『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、生産性が低いから賃上げ「できない」と政府や財界はいうが、低賃金の本当の原因はほかのところにあると語る。

(この記事は、6月27日発売の『週刊プレイボーイ28号』に掲載されたものです)

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アップル社が従業員の最低時給を22ドルに引き上げた。1ドル135円換算で2970円だ。

欧州でも、ドイツ政府は最低賃金9.8ユーロを、今年10月から12ユーロ(約1700円)に引き上げる予定である。

これに比べて日本の動きはいかにも鈍い。全国の加重平均最低賃金額は930円。地方では800円台の県もある。今月に公表された政府の「骨太の方針」も「できる限り早期に1000円を目指す」だけで、具体的な賃上げ時期は示されなかった。

2016年の「骨太」では「年率3%の引き上げ」という目標値が掲げられた。15年度の最低賃金は798円。ここから毎年3%の引き上げを続ければ、来年の23年には1000円を突破する計算だった。

岸田文雄政権が賃上げに本気なら、今年の「骨太」には「16年度方針を死守して『遅くとも』来年度に1000円を達成する」などと書き込んでいたはずだ。

しかし、岸田首相は「できる限り早期に」という表現でお茶を濁した。「来年度の最低賃金1000円の実現は無理」だから具体的目標年を書けなかったのだ。つまり、16年度当時より、政府・与党の賃上げ目標は後退したことになる。

もはや最低賃金1000円という目標値も、ドル換算で7.5ドルほど。先進国から見たら低い水準だ。アップルの最低賃金の3分の1レベルで、それすら実現できないのだから、ため息が出てしまう。

政府や財界は生産性が低いから賃上げ「できない」という。だが、低賃金の本当の原因はほかのところにある。それは、30年近くにわたって政権与党の自民と賃上げを嫌う財界が結託して賃金を「上げない」政策を続けてきたということである。

その象徴が、のちに経団連と統合された日経連が1995年に公表した「新時代の『日本的経営』」という報告書だ。この報告書は、人件費削減のために派遣やパートなど首切りしやすい労働者の増大を提言した。

途上国の追い上げに遭い、新たなビジネスモデルへの転換を迫られていたにもかかわらず、それができない無能な経営者たちが安い労働力で企業収益をアップし、国際競争に生き残ろうと考え出した苦し紛れの策である。

この財界のリクエストに応え、96年に自民党は「労働者派遣法」の大幅改正に踏み切った。中間搾取の温床が広がることを防ぐため13に限定されていた業種を26に拡大したのだ。しかし、それでも財界は満足せず、04年には最後の〝聖域〟だった製造業にまで対象を広げてしまった。

その後も、留学生30万人計画と留学生のアルバイト規制大幅緩和、技能実習制度、特定技能実習制度など安い外国人労働者導入政策で「賃下げ」を続けた。さらに、それでも競争力を失う輸出産業のために、大々的な円安政策で日本の賃金の国際的切り下げを実施した。

これらの政策の結果、働く人の4割が非正規雇用となり、平均賃金は大幅に低下。しかも国際比較では円安で二重の低賃金化だ。一方、能なし経営者とゾンビ企業は温存され、「成長できない日本」「安い日本」が完全に定着した。

日本の低賃金は昨日、今日始まったことではない。96年の派遣法大改正以来、30年近い賃金抑制策の積み重ねが生んだ結果である。賃上げ実現には、何よりも自民政権と無能な経営者の退場を求めることが必要だ。

古賀茂明(こが・しげあき) 
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中

「賃上げ実現には、何よりも自民政権と無能な経営者の退場を求めることが必要だ」と語る古賀茂明氏