(宮前 耕也:SMBC日興証券 日本担当シニアエコノミスト

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 中期的な経済政策の方向性を見極める上では、今回の参院選の結果が重要となる。自民党がどの程度の議席数を獲得するかによって、党内の力学が変わり、岸田首相と安倍元首相の距離感が変わってくるからだ。それは、経済政策がアベノミクスに一層近づいていくのか、それとも離れていくのかを左右しよう。

<勝敗ラインは?>

与党が議席数を伸ばすとの見方が多い

 6月22日に、第26回参議院議員通常選挙が公示された。投開票日は7月10日だ。各種情勢調査をみると、自民党が議席数を5議席前後増やすとの見方が多い。内閣支持率が高いことに加え、参院選全体の帰趨を左右する一人区の多くで野党共闘が成立しなかったためだ。与党が議席数を伸ばすとの見方がメインシナリオに位置付けられる。

 無論、選挙の結果は蓋を開けてみなければ分からない。一部調査では、6月に入ってから内閣支持率が落ちている。物価高への不満等が影響している可能性がある。

 また、岸田政権はいわゆる保守層の支持が必ずしも高くないとみられる。保守票の一部が日本維新の会参政党等に流れるとの見方もある。与党が議席数を減らすリスクシナリオも念頭に置く必要があろう。

 参院選の結果が、どのように自民党内の力学に影響し、ひいては経済政策に影響を及ぼすかをみる上では、まずは勝敗ラインを整理する必要がある。

今回の参院選125議席を巡って争われる

 参議院議員の総定数は、2018年に成立した改正公職選挙法により、242人から248人へ増えた。参議院議員は半数ずつ3年ごとに改選されるため、2019年の通常選挙から245人に増え、2022年の通常選挙において法定の248人となる。今回の参院選は、改選定数の124議席に、非改選の欠員1議席の補充を合わせた計125議席を巡って争われる。

 参院選後の政権運営や政策を見通す上では、与党が勝敗ラインに達するか否かが注目される。ただ、毎回のことながら、参院選においてはどの水準が勝敗ラインとなるのかが問題になる。自民党公明党を合わせた議席数でみるのか、それとも自民党単独の議席数をみるのかという観点に加え、改選の議席数でみるのか、それとも非改選も合わせた総議席数でみるのかという観点もあり、複雑だ。

 さらには、今回の参院選でいえば、非改選組で自民党会派から離脱している山東昭子議長を含めるのか否か、そして同じく非改選組で自民党を離党している橋本聖子東京五輪組織委員会会長を含めるのか否かによって、勝敗ラインの数値が若干異なってくる。

 本稿では、山東議長および橋本氏を自民党の非改選議席数に含めている。橋本氏については、東京五輪組織委員会会長の任期終了に伴い7月から復党する旨が報じられているからだ。

 この場合、与党の非改選議席数は70(自民党56+公明党14)、改選の現有議席数は69(自民党55+公明党14)となる。

政権幹部の立場によって異なる議席数の勝敗ライン

勝敗ラインの目安となる議席数

 勝敗ラインの目安となる議席数は主に5つある。以下、高い水準から確認する。

自民党単独過半数
 目安となる議席数のうち、最も水準が高いのは「自民党単独過半数」だ。今回の参院選で争う125議席のうち、自民党のみで69議席を獲得できれば、非改選の56議席と合わせて合計125議席となり、総定数(248議席)の過半数を占めることになる。自民党の改選の現有議席数から14議席増やす必要があり、ハードルは高い。麻生副総裁はこの「自民党単独過半数」を目標に掲げている。

自民党改選過半数
 目安となる議席数のうち、2番目に高いのは、「自民党改選過半数」だ。今回の参院選で争う125議席のうち、自民党のみで過半数である63議席を占める状態である。自民党の改選の現有議席数は55議席であり、8議席増やせば達成となる。直近の各種情勢調査では、5議席前後の増加が見込まれており、やや高いハードルと言えそうだ。

③与党現有議席数維持
 真ん中に位置付けられる目安は、与党の現有議席数維持だ。改選の現有議席数は、自民党が55議席、公明党が14議席であり、合わせて69議席を確保する必要がある。

④与党改選過半数
 目安となる議席数のうち、2番目に低いのは、「与党改選過半数」だ。今回の参院選で争う125議席のうち、与党が過半数である63議席を占める状態である。改選の現有議席数から6議席減らしても達成できる。茂木幹事長は、「与党過半数」を勝敗ラインと設定した上で、「与党改選過半数」を目標に掲げている。

 参院選ではこの「与党改選過半数」が勝敗ラインとなるケースが多い。ただ、今回については、与党の議席数増加が有力視されている状況のため、やや低いハードルと言える。

⑤与党過半数
 目安となる議席数のうち、最も低いのは「与党過半数」だ。与党が55議席を獲得すれば、非改選の70議席と合わせて125議席となり、総定数(248議席)の過半数となる。岸田首相はこの「与党過半数」を勝敗ラインに設定している。改選の現有議席数の69議席から14議席減らしても達成できる水準であり、ハードルは低い。

 可能性はかなり低いが、仮に「与党過半数」割れとなれば、いわゆる「ねじれ国会」となる。過去の例をみれば、岸田政権は退陣となりそうだ。連立政権の組み直しにも至ろう。

実際の勝敗ラインはどの辺になる?

 5つの目安のうち、実際の勝敗ラインはどこになるであろうか?まず、与党対野党という観点では、「④与党改選過半数」が勝敗ラインとなるケースが多かった。今回も重要な目安となろう。

 ただし、高い内閣支持率を背景に、自民党の議席数増加が有力視されている状況だ。岸田首相が自民党内で強い指導力を発揮できるかどうかという、いわば自民党内の力学という観点では、「④与党改選過半数」よりも高い水準が勝敗ラインとなる。

 現時点では、「③与党(自民党)現有議席数維持」、すなわち自民党で現有の55議席を確保できるか否かが重要なラインとなるのではないか。現有議席数を割り込めば、自民党内の非主流派から不満の声が高まる一方、維持できれば及第点との扱いになるのではないか。

 もっとも、自民党内の力学という観点での勝敗ラインは、現有の55議席よりさらに切り上がる可能性もある。

 現時点の各種情勢調査では、自民党は5議席前後増やして60議席前後になるとの見方が多いが、仮に選挙直前に出てくるであろう情勢調査においても同様もしくはさらに強い議席予想となれば、事前の期待値も切り上がる。自民党内の力学という観点での勝敗ラインは、選挙直前まで流動的となりそうだ。

参院選後のシナリオ

岸田首相の持論はアベノミクス修正

 岸田首相は、2021年自民党総裁選時に「3本の矢」の維持を表明、アベノミクスを継承する姿勢を示した。だが、持論はどちらかといえばアベノミクスの軌道修正とみられる。

 2020年の総裁選では、マイナス金利政策の弊害を指摘、財政健全化の重要性を強調していた。経済政策のスタンスを1年間で変えたのは、2度目の総裁選で安倍元首相の支持を取り付ける意図があったとみられる。

 自民党内の力学という観点では、岸田首相が今回の参院選で勝利するか敗北するかによって、安倍元首相との距離感が変わってこよう。ひいては、経済政策がアベノミクスに一層近づいていくのか、それとも離れていくのかを左右する。

岸田首相が分配重視と財政健全化を実現するには

岸田首相が指導力を発揮するケース

 岸田首相が、自民党内の力学という観点で勝利し、指導力を発揮するケースにおいては、安倍元首相に遠慮せずに経済政策で持論を推進し、アベノミクスの軌道修正を図る可能性がある。

 岸田首相の著書や2020年総裁選での主張をみる限り、経済政策における岸田首相の持論は、分配など公的部門の役割拡大、そして財政健全化である。

 だが、両者は矛盾する側面がある。一般に、公的部門の役割拡大には歳出拡大が必要である一方、財政健全化には歳出削減、景気拡大、増税のいずれか(できれば複数)が必要だ。

 岸田首相の持論である公的部門の役割拡大および財政健全化の2つを両立させる組み合わせとして、増税による歳出拡大が選択されやすい。

 金融政策については、参院選後も基本的には変わらないだろう。黒田総裁の在任中、日銀が金融政策の見直しに踏み切る可能性は低いほか、岸田政権も金融緩和継続と2%の物価目標維持を掲げている。

 ただし、次の日銀総裁・副総裁には、将来的な金融緩和見直しに前向きな人材が登用される可能性が高まろう。総裁には日銀出身の副総裁経験者が起用されやすくなる。副総裁のリフレ派枠の扱いも焦点になりそうだ。

 もちろん、岸田首相が安倍元首相に遠慮せずに持論を推進、アベノミクスの軌道修正を図れば、いずれ党内最大派閥である安倍派が岸田政権を支えず、非主流派として対抗し、政権運営が不安定化するリスクを抱えることになる。

 岸田首相の安倍元首相との距離感や経済政策スタンスを見極める上では、参院選後に行われる党役員人事や内閣改造において、安倍元首相に近いと目される人物が続投するか否か等が注目される。

岸田政権が退陣する可能性

岸田首相が指導力を十分に発揮できなくなるケース

 岸田首相が、自民党内の力学という観点で敗北となれば、指導力を十分に発揮できなくなり、政権運営が不安定化しよう。そうなれば、政権運営を安定させるため、岸田首相は安倍派との協力関係を深める可能性が高い。

 その場合、岸田首相は持論を抑制し、アベノミクスを継続、ないしは強化するだろう。すなわち、金融緩和継続かつ積極財政となりやすい。日銀人事や歳出入改革にも影響しよう。円安・輸入インフレが一段と進行する可能性があるが、財政出動による対応が図られそうだ。

岸田政権退陣のケース

 なお、可能性はかなり低いが、与党で改選議席の獲得数が55を下回り、総定数の過半数割れとなれば、いわゆる「ねじれ国会」となる。過去の例をみれば、岸田政権は退陣となりそうだ。連立政権の組み直しにも至ろう。

 その場合、経済政策を考える上では、誰が総理総裁になるかのみならず、どの政党と新たに連立を組むかが重要になる。

 連立相手として、外交・安全保障政策で自民党に近い日本維新の会国民民主党が有力候補になる。両党は外交・安全保障政策では類似するものの、経済政策は大きく異なる。日本維新の会が規制緩和や減税、歳出削減など「小さな政府」を志向する一方、国民民主党は歳出拡大に積極的で「大きな政府」を志向しており、真逆と言える。

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岸田首相が設定した勝敗ラインは与党過半数と最もハードルが低い(写真:ロイター/アフロ)