2022年7月10日参議院議員選挙の投開票が行われました参議院議員は任期が6年と長く、衆議院のように解散はありません。そうした理由から、政局に流されることなく、じっくりと政策に取り組むことができるとされています。

参院選
生稲晃子候補の応援に駆けつけた岸田文雄首相
 しかし、参議院議員といえども自党の方針に逆らって選挙活動はできません。政策論争よりも政党間の権力闘争、議席争いといった側面が注目を浴びやすくなっています。小難しい政策の話よりも、勝った・負けたがわかりやすい権力闘争の方が劇場型でウケがいいのです。

 首相官邸取材歴が10年超で、各政党の街頭演説を現場取材した、わたくしフリーランスカメラマンの小川裕夫(@ogawahiro)が2022年夏の参院選振り返りつつ解説します。

衝撃的だった安倍晋三元首相の急死

 今回の参院選は、事前から盛り上がらない参院選と言われてきましたが、終わってみれば記憶に残る選挙戦でした。なにより安倍晋三元首相が銃撃される大事件が起き、忘れ難い展開になりました。
 
 選挙戦終盤の7月8日奈良県奈良市大和西大寺駅前で街頭演説をしていた安倍元首相が暴漢に襲撃され、夕方に死去。ニュースを耳にし、呆然となった人も多いはずです。

 衝撃的な事件の発生で、各党は街頭演説を取り止めました。取り止めることはしなくても、日程変更や規模縮小といった措置をとった候補者は多かったようです。それほど大きな影響を及ぼした事件でしたが、「暴力に屈してはならない」「民主主義への挑戦」との理念から、選挙最終日となる翌日に多くの候補者が選挙活動を再開しています

 こうした悲劇的な事件も起きましたが、それらを乗り越えて自由民主党公明党の与党が勝利しています。

盛り上がらない理由は「野党のふがいなさ」

参院選
公示日に生稲候補の応援演説を行う安倍晋三元首相
 今回の参院選が盛り上がらないと言われていた理由は、いくつかあります。そのひとつとして考えられるのが、自公政権に対する野党に「力強さやを感じない」「信頼を置けない」という点です

 先の衆院選では、立民を中心に共産党社会民主党れいわ新選組による野党共闘が実現しました。しかし、参院選は32の一人区と徳島県高知県鳥取県島根県の2つの合区があり、ここでは実質的に与野党対決となります。強固な選挙協力をしなければ、野党が勝つことは難しい状況です

 実際、一人区・合区で自民党は順当に当選しています。一人区で野党系候補が当選したのは青森選挙区・山形選挙区・長野選挙区・沖縄選挙区と数えるほどしかありません。選挙を勝負事に例えるのは不謹慎だとの意見も出そうですが、勝負事は接戦のほうが盛り上がるのです。

全国的に注目された京都選挙区

 それでは複数人区はどうだったのでしょうか? 複数人区で全国的に注目されたのは、2人区の京都選挙区でした。京都選挙区は自民党と野党系候補がそれぞれ議席を分け合う状況が続いてきました。今回、自民党は新人候補の吉井章候補を擁立。対して、野党第一党の立民は5選を目指した福山哲郎候補を擁立しています。

 これまでの京都選挙区だったら、この2人が順当に当選していたことでしょう。しかし、今回は日本維新の会が楠井祐子候補を擁立。維新は大阪を中心に大勢力を築いているので、大阪と隣接する京都で候補者を擁立すれば、ここでも議席を取る可能性は高いと思われていたのです

 維新は野党ではありますが、与党との距離が近く、それゆえに「ゆ」党と形容されることもあります。維新が京都選挙区で議席を取れば、自民・維新となり野党系の議席を失うことになるのです。立民の福山候補は4期24年のベテラン議員ですが、事前から苦戦が予想されました。結果は、吉井・福山の両候補が当選しました。維新の楠井候補は当選できませんでしたが、接戦に持ち込む大健闘をしています。

激戦区東京では4選を目指す蓮舫候補に注目が

 神奈川選挙区も注目の選挙区でした。通常の神奈川選挙区は定数4ですが、今回は定数5になりました。これは2021年横浜市長選へ出馬するために辞職した松沢成文議員の補欠選挙と通常の参院選を同時に実施する合併選挙になったからです。5位当選した立民の水野素子候補は任期が3年になります。

 ちなみに、市長選に挑戦したものの落選した松沢候補は再び今回の参院選に出馬し、2位で当選しています。

 首都・東京は毎回のように候補者が乱立し、激戦になる注目選挙区です。今回は32人が出馬しました。東京選挙区で注目されるのは、今回の選挙で4選を目指した蓮舫候補です。立民の他候補を応援するために頻繁に地方へ出かけています。そのため、東京を留守にしがち、自身の選挙活動は思うようにできていませんでした。結果的に苦しい選挙戦になりましたが、きちんと当選しています

手話に磨きがかかっていた今井絵理子候補

 さて、今回の参院選はトピックスがたくさんあったと述べました。どんな見どころがあったのか? それについても触れていきたいと思います。

 まず、多くの政党や立候補者が街頭演説に手話通訳を同行させていたことです。これまで街頭演説に手話通訳を帯同させることは珍しかったのですが、立民の枝野幸男代表(当時)が導入してから、他党も追随するようになりました。通訳のスケジュールや費用面もあるので、すべての街頭演説に手話通訳が立ち会うわけではありませんが、かなりの頻度で見かけるようになっています。

 れいわ新選組も手話通訳者を帯同させていますが、都合がつかない場合はAIによる自動文字起こし機能を活用。まだAIによる文字起こしは不完全な部分が多いのですが、こうした最新テクノロジーを使って少しでも政治参加できる環境を整えようとしている姿勢が窺えます

参院選
今井絵理子候補は、街頭演説で手話を用いて政見を訴えていた
 自民党から全国比例で出馬した今井絵理子候補は、2016年の初出馬時から自身で手話通訳をしながら街頭演説をしていました。今井候補は国会議員に当選する前から埼玉県が制定した手話言語条例の成立にも助力しています。そこから政治家へと歩み始めるわけです。つまり、今井候補にとって埼玉県政治家の出発点ともいえます。

 再選を目指した今回は、2016年よりも手話に磨きがかかっていました。今井候補の街頭演説には多くの応援弁士が集まってスピーチをしましたが、そのときも今井候補が同時に手話通訳をしていたのです。手話はその文字列から手の動きから言葉を伝えると思われがちですが、口の動きも重要です。そのため、今井候補はマスク着用ではなく、口元が見えるマウスシールドで選挙戦に臨みました

多様性を示した乙武候補とアルフィヤ候補

 手話通訳が政治の場で一般化しても、健常者にはメリットがないと考えてしまう有権者は多いかもしれません。しかし、政治の場に手話通訳が普及することは単に障害者が政治参加できるようになったというだけの小さな話ではありません。誰でも政治参加できる環境が整えられることは、政治が誰も取り残さないというメッセージでもあるのです

 私たちが暮らす社会は、健常者や順風満帆な人生を送ってきた人だけで成り立っているわけではありません。障害者やLGBTQ、海外にルーツを持つ人といったマイノリティの人たち、両親に恵まれなかった人、事故や病気で生活が苦しくなってしまった人など、さまざまな人がいます。

 そうしたマイノリティの政治参加は、一票を投じるという有権者側に限定されていました。しかし、今回の参院選には多くのマイノリティが立候補したのです。筆者が取材した候補者の中で、特に印象的だったのが東京選挙区から無所属で出馬した乙武洋匡候補と自民党から全国比例で出馬した英利アルフィヤ候補です

参院選
乙武洋匡候補は東京選挙区から無所属で出馬。残念ながら、当選を果たせなかった
『五体不満足』のベストセラー作家として知られる乙武候補は、四肢欠損という生まれつきのハンデを抱えています。アルフィヤ候補は福岡県九州市の生まれですが、両親は中国のウイグル出身です。日本人にとってウイグルは馴染みがありませんが、アルフィヤ候補が出馬することによって、ウイグルを身近に感じるようになった有権者もいたことでしょう。

参院選
ウイグル出身というルーツを持つ英利アルフィヤ候補。今回は力及ばず
 残念ながら、乙武候補・アルフィヤ候補とも、当選は叶いませんでしたが、多様性を大切にする候補者が現れる端緒を切り開いたといえるでしょう。

ネットを活用して台風の目になった参政党とNHK党

 今回の参院選は、ネットを活用した選挙活動も目立ちました。これまでの選挙戦でもSNSをはじめとしてネットの活用は模索されていました。しかし、大きな効力を発揮しているとまでは言えず、各候補者も限定的な使用にとどまっています。もっともネットを活用していたのが参政党NHK党です

 参政党は政党助成法が定める政党要件を満たしていないので、政治団体という位置づけでした。政治団体のために、テレビなどの党首討論には呼ばれませんテレビ・新聞などのメディアで扱われていなかったのです。

参院選
参政党ネットで支持を拡大。神谷宗弊候補(右)が当選
 露出が少ないというハンデを負っていたので、当初は存在感を示せずに終わるとも囁かれていました。しかし、ネットで支持を拡大していき、全国比例で1議席を獲得し、神谷宗弊候補が当選しています

 NHK党2019年参院選政党要件を満たしました。そのため、今回の選挙は“正式”な政党としてテレビ党首討論にも呼ばれています

 そのNHK党全国比例から「ガーシー」こと東谷義和候補を擁立。東谷候補は芸能人と深い交友関係があり、それらを暴露するYouTuberとして若者を中心に絶大な人気がありました。東谷候補はドバイ在住のため、選挙活動はネットを中心に展開。有権者の前に立って、演説などはいっさいしていません。

 それでも東谷候補は当選。選挙におけるネットの力が大きくなっていることを実感させる当選者でした

存亡の危機に立っていた社民党

参院選
福島瑞穂候補が当選を果たすとともに、得票率2%超を満たして政党要件を確保した社民党
 こうした話題に隠れた形になりましたが、今回の参院選で存亡の危機に立たされていた政党もありました。それが社会民主党です。前述したように、政党助成法が定める政党要件を満たさなければ、一般的に政党として認められずテレビ・新聞などからの扱いも小さくなります。

 政党要件を満たす条件はいくつかありますが、現実的に社民党が満たせる要件は「得票率2%超」でした。たった2パーセントと思われるかもしれませんが、昨今の政局では大政党にトピックスが集まり、小政党は埋没しがちです。そのため、票の偏在が起きやすい状況になっています。得票率2%は決して簡単なハードルではありません。

 社民党は党首の福島瑞穂候補が全国比例で出馬して当選しましたが、2パーセント超の得票率もクリア。政党として生き残りました。

憲法改正、物価高、賃上げなどが争点に

参院選
立花孝志党首(右)が率いるNHK党ネットで支持を拡大。応援弁士に駆けつけた三崎優太さんとヒカルさんは、ともに人気のYouTuber
 さて、今回の参院選は18日間ありましたが、その短い期間に各党・各候補者が政策を有権者に浸透させることはできたのでしょうか? NHK党のようにワンイシューの政策を前面に打ち出せば、有権者にとってわかりやすいかもしれません。しかし、政治課題はひとつではありません。今回の選挙戦では主な争点は下記になります。

ロシアウクライナ侵攻が引き起こした原油高
・安全保障の観点から憲法改正
・円安による物価高対策
・30年にわたって労働者の所得が上がっていない状況を改善するための賃上げ
・電力が逼迫していることから原子力発電所の再稼働の是非
コロナによって疲憊した経済の立て直しのために消費税の減税もしくは廃止


 そのほかにも政党や候補者では個別の政策課題があり、それらを独自に訴えていました。

6年後にしっかり見定めたい

 各党は有権者に訴求できる政策が打ち出せていたでしょうか? 選挙が終わった今、その結果を見れば、有権者は岸田政権を支持して自民党が改選63議席・公明党が13議席と議席を伸ばしました。これだけをみれば、有権者は現政権を支持し、現状維持を選択したことになります。しかし、肝心なことは選挙後なのです。

 選挙期間中、立候補者は一票でも多く票を得ようとします。票を得るために、有権者に心地いい話もいっぱいするでしょう。しかし、選挙後、声高に叫んだ公約を実現するために、当選した候補は約束通りの政策を実現するために力を尽くすのでしょうか? 国民のために汗をかいてくれるのでしょうか? 

 参議院議員の任期6年。衆議院のように解散もありません。有権者は今回当選した議員へ審判を下せるのは6年後です。選挙は国民が政治家を選ぶ“儀式”ですが、選んだら終わりではありません。むしろ大事なのは終わった後かもしれません。きっちりと仕事をしているのか、引き続き見定めていかなければならないのです。

<取材・文・撮影/フリーランスカメラマン 小川裕夫>

【小川裕夫】

フリーランスライターカメラマン1977年静岡市生まれ。行政誌編集者を経てフリーに。首相官邸で実施される首相会見にはフリーランスで唯一のカメラマンとしても参加し、官邸への出入りは10年超。著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)などがある Twitter:@ogawahiro

参政党はネットで支持を拡大。神谷宗弊候補(右)が当選