(市岡 繁男:相場研究家)

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ロシアの財政は西側諸国より健全

 ロシアによるウクライナ侵攻が長期化する中、世界経済の変調が伝えられています。

 インフレや資源・食料の供給に懸念が台頭する中、当のロシア自給自足体制を構築しています。外貨準備高は世界5位で、ウクライナ侵攻の数年以上も前から米国債はほぼ全額売却済みです。外貨準備高の2割超は金です。経常収支は常に黒字で、政府債務残高も国内総生産の19%にとどまります。財政赤字が膨らむ西側諸国とは対照的です(図1)。

 そんなロシアに対し、西側諸国ウクライナに武器を送って支援すると同時に、国際決済システムSWIFT)からロシアの銀行を排除するなどの経済制裁を行いました。これにロシアも対抗します。穀物や肥料の輸出を制限するなど、旧ソ連時代の強面の熊に戻り、金融市場は世界的規模のベアマーケットに突入しました。

 過去を振り返るならば、1989年に冷戦が終了して以降、東側諸国に販路が拡大し、そうした国々の安い労働力で物価は低下、そして何よりも平和が持続したことがグローバル経済発展の原動力となりました。ところが今、そうした前提は覆され、時計の針は30数年前に戻ってしまったのです。

 西側諸国の最大の弱点は巨額の債務に支えられた金融です。ところが石油や穀物の一大輸出国であるロシアとの交易が途絶えたことで物価は急騰し、つれて金利も上昇、株価は暴落の危機に瀕しています。

 とりわけ怖いのはロシアおよび近隣国への貸出残高が大きい欧州大手銀行株の急落で、今年2月の高値から軒並み3~4割も下落しています(図2)。中にはオーストリアの銀行のように、半値以下に低落したまま、株価が一向に回復しないものもあるほどです。それと同時に為替(ユーロドル)も落ち込み、ロシア制裁の返り血を浴びて苦慮する欧州の悲鳴が聞こえてくるようです。

 他方、ロシアの株価や為替はウクライナ侵攻直後こそ暴落したものの、最近は双方とも持ち直し、ルーブルの対ユーロ為替レートは2015年の水準まで回復しています(図3)。

 つまりマーケットは、今回のウクライナ戦争の勝者はロシア、敗者は欧州をはじめとする西側諸国と判断しているのです。

キッシンジャー発言の真意は何か

 こうした中、米国のキッシンジャー元国務長官は5月23日、世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)にオンラインで出席し、「親露派が支配する東部ドンバス地方の領土割譲をウクライナに提案する」と述べました。物議を醸した発言の是非はともかく、注目すべきは、ダボス会議の主催者がロシアプーチン大統領の主張を後押しするような齢99歳(発言時は98歳)の重鎮を招聘したことでしょう。

 キッシンジャー氏はまた「今後2カ月以内に和平交渉を進め停戦を実現すべき」とも述べています。タイムリミット7月23日になります。

 6月中旬には、フランスマクロ大統領ドイツのショルツ首相、イタリアのドラギ首相が、ウクライナゼレンスキー大統領と会談し、欧州連合(EU)への加盟支援を表明しました。

 多忙なEUの指導者たちが危険を冒して戦地に赴いたのは、ゼレンスキー大統領に停戦を促すことも目的だったのではないでしょうか。なにしろ、各国とも対ロ経済制裁の影響で物価が高騰し、国民が悲鳴を上げているからです。

 欧州中央銀行(ECB)は7月21日の次回会合で0.25%の利上げに踏み切る予定です。奇しくも、その日程はキッシンジャー氏が述べたタイムリミットと符合します。

 もし停戦の見込みがない中で金利を上げるなら、リーマン・ショック引き金を引いた2008年7月のECB利上げの二の舞となる怖れもあるでしょう。先述のように、ロシアウクライナ侵攻以降、大手銀行の株価が急落したまま一向に回復しないことや、南欧の国債利回りが急騰していることなど、マーケットは欧州経済の先行きを深刻に見ています。

 こんな仮説に基づけば、グラフが示す通り、欧州経済、ひいては世界経済に大打撃を与える心配があります。

非鉄、農産物市況は戦争終結を視野か

 ただここへきて事態が変化する兆しも見え始めました。

 ロシアウクライナ侵攻以降、大幅に上昇していた非鉄や農産物の市況が、急落しているのです(図4)。そのことは戦争の終結が近づいていることを予感させるものです。

 もしその読みが正しければ、原油価格も次第に落ち着きを取り戻し、金利は低下、一時的とはいえ株価も回復する展望が期待できるかもしれません。果たして、追い詰められつつある欧州は一息つけるのでしょうか。

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