2018年に藤田誠広氏が創業したトレードログ株式会社。同社は、ブロックチェーン技術の導入支援を手がける従業員20人の企業である。創業5年に満たない無名企業ながら、資生堂やブリヂストンソフトウェアなどの大手企業と直接取引し、着実に業績を向上させている。経営コンサルタントの神田昌典氏が「日経MJ」で連載するコラムに取り上げられたことでも話題になった。
とはいえ、最初から順調だったわけではない。むしろその逆で、ピンチの連続だった。その中で反転攻勢のキーになったのが、展示会への出展だった。
「ブロックチェーン技術の導入支援」の会社と言われてもピンとこない方が多いだろう。同様に、技術やノウハウはあるものの有形のわかりやすい製品を持たず顧客獲得が困難な会社、ニッチで専門性が高い市場ゆえに広告や紹介による新規開拓が難しい企業は、本コラムをぜひ参考にしてほしい。
藤田誠広氏は上智大学卒業後、バックパッカーとして海外を放浪した後、非正規労働者としてビックカメラの販売員等を経験した。その後、マーケティング会社勤務を経て、2018年に株式会社トレードログを創業した。トレードログは、冒頭でも述べたように、非金融型ブロックチェーン技術の導入支援を行う会社だ。
藤田氏は、ブロックチェーン技術に出会った際、藤田氏は不思議な感覚を味わった。ブロックチェーン技術を生涯の「伴侶」のように感じたのだ。
インターネット革命の波に乗り損ね、自分が打ち込める仕事を探しているうちに20代が過ぎ去り、30代も終わりに近づき焦っていた藤田氏は、ブロックチェーン技術なら世の中の様々な課題を解決できると確信した。
とはいえ、藤田氏はエンジニアではない。そこでブロックチェーンの技術的な面に関しては数十を超える様々なミートアップに参加して学びつつ、そこで出会った専門知識を持つエンジニアたちの力を借りて補った。
それにしてもなぜ「非金融型のブロックチェーン」だったのか。2018年時点では、ブロックチェーンは「ビットコインなどの仮想通貨のための技術」というのが一般認識だった。
この問いに、藤田氏は苦笑いしながら答えた。
「ブロックチェーンの仕組みに感動した一方で、どうしても仮想通貨に興味が持てませんでした。自分はもともと実体がないマネーゲームに関心がありません。それに、仮想通貨の領域には、bitFlyerやGincoなど華やかな先行ベンチャーがいましたし、世界的に巨大資本を集めるアメリカのスタートアップもいましたので」
当時は仮想通貨と言われていた暗号資産の領域には目がいかなかった。
「ブロックチェーンという技術を使って自分が本当にやりたいことは何だろうと考えました。その結論が、サプライチェーンやブランドマーケティングなどの実体経済に直接大きな影響を与える領域だということに気づいたんです」
「ブロックチェーンの会社だが、仮想通貨はやっていない。うちは非金融だ」と言い切ることによって、自社のメッセージが明確になった。「誰に」「何を」伝えればいいかが定まったのだ。
これでビジネスが軌道に乗るかに思えた。しかし、問題が残っていた。伝えるべき相手に出会えないという問題だ。出会えなければ伝えられない。伝えられなければ顧客獲得は遅々として進まない。
次々と不発に終わった顧客獲得策
藤田氏も手をこまぬいていたわけではない。SNSのツテから営業先を探したり、大手企業に勤める友人に周囲に興味のありそうな人はいないか聞いてみたり、上場企業の元役員や部長クラスが顧問として営業先を紹介してくれる顧問サービスを活用したり、とにかく動き回った。その結果、いくつかの契約を受注したものの、これらは再現性がある方法ではない。このままではジリ貧になることは明らかだった。
そんな中、2020年にコロナ禍がトレードログを襲う。
「すみません。4月から一旦停止にさせてください」
「進めていたあの案件、一旦ペンディングにさせてください」
なけなしの契約が次々解除となった。コロナ禍による企業の投資マインド減退の影響をモロに受けてしまったのだ。早めに資金繰りの手を打っていたことが幸いして何とか生き延びたが、見通しは立たなかった。
失意の中、藤田氏は考えた。
「自分自身がツテを頼って営業するだけでは限界がある。今度こそマーケティングに力を入れよう」
マーケティング会社出身の藤田氏は、さまざまなマーケティング施策を試す。まず行ったのは、フェイスブック広告だ。
広告代理店から提案を受け、期待に胸を膨らませながら実施したが、結果は惨憺たるものだった。最もひどい結果になったのが、DXセミナーに関するフェイスブック広告への出稿だ。DXセミナーの案内ページに広告を出したが、7290人にリーチしてリンクのクリックはわずか21人、セミナー申込はほぼゼロだった。
トレードログがリーチしたい大企業や大企業子会社の新規事業開拓責任者は、そもそもフェイスブックではほとんど接触できてないことがわかった。フェイスブック広告のトライアル費用は3万円。傷は浅く済んだが、成果はゼロだった。
次に、試した施策は、オンラインサロンだ。これも上手くいかなかった。
オンラインサロン内で、ウェビナーを行った時のこと。5人参加したものの、5人全員が途中離脱した。受講者ゼロの中、講師が話し続けるという地獄絵図を展開することとなった。オンラインサロンの諸費用が5万円。これも成果にはつながらなかった。
見込み先企業のホームページの問い合わせフォームに営業メールを送信するフォーム営業と呼ばれる手法にも取り組んだ。
「藤田社長 当社のフォーム営業なら御社の課題を解決できます!」
このように言われて、「今度こそは!」とスタートさせた。36万円をかけて、ありとあらゆるリストに対してフォーム営業を行ったが、アポ獲得はゼロだった。
そのほか、決定権者向けに手の込んだDMも送ったが、コロナ禍で在宅勤務が増えていた大手企業との相性は良くなかった。このDM営業は、84万円を費やしたが不発に終わった。
様々なマーケティング施策を行い、120万円もの費用を投入した。しかし、すべて成果にはつながらなかった。
展示会で見込み客の名刺を大量に獲得できた仕掛け
「やばい……。完全に行き詰まった」
そんな状況の中、藁にもすがる思いで、取り組んだのが展示会(ブロックチェーンEXPO)への出展だ。かかるコストは出展料、ブース装飾費等。140万円程度と決して安価ではないが、藤田氏は出展に踏み切った。「出会いたい相手に出会える場さえあれば、きっと価値を感じてもらえるはずだ」藤田氏はこう考えたのだ。
これが功を奏した。これまでのマーケティング施策と異なり、業界の超有名企業に挟まれる苦しいブース立地にもかかわらず、有効見込み先の名刺が150枚以上獲得できた。
獲得した名刺の総数ではない。商談の可能性がある有効名刺が150枚である。2020年10月下旬という、緊急事態宣言明け間もないコロナ禍真っただ中だったことを考えると、かなりの好成績と言っていい。トレードログ創業以来、初めてのマーケティング的な勝利だった。
展示会出展が、他のマーケティング施策と比べて圧倒的に成果が出た理由を、藤田氏はこう分析する。
知名度の低い中小企業は、そもそも見込み客の視界に入ることが難しい。フェイスブック広告も、フォーム営業も、DM営業も、どれだけ必死に見込み客をターゲティングして実施したとしても、そもそも視界に入らないことが多い。
しかも、広告が見込み客の目に触れる可能性のあるタイミングに自社が居合わせることが物理的に不可能だから、視界に入るか入らないかは、見込み客任せになってしまう。
一方、展示会では、展示会場を見込み客がリアルに歩いている。閉鎖空間を見込み客がウロウロしているのだ。だから必然的に、自社の展示ブースが見込み客の視界に入る。そして、展示会場には、当然、自社の担当者もいる。
もし、素通りしようとしている見込み客がいたとしても、「あなたのお役に立つ情報がここにありますよ!」と自社を視界に入れてもらう働きかけを、能動的に行うことができる。
トレードログは、展示会出展にあたって、展示会専門コンサルタントの指導を受けながら入念な準備を行った。
展示会で出会いたい相手を、「大企業や大企業子会社のDX推進責任者」と定義し、数多くある提供サービスの中から、「仮想通貨以外の分野でブロックチェーンを活用した新ビジネスを半年で立ち上げるコンサルティング」という、最もわかりやすいサービスを前面に打ち出した。
そして、それを見込み客の視界に入るように、「少数精鋭DX部門 ご責任者様向け IoT×秘匿型ブロックチェーン導入支援」というわかりやすいブースキャッチコピーをブース上段に大きく掲げた。
それでも素通りしてしまう人への対策として、お立ち台と大型モニターを用意し、ブースでミニセミナーを実施した。30分間隔で、藤田氏自身や他のメンバーが10分程度のミニセミナーを何度も行い、来場者の素通りを防いだのだ。
コロナ禍でも展示会に足を運ぶ人は優良顧客
スタッフの配置にも気を配った。気合を入れて一生懸命取り組もうとすると、出展者はついブース前に直立不動で立つ。その横にもまた、別のスタッフがビシっと立つ。こうなると最悪だ。ブースの中がよく見えないし、近寄ったら強引に売りつけられそうな気がする。
こうなることを避けるため、トレードログは戦略的にスタッフを配置した。
スタッフはブースから離れて、遠くから自社のブースを眺めながら通路を漂っている。すると、ブースとスタッフの間を来場者が通る。来場者が自社のブースをチラっと見るその瞬間に、斜め後ろから「何か気になりましたか?」と声をかけながら、自社ブースに一緒に近づいていく。そして、ブースに掲げているブースキャッチコピーの文字を指さしながら、「秘匿型ブロックチェーンというのは……」
「製造・物流業界の事例は……」と、来場者と同じ方向を見ながら話をするのだ。
人は、向かい合うと対立しがちになるが、同じ方向を見ながら対話すると会話が弾みやすくなると言われている。これは藤田氏が非正規労働者時代、ビックカメラで販売員として働いていた頃、売れっ子販売員を見て学んだ手法でもある。
「当時は時給賃金でボーナスなんて夢のまた夢。プライドもズタズタでしたが、展示会の売り上げでどうにか元は取れました」と冗談めかして笑う姿が印象的だ。
こうした取り組みの結果、トレードログのブースは定常的に人だかりがある状態になった。ブース前のミニセミナーもたくさんの人に伝えることができた。そして集まった来場者の名刺を確保していった。
優良な来場者に対しては、名刺をもらうだけでなく、アポイントを取る動きをかけていった。藤田氏は、展示会後の2週間のスケジュールをすべて空けていたという。本気度が高い来場者にはその場でスケジュール帳を開いてもらい、臆せずにアポイントをその場で取る。そして次々と商談につなげていったのだ。
藤田氏が他の方の接客で手が空いてない時は、社員がスマホでGoogle Calendarを確認し、藤田氏のスケジュールを埋めていくなど、デジタルツールも巧みに活用した。
「コロナだから展示会には来場者が減っている。出展はコロナが収まってからにした方がいいよ」
このような助言を多数受けたという。しかし、藤田氏の考えは違った。
「人と同じことをしていては人並みになってしまう。コロナ禍にも関わらず、それでも展示会場に足を運ぶ人は、冷やかしや暇潰しではなく、本気で課題を解決したい優良客に違いない」
2020年10月の展示会初出展は、まさにその通りの結果になった。
トレードログは、その後も展示会に継続出展している。5回目の出展となった2022年5月の展示会では、1100枚以上の有効名刺を獲得するなど、ノウハウをブラッシュアップし続けている。
こうした取り組みの結果、トレードログは年商数千億円~数兆円の錚々たる企業との直接取引に成功している。トレードログの取り組みは、知名度の低い中小企業でも、知恵と工夫で大きな成果を上げることができることを証明している。
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