なものだったという。

 「気でも狂ったか? ダメどころか、絶対にダメだ」「地球全体を危険にさらす国家がどこにある」「NASAの試みが宇宙コミュニティ以外にも知られるようになれば、確実に反対意見が増える」等々、かなり強い調子で非難するものもあった。

 また、ほとんどの意見に共通するのが、サンプルを地上に持ち込む前に、まず地球外で安全性を確かめるべきというものだ。

 もちろん理性的な意見ではある。だが問題は、それをどの程度厳格に、どの程度の予算をかけて行うかということだ。

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image credit:NASA

すでに火星の岩石は地球に飛来しているので心配ないという声も

 こうした懸念に対して、著名な宇宙生物学スティーブン・ベナー氏は、火星の岩石サンプルはそれほど危険なものではないだろう話す。

 その根拠は、地球にはすでに火星の岩石が定期的に落下していることだ。推定では、火星から弾き出された岩石は、年に500キロも地球に落下している。

 こう説明するベナー氏自身も、5グラムほど所有しており、机に飾ってあるという。もし本当に火星の岩石が危険なものならば、地球の生物はすでに汚染されているはずなのだ。

 ベナー氏はこう語る。

地球に生命が誕生してからの35億年間、無数の岩石が同じように旅してやってきた。

「もし火星に地球の生物に大打撃を与えかねない微生物が存在するなら、すでにそうなっているだろう。NASAがさらに数キロ持ち込んだところで、大差ないはずだ

 ちなみにベナー氏もまた、NASAの専門家パネルに参加する1人だ。

 このことに触れながら、NASAは罠にはまって身動きが取れなくなっていると説明する。本来問題でないことであっても、誰もが納得するまで際限なく議論しなければならなくなっているという。

 その結果、「NASAは生命探査を行うことすらできない」と、ベナー氏は言う。

 彼がこのような発言をするのは、米国の惑星科学者らの間で、MSRの実現性について危機感が高まっていることを反映している。

立ちはだかるコストの壁

 例えば、4月に公開された「全米アカデミーズ」の報告書では、2031年までにミッションを遂行できるよう、サンプルを保管する施設の準備を進めるよう促している。

 報告書の作成委員会で副議長を務めたアリゾナ州立大学のフィリップクリステンセン教授によると、報告書では「豪華で、複雑で、機器が完備された施設を”作らないこと”」を推奨しているという。できる限りシンプルなものにするべきだというのだ。

 だが、簡素な施設で済ませれば、計画は早く進むかもしれないが、代償として不確かさというコストがかかると指摘するのは、宇宙生物学者ジョン・ランメル氏だ。

 コストを抑えるあまり、生命の痕跡があるかどうか適切な検査ができなくなれば、逆効果になってしまう。

 より根本的なこととして、火星の岩石を持ち込んだことで地球が汚染されるリスクをはっきり評価できるほど、確かなことがわかっていないという問題もある。

 それを知るために火星のサンプルが求められているのである。

 だが、地球の生命すら意外な発見がいくつもなされている。ましてや火星の生命ならどうだろうか? 「ならば、注意深くなろうと考えるべきではないだろうか?」と、ランメル氏は言う。

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一般市民の関心の高さが成果に反映する

 火星のサンプルが地球に災厄をもたらす可能性が未知数である一方、否定的な世論がミッションにもたらす脅威は、ほとんどの関係者にとって明らかだ。

 それでも一般市民の参加は歓迎すべきことと、NASAエイムズ研究所の宇宙生物学者ペニー・ボストン氏は話す。

 彼女によれば、地球防衛にまつわる不確かさを解消する研究を進めるは、一般市民に関心を持ってもらうことが一番なのだという。

 一般市民が参加してこそ、「地球の生物と人間の安全を守りつつ、科学的な疑問に答えることができる」と、ボストン氏は話す。

References:Controversy Grows Over whether Mars Samples Endanger Earth / written by hiroching / edited by / parumo

 
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火星から持ち帰ったサンプルが地球を病原菌で汚染する危険性を指摘する科学者