ウォーターゲート事件彷彿させる25歳才媛
2021年1月に起きた米連邦議会襲撃事件を調査する下院特別委員会(バーニー・トンプソン委員長、リズ・チェイニー副委員長)の6回目の公聴会で、原爆なみの爆弾発言が飛び出した。
当時、大統領首席補佐官だったマーク・メドウズ氏(前下院議員、元共和党下院保守派「フリーダム・コーカス会長」)の女性次席補佐官(5人いる次席補佐官の一人*1)、キャサディ・ハッチンソン氏(25)が行った宣誓証言だ。
*1=当時のホワイトハウス人事録によると、ハッチンソン氏は次席補佐官5人の最下位に名前を連ねている。
その中身がワシントン政界を震撼させた。
これが事実ならドナルド・トランプ前大統領は米議会襲撃の「教唆犯」(あるいはそれ以上の罪状で)として訴追される可能性が出てきた。
その証言の内容は、こうだ。
一、トランプ氏が事件直前、自ら議会に向かおう(つまり議会襲撃に加わろう)としてシークレットサービスに反対されて激高し、大統領専用車のハンドルを自ら握ろうとして警護担当者ともみ合いになった。
(ハッチンソン氏は、この模様を同僚のトニー・オルナト氏、そしてトランプ氏ともみあいになった警備担当のロバート・エンゲル氏から直接聞き、メモしていた)
(詳細な証言から録音していた可能性大だ。万一、トランプ氏が議会に行っていたら、どのような事態になっていただろうか)
(任期切れ寸前の現職大統領が武装勢力に守られて立法府の建物に侵入・占拠する。想像しただけで恐ろしい)
二、トランプ氏は、事件発生前、ホワイトハウス近くのジ・エリプス(大統領公園内の楕円の芝生エリア)で支持者向けに選挙結果が間違っていると訴える演説をしようとした。
しかし、会場が聴衆で埋まっていないのに腹を立て、警護担当者らが銃を持っている支持者を会場に入れないようにしていたことについて口汚くこう述べていた。
「奴らが銃を持っていようがいまいが、俺は気にはしない」(I don’t fucking care that they have weapons.)
「奴らは俺に危害を加えようとしているわけではない」(They’re not here to hurt me.)
「柵を外して俺のピープルを会場に入れろ」(Take the fucking mags away. Let my people in.)
「奴らはここから議事堂に向けて行進するのだ」((They can march to the Capitol from here)
(トランプ氏はこの時点で過激派団体「プラウド・ボーイズ」らが重武装していることを認識していたことが分かる)
三、演説では「議会へ行進しよう」「われわれは強さを示さなければならない」などと檄を飛ばし、(自らが敗北した)2020年の大統領選の公式集計手続き(マイク・ペンス副大統領=上院議長が最終確認の責任者)を行っていた連邦議会へ向かうよう呼びかけた。
(議会襲撃を唆す疑惑をはらんでおり、自らもそれに参加する意志を示していた)
四、 演説の後、トランプ氏は大統領専用車に乗り込み、議会に向かうように警護担当者に指示。
担当者が「安全ではありません。(ホワイトハウスの執務室のある)ウエストウイング(西棟)に戻ります」と言うや、「何を言う、俺が大統領だ(I’m the fucking president)。今すぐ俺を議事堂へ連れて行け」(Take me up to the Capitol now)と怒った。
五、 警護担当のエンゲル氏が「閣下、ウエストウイングに戻りましょう。議事堂に行きません」と再度伝えたが、トランプ氏は運転席に身を乗り出してハンドルを握ろうとした。
エンゲル氏が「議会には行けません」と言いながら制止しようとして、押しのけようとするトランプ氏ともみ合いになった。
(怒ると何をしでかすか分からないトランプ氏の病的な直情径行型の性格が露呈したのだ。国務省関係者の中には「怒らせたら核のボタンを押しかねない危険性があった」とまで言い切っている)
(https://www.nytimes.com/2022/06/28/opinion/letters/cassidy-hutchinson-jan-6-hearings.html)
(https://www.washingtonpost.com/opinions/2022/06/28/cassidy-hutchinson-revelations-jan-6-hearing/)
トランプ訴追は時間の問題?
特別委はハッチンソン氏の証言などを基に「トランプ氏らは、議会で暴力的な事件が起きる危険性を認識していた」と判断し、今後行われる未公開の事情聴取やそれを踏まえた公聴会で詰めることになりそうだ。
その後、同委員会がどう動くか。にわかに緊張感が高まってきた。
これまで同委員会が要求してきた証人喚問を拒否してきたハッチンソン氏の上司、メドウズ氏や同僚のオルナト氏、警備主任のエンゲル氏の証人喚問を再度要求するのは必至だ。
これまでトランプ氏の「虎の威(大統領特権)を借りる狐」のごとく証言拒否をしてきたメドウズ氏らも、ハッチンソン衝撃証言でいつまでも拒否を続けられなくなっている。
拒否し続ければ議会侮辱罪で訴追される。
同委員会は公聴会を7月以降も続けることを決めている。同委員会筋は「まだまだ爆弾はある」と自信ありげだ。
特別委は公聴会終了後、最終報告を公表する。これを受けて大統領に対する弾劾手続き権限を持つ司法委員会(ジェリー・ネドラー委員長*2)がトランプ氏に対する3度目の弾劾審議に入る可能性が出てくる。
*2=特別委員会のトンプソン委員長も司法委員会のネドラー委員長も下院の重鎮、黒人議員だ。
一方、特別委員会の審議を注視してきたメリック・ガーランド司法長官(かつて最高裁判事に指名されたが上院共和党の反対にあってなれなかった)率いる司法省がトランプ氏を訴追する可能性も強まってきた。
これまで公聴会を中間選挙前の「民主党の猿芝居だ」と高を括ってきた共和党執行部内にも動揺が走っている。
ショックのあまり、みなコメントを避けている。
フォックス・ニュースはじめ親トランプ系メディアや保守派コラムニストもトランプ氏から距離を置き始めた。
その一人、デイビッド・フレンチ氏はこう言い切る。
「これまで特別委員会の公聴会は、民主党が手を変え品を変え、中間選挙向けにトランプ氏の議会襲撃教唆疑惑をPRしている政治ショーだとみていた」
「証拠がないとみていたからだ。ところがハッチンソン氏の証言で考えが変わった。おそらく事実だろう」
「これまでトランプ氏の報復を恐れて沈黙を守ってきた側近たちのダムの外壁に穴が開き、水が漏れ始めたのだ」
「トランプ氏が訴追される可能性は高まってきた」
(https://frenchpress.thedispatch.com/p/the-case-for-prosecuting-donald-trump)
「ハッチンソンは病的ないかさまだ」
それでもご本人のトランプ氏は6月28日、自らのSNS「トゥルー・ソーシャル」にこう書き込んだ。
「議会に向かうために俺が大統領専用車のハンドルを握ろうとするなどというのは全くの作り話。(ハッチンソンは)病的ないかさま師だ」
「銃を持った連中に自分の演説を聴いてほしいなどと思う人間がこの社会のどこにいる」
(文面を見る限り、トランプ氏は公聴会の様子をテレビ中継で注意深く見ていることがよく分かる。それにしては反論にはいつものようなパンチ力がない)
トランプ氏はもとより、側近だったルーディ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長(ニューヨーク州公認弁護士だったが、すでに資格を剥奪されている)、メドウズ氏ら、真相を一番知っている男性陣が証言を拒否、逃げ回っている。
そうした中で人間関係のしがらみやトランプ氏に対する恩義や忠誠心を捨てて証言したハッチンソン氏は、トランプ氏の言うように「病的ないかさま師」なのか。
もしそうでなければ、「病的ないかさま師」はトランプ氏の方だ。
一部保守派メディアを除けば、米メディアはハッチンソン氏に軍配を上げている。
かつてリチャード・ニクソン第37代大統領を弾劾・辞任に追いやった「最後の一刺」となったジョン・ディーン大統領法律顧問の議会証言以来の快挙と称えるコラムニストまで出ている。
(https://www.thefocus.news/culture/cassidy-hutchinson-john-dean-jan-6-hearings/)
家族の中で大学進学者は自分一人
最後に、今やワシントンの「寵児」となったハッチンソン氏について。
ハッチンソン氏はニュージャージー州ペニングトン生まれ。高校時代は陸上選手として活躍する一方、コミュニティー活動にも貢献し、市長最優秀賞を受賞している。
端正な容姿やはきはきと受け答えするハッチンソン氏から受ける印象は、共和党員の良家の子女といった感じだが、「大学に進学したのは自分が家族の中で初めて」と語っている。
バージニア州にある中堅公立大学のクリストファー・ニューポート大学に進み(おそらく学費免除待遇学生と思われる)、政治学を専攻。在学中、ホワイトハウス(トランプ大統領)の夏季インターンに選ばれた。
(大学新聞のインタビューでは「希望者はみな超一流大学の学生だったのに選ばれて、天にも昇るような気持ち」と話している)
卒業後、そのままメドウズ首席補佐官のスタッフとして採用され、その後直ちに次席補佐官に昇格していた。
学生時代にはテッド・クルーズ上院議員(共和、テキサス州選出)やスティーブ・スカリース下院議員(共和、ルイジアナ州選出)の事務所でインターンとして働いていた。まさに政治一筋の青春だったようだ。
世話になったトランプ人脈に見切りをつけ、従来の共和党再生を模索する才媛が民主主義のために「清水の舞台」から飛び降りた。
特別委員会担当の主要紙の女性記者は筆者に吐き捨てるようにこう言う。
「ジュリアーニ氏はじめトランプ側近の男たちが大統領特権やそれによる恩赦を当てにして表に出てこようとしない中で勇気があるのは女性ばかりだ」
「特別委員会の証人リストにはハッチンソン氏のほかにホワイトハウスの広報部長だったオリビア・トロイ氏の名前もある」
(https://www.pbs.org/wgbh/frontline/interview/olivia-troye/)
証言後、同氏の周辺警備は一層厳しくなっているという。
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