米EV(電気自動車)大手テスライーロン・マスクCEO(最高経営責任者)によるツイッター買収劇は世界を驚かせた。そもそも買収しようとした狙いは何だったのか? なかなか理解されずに憶測だけが先走った。しかし、今回のツイッター騒動のみならず、これまでもマスク氏が突飛な行動を起こす度に、批判的な声も多く出た。近著に『イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを超えたのか』(PHPビジネス新書)があり、早くからマスク氏に注目してきた経営コンサルタントの竹内一正氏が、マスク氏の不可解な言動の数々とその真意に迫る。

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赤字続きでも巨額資金をつぎ込んだギガファクトリー建設

 イーロン・マスク氏が新たな行動を起こす度に、世間はなかなか理解できずにいた。例えば、マスク氏が「EVの出荷台数は、リチウムイオン電池の生産量で決まる」と言ったのは世界でEVシフトが起こるはるか以前のことだったが、当時の人々はこの言葉をスルーした。

 しかし、世間の反応など気にしないマスク氏は、2014年にリチウムイオン電池の巨大生産工場となるギガファクトリーの建設に乗り出す。フル稼働時で年間50万台のテスラ車のバッテリー供給能力に相当するものだったが、それは前年の世界のリチウムイオン電池セルの生産量をも大きく上回る規模だった。

 もっとも、2013年のテスラ車の販売台数は約2万2000台だったのに対し、20倍以上の生産能力を持つバッテリー工場建設にいきなり着手するのは狂気の沙汰としか思えなかった。専門家たちは「EVの需要が見込めないのに、そんな巨大な工場を建ててどうする気だ」と批判が相次いだのも当然だった。しかもギガファクトリーの総工費は50億ドル(約5000億円)と巨額だ。これは赤字続きだったテスラの前年の売上高の2倍の金額だった。

 2014年、マスク氏は「2020年までに50万台のEV販売を見込んでいる」と発言したものの、米国の市場調査会社は「実際には24万台にとどまるだろう」と予想し、ギガファクトリーの稼働率が半分ではテスラは躓くだろうと多くの業界関係者も冷ややかな視線を送っていた。

 ところが2020年、テスラの3万5000ドルのEV「モデル3」がヒットすると、状況は一変した。独フォルクスワーゲンや米GMなど欧米の大手自動車メーカーが相次いで数千億円規模の巨大バッテリー工場の建設に舵を切ったのだ。

 それはまるで「EVの出荷台数は、リチウムイオン電池の生産量で決まる」と言ったイーロン・マスクの言葉を追いかけるような変化だった。

自動車メーカーがやらなかった充電ステーションを自ら設置

 ヘンリーフォード(米フォード・モーターの創設者)の時代から、燃料を供給するガソリンスタンドを設置するのは自動車メーカーではなく、石油会社の仕事だった。それはトヨタ自動車が水素で動く燃料電池車「ミライ」を開発した時も同様で、トヨタは水素ステーションを手掛けようとはしなかった(2018年になって、トヨタを含む11社が合同で水素ステーションネットワークをやっと設立)。

 EVの普及でも早い時期から充電スタンドの整備が欠かせないと誰もが思っていたが、どの自動車メーカーもやはり充電スタンドの設置には手を出さなかった。

 ところが2012年、マスク氏はEVセダンの「モデルS」の出荷とともにEV用の高速充電ステーション設置に乗り出した。この時の充電コネクターの規格はテスラ独自のもので、さらに普通充電ではなく、高速充電の仕様を作り出し、独自に高速充電ステーションの設置を広げていった。

 この頃、大手の自動車メーカーは充電コネクターの規格をどうすべきか話し合いを進めている段階だった。ハイテク製品の規格化は、ビデオのVHSや記録媒体のDVDなど、デファクトスタンダードを作る常套手段だ。一方で、世界規格の確立には多くの企業が参画して協業関係を築くために時間を費やす必要もあった。

 だが、スピード重視のマスク氏は、そんなことに時間をかけるのはバカバカしいとばかりに、テスラの独自規格で高速充電ステーションの設置を進めたのだ。繰り返すが、この時のテスラは赤字だった。赤字の弱小自動車メーカーによる独自規格での充電ステーション設置は「暴挙だ」と関係者は見ていた。

 しかしどうだろう。今や世界では自動車メーカーによるEV用充電スタンドの設置に拍車がかかっている。フォルクスワーゲンテスラを追撃すべく欧州で充電スタンドを増やしているし、米GMも充電スタンドを4万カ所に増やす計画を2021年に発表した。マスク氏が自前で高速充電ステーションの設置を始めた時と比べ、いまや自動車メーカーが充電スタンドを設置することは当たり前になっている。

スペースXが米空軍を訴えた“狂気の沙汰”

 マスク氏の発想がぶっ飛んでいたのは、テスラだけではなかった。マスク氏が率いる宇宙開発企業のスペースXでも、彼の言動が度々物議を醸してきた。

 例えば、2014年4月にスペースXは米連邦請求裁判所にとんでもない訴訟を起こしていた。その相手は米空軍だ。

 訴訟理由は、米空軍がボーイング社とロッキード社の合弁企業ユナイテッド・ローンチ・アライアンス社(ULA社)と結んでいる軍事衛星打ち上げの長期契約が、「市場競争を阻害している」というのである。

 スペースXが天下の米空軍を訴えた“事件”に世間は呆れた。なぜなら、スペースXにとって米空軍は有力な顧客だからだ。その顧客を訴えるとは、「なんて馬鹿なことをしたんだ」と多くの関係者が思った。万が一スペースXが勝訴しても、空軍は喧嘩を売ったマスク氏を許すはずがない。お上に盾突くことを恐れる日本人なら絶対にやらないことだ。

 そもそも、米国防総省はベンダー企業との「長期契約」を好み、「一社独占」を推し進めてきた歴史があり、国防総省傘下の米空軍も同様だった。その証拠に、米空軍はULA社と2013年に計36回もの打ち上げ契約を締結した。

 だが、スペースXの「ファルコン9ロケット」の打ち上げコストはULA社の「アトラスV」の4分の1と激安であり、スペースX社なら少なくとも年間10億ドル(1000億円)は税金を節約できるとマスク氏は力説したのである。さらに、ULA社のアトラスVロケットのエンジンは自社では製造しておらずロシア製のもので、国防の観点からも問題があるとマスク氏は指摘した。

 それでも国防に関わるビジネスに新参者スペースXが入り込む余地はないと思われていたところに、思わぬ援軍が現れた。国防関連の重鎮マケイン上院議員だ。空軍の費用は税金である。税金が年間で10億ドル節約ができると聞くと、国防総省に対し旧来の軍事衛星打ち上げ契約の見直しをするよう働きかけたのだ。

 こうしてスペースXが起こした前代未聞の訴訟は、和解に持ち込まれた。その結果、スペースXは空軍の入札に参加できるようになった。それは米空軍からULAが10年以上にわたり独り占めしていた牙城が崩壊した瞬間だった。

 2016年4月には米空軍のGPS(全地球測位システム)衛星の後継機の打ち上げに関する8300万ドルに上る契約をスペースXは獲得した。

 その後、スペースXは米空軍の打ち上げと衛星開発の契約も獲得していく。宇宙開発の老舗企業のロッキード・マーチン社の時価総額は2022年7月時点で約1050億ドルだが、スペースXはそれを超えて、約1250億ドルになる可能性があるとロイターは報じていた。

ツイッター買収の目的は何だったのか?

 直近のマスク氏の話題といえば、やはりツイッター買収劇だろう。発端はマスク氏がツイッター社の全株を取得し、非公開化を目指すとした提案が米当局への届け出で明らかとなったことだった。このニュースに世界は驚いた。

 電気自動車と宇宙ロケットというリアルの世界で活躍してきたマスク氏が、いまさらサイバーのツイッター社を買収して何がしたいのか。様々な憶測がネットに流れた。当初、買収提案に猛反発したツイッター社だったが、4月25日になると約440億ドル(約6兆円)でマスク氏による買収に合意した。

 ところが買収はすんなりとはいかなかった。マスク氏はツイッター利用者に占める偽アカウントの割合を問題視し、5月13日、買収手続きを一時停止すると言い出した。そして、7月8日にツイッター買収を撤回するに至った。「おいおい、この3カ月は一体何だったんだ?」という声が出るのも当然である。

 マスク氏は今回のツイッター買収からの撤退理由について、偽アカウント問題を挙げていたが、これは急に浮上した問題ではなく、以前から問題視されていた。ツイッター創業者でCEOだったジャック・ドーシー氏と2020年に行われた対談でも、「本物のユーザーと、偽のユーザーを区別すべき」と強調していた。

 しかし、急に買収を撤回すると言われてもツイッター側からすれば「はい、わかりました」とはなるはずもなく、合意していた買収の履行をイーロンに求めて7月12日に訴えを起こした。そしていま、裁判の行方に世界の注目が集まっている。

 ところで、マスク氏はツイッターをどうしたかったのか? ツイッターについて「WeChatやTikTokのようになるべきだ」と彼は考えていた。WeChatはメッセージだけでなく、ゲーム、決済、配車サービスなども備えている。また、TikTokについては、ユーザーを楽しませるアルゴリズムの秀逸ぶりを高く評価していた。

 そして、ツイッターの将来像として、広告収入を半分以下に抑え、ユーザーを惹きつけるサブスクや有料サービスを充実させていく考えを持っていた。その結果、アクティブ・ユーザー数を現在の約2億3000万人から10億人へ増やすという壮大な構想を持っていた。

ツイッター買収はまだ諦めていない?

 しかし、偽アカウント問題を解決し、サービスにサブスクや有料コンテンツを盛り込んで魅力的な内容にするために、5兆円も6兆円もの巨費を投じてツイッター社を買収するといわれても、納得できる人はまずいないだろう。そんなことは優秀なプログラマーたちをたくさん集めてやれば済むことだ。その費用なら5兆円の1万分の1のコストでも十分だろう。

 そもそも、ツイッター買収に時間を割くより、マスク氏には他にやらなければならない重要なことがあるはずだ。注文しても納車まで半年かかると言われるテスラの人気EV「モデル3」の生産体制の改善や、モデル3で使っているリチウムイオン電池原材料価格の高騰対策もある。スペースXでは火星ロケットスターシップ」もブースターが爆発事故を起こし原因究明と設計改善が急務だ。

 そこで浮かぶのは、私たちに見えていないツイッターの可能性をマスク氏は見つけているのではないかという疑問符だ。マスク氏が2006年にテスラマスタープランを発表した時を思い出してほしい。マスタープランの内容は次のようになっていた。

(1)スポーツカーを作る
(2)スポーツカーを売ったお金で、手頃な価格の車を作る
(3)低価格の車を普及させて、さらに手頃な価格の車を作る
(4)上記を行いながら、ゼロエミッション発電オプションを提供する

 しかし、このマスタープラン発表時のテスラは、EVを1台も出荷していないヨチヨチ歩きのベンチャー企業に過ぎず、このプランの価値に世間は気づかなかった。その後テスラが実現したのは以下のことだった。

(1)2008年に約10万ドルの「ロードスター」を出荷
(2)2012年に約7万ドルのEVセダン「モデルS」を出荷
(3)2017年に3万5000ドルの「モデル3」を出荷
(4)太陽光発電パネル「ソーラールーフ」と蓄電システム「パワーパック」の出荷

 EVを作るだけでなく、発電から蓄電まで手がけることで「持続可能なエネルギー企業」となったテスラは、2020年に時価総額でトヨタを抜き自動車メーカーの世界一となったことは周知のとおりだ。そして、この時やっと2006年に発表したマスタープランの現実味を世間は理解した。

 これまで説明してきたように、マスク氏の発想はリアルタイムでは理解されないことが多い。だが、時間が経つにつれてマスク氏の有言実行の狙いが明らかになっていく。そう考えると、ツイッター買収も単に気まぐれや思い付きで6兆円ものカネを提示したとは思えない。一旦は買収を撤回したが、「本当はまだ諦めてはいない」と著者はみている。

 イーロン・マスクという経営者は、これからもぶっ飛んだ発想を次々と生み出し、あらゆる業界の常識を壊していくことだろう。もちろん数多くの失敗や挫折もあるだろうが、大きな時代の変化や競争激化の中でイノベーションを起こすためには、今までと同じことをしていても始まらない。そうした先見性も注意深く見ていく必要がありそうだ。

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イーロン・マスク氏(写真:REX/アフロ)