子どもたちの夏休み。お父さんお母さんにとっては「夏休みの課題は終わったのか……」とヤキモキする日々でもあります。

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 今回はそんなお父さんお母さんにおすすめの「実験」コンテンツ(おうち実験室「ノーアンサー」)を配信し続けるふたりをご紹介。ともに東大大学院を卒業した経験から、「実験」の面白さ、そこから学んだものが今でも大いに役立っている、と言います。

 そのわけとは?

文=吉田彰子

「楽しい!」と思う体験が、人生をかたち作っていく

 二人の出会いは10歳の時。町田さんの住む家のすぐ近所に、父親の赴任先である中米・ホンジュラスから帰国した田中さんが引っ越してきた。二人が育った茨城県つくば市は、国や企業が有する多くの研究所があることでも名が知られている。町田さんの父親も研究者だ。

町田大地さん(以下、敬称略)JAXA宇宙航空研究開発機構)もすぐ近所にあったので、一般公開される日には必ず行っていました。夏休みにはJAXAのほかに、市内の研究所がこぞって自分達の研究を公開するんです。それを実際に行って見てくる、という宿題も出ましたね」

 産業技術総合研究所に行って最先端のロボットを実際に触ってみたり、ペットボトルの中におもしを入れて上げ下げする圧力の実験をしたり……。日常的に実験や科学に触れる機会が多かった、と振り返る。

町田「そういう意味で、僕たちにとって研究所はまさに“サードプレイス”だったのだと思います。学校でも家でもない場所で、『楽しい!』と思う“体験”をしたこと。これは今の僕らを作るベースとなっているかもしれません」

 中学校からはお互い別の学校へ進んだ町田さんと田中さん。「勉強がおもしろいと思った時はいつごろ?」という質問に、まさかの同じ答えが返ってきた。

田中利空さん(以下、敬称略)「高校に入って物理を学んだとき『これは楽しい!』と思いました。

 なぜ救急車の音は高くなったり低くなったりするんだろう?
 空を飛ぶ飛行機の音が遅れて聞こえるのはなぜだろう?
 どうして空は青くて夕陽は赤いのだろう?
 虹はどうすれば見えるのだろう?

 そういう素朴な疑問を解決するのが、まさに物理だったんです。小さい頃から疑問に思っていたことが『そういうことか!』と納得できた時、純粋に楽しいと思いました」

町田「分かる! 僕も高校で物理を習うまで、勉強と日常の接続性を感じる機会は少なかったんですよね。例えば数学。3次方程式といっても一体何に使えるんだろう?と思ったり。物理の基本原理を知っていれば、日常のことはほとんど説明できる。これは楽しい!と」

大人になって再会。そして二人の挑戦が幕を開ける  

 その後は、偶然にも同じ東大大学院に進学する。とはいえ学部も違い、当時は会うことも少なかったという二人が本格的にタッグを組んだのは昨年。世の中がコロナ禍に突入したころだった。

町田「実験教室を始めたきっかけは知人に『やってみたらどう?』と声をかけられたことでした。休校でステイホームを余儀なくされた子どもたちのことはニュースなどで知っていたので、『役に立てることはやってみよう』と思い始めたんです」

 実験教室もオンライン教室もまったくの未経験だった、という町田さん。試行錯誤しながらもスタートしてコツを掴んできた半年後、友人の結婚式で偶然再会した田中さんに「一緒にやってみないか?」と声をかける。

田中「実は僕、大学時代に実験教室をするサークル『東大CAST』にいたんです。卒業してからもCAST時代を振り返っては『あの時、楽しかったな〜』と懐かしんだり。なのでマッチー(町田さん)からの誘いはもちろん二つ返事で引き受けました」

 田中さんが所属した『東大CAST』は、小学校や科学館に出張して実験をしたり、サイエンスショーを実演する。実験を考えて作ることはもちろん「子どもたちにどこまで説明するか」など、実験以外のことにも気を配らなくてはならない。しかしそこが楽しみであり、醍醐味でもあったそう。

「自分なりに解釈して伝える」それは実験も広報の仕事も一緒

 一方、町田さんも「自分が興味をもってやっていることを、分かりやすく誰かに伝えること」にもともと興味があった、と話す。

町田「大学や大学院時代に感じたのは、自分がやっている研究のことをうまく説明できないと『なんだかよくわからないけど、すごそうなことやってるね』で、会話も興味も止まってしまうんですよね。

 例えば『ポリ乳酸の高分子を使ったマイクロファイバーの足場を作っています』と言うと『??』となって会話が終了しますが、『人間の軟骨は再生しなく、今のところそれを人工的に作る技術はほとんどありません。

 しかし、人工的に軟骨を作りやすくしてくれるような素材を、今私は研究しています』と説明をすれば、もう少し会話が広がっていきますよね。

 一般の人に説明する機会が少ないと、前者のような説明が多いんです。社会的な意義や優れた技術なのに、それが知られていないことに対してジレンマがありました。でもそれを誰でもわかるように翻訳することができたら、日本では研究費が集まらないとか、ドクターへ進む人が少ないとか、そういった課題が少しは解決できるのではないかな、と」

 誰でも分かるように伝えて、興味を持ってもらう。それは、町田さんのファーストキャリアである研究者や現在携わっているベンチャー企業の広報という仕事、そして子ども向けの実験教室でも大差ない、と続ける。

<ふたりが主催するノーアンサーの実験:【問題です。】牛乳に「あるもの」を入れて、お母さんが喜ぶ「白くておいしい○○」をつくってください。」
実験動画はこちらから→https://www.synchronous.jp/articles/-/493

町田「僕には双子の妹がいるのですが、妹は高校で文系に進んだ途端に、『理系のこと=難しいこと』という認識になったんです。

 双子だから得ている情報にそれほど違いはないはずなのに、徐々に僕と妹で父親の研究に対する興味関心の高さも変わったようにも思えて。だからこそ、まったく違う領域の人にも分かるように伝えるということに、興味を持ったのかもしれません。

 誰しもが興味を持つということが正義だとは思いませんが、少なくとも苦手意識や、理系や文系といった後付けされた意識が原因で、興味を持てないのはもったいないという気持ちがあります」

 実験教室において二人が最も大切にしていることのは『興味を持てるように伝える』こと。そして、もうひとつに『子どもたちとの距離』だという。

町田「先生と生徒という関係性になってしまうと、自ずと答えを教える、教わる関係性になりがちです。

 なので、先生ではなく、実験という楽しい趣味を持つちょっと年齢が上の友だち(笑)。僕が子どものころに研究所で楽しさを感じたように、“体験”に比重を置いた子どもたちにとってのサードプレイスにしたいんです」

田中「実験で大事にしたいのは『実験して、終わり』ではなく、実験した小学生が日々の生活の中で『この間の実験と同じ現象だ!』と気付けること。僕が幼い頃から見てきた“機微”みたいなものを、子どもたちにおすそわけできたらいいな、と思っています」

“実験思考”が変わりゆく世の中の生き抜く力となる

 社会人になって5年目。順風満帆に進学した彼らにとって、社会に出て感じたのは“自由”だと言う。社会に出るといろんな人がいて、何やってもいいし、逆に何をやっておけばいいというのもなくて。あまりの自由さに、戸惑いも覚えたそう。

町田「制約がどんどん減ってきていると思うんですよね。日本に住んでようが海外に住んでようが同じコンテンツを見たり、話したりすることができるし、iPhoneひとつでなんでもできる世の中。だからこそ、“実験思考”が必要だと思うんです。

 “実験思考”とは、『興味を持ったことを実際に手を動かして試してみて、結果どうだったか経験として落とし込んでいく』こと。簡単に言うと、『やってみて考える』こと。これって、生きていく上でものすごく大事なことなんじゃないかなと思っています」

田中「YouTubeとかInstagramのショート動画を見ていると、エセ科学みたいな動画が山ほどあるんですよ。例えば、コインと電池を真ん中に置いて周りにスプーンを取り囲むように置く。スプーンをつなげると、中央のコインが回り出す……みたいな。僕が知る限り、この現象は起きないんです。

 そうやって情報が溢れていく中で、動画を見てインプットするだけの人と、“実験思考”を持つ人では大きな差が生まれると思っています。実際にやったことがあると、その蓄積はニセの情報に対して『これちょっと違うんじゃない』みたいな感覚が生まれる。インプットするだけで終わらず、自分で試行錯誤する姿勢や力は、これから先もっと大事になるんじゃないかと思います」

 急速に変化していくこれからの社会を生き抜く力として、“実験思考”を養うこと。それは世の中に無数に溢れる情報の中で真偽を見極める目を養うことはもちろん、選択の連続である人生で「考えて、やってみる」ことを教える。次世代へと繋ぐ、彼らの挑戦はまだ始まったばかりだ。

【町田さん&田中さんの実験教室は「おうち実験室 ノーアンサー」】
https://www.synchronous.jp/ud/content/626a064e776561240e000000

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