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少し前に、金を出して購入して遊んだ上でのFF7リメイクについての感想を忌憚なく書いたら炎上した上に、よくよく見たらソフトを買ってもないのに便乗叩きしてきたヤツのSNSアカウントを今も毎日リストに入れて監視している松本ミゾレである。

今日はそのFF7にまつわる話をしたいんだけど、別に文句を言うつもりはない。なぜならFF7。正式名称『ファイナルファンタジーVII』という作品はそもそもオリジナル版も、インターナショナル版も大好きだからだ。

どっちが面白いか論争は不毛

先日、2ちゃんねる「ファイナルファンタジー5が1番おもろいのになんでどいつもこいつも7上げとるんや」というスレッドが立っていた。ちょっと彼の主張をいくつか引用させていただきたい。

「第三世界の曲ほんまええよな」
ゲーム性 神」
「なんかクリスタルが砕けてエクスデスが復活して世界がやばたにえんになるんや」

と、こんな感じ。言っちゃなんだが非常に薄い。この調子で100を超えるレスをしているんだけど、ほとんどが短文で全然彼の『ファイナルファンタジーV』に対する熱意を感じないのだ。

正直、僕はFF5という作品がマジで好きで、死ぬほど遊んだのでこういうスレを立てておきながら薄味のコメントしかしない人を見るとシンプルイライラしてしまう。

「お前がどれだけ暑苦しく語ることができるかが、この議題の生命線だろうが!」という気になってしまうし、スレ主以外の書き込みの方がよっぽど実際にFF5を遊んで楽しんできたんだなぁと理解できる声だらけだった。

それに、スレ主の発言を見ていると、FF7をどう嫌っているのかの理由も判然としないし。

どっちも面白いと思って遊んでいた側からすると、「こいつ何が言いたいんだ」と感じざるを得ない。

FF7FF5もめちゃくちゃ面白い。それでいいじゃない!

少し前まで、FFは偶数作品がストーリー重視で奇数作品がシステム重視の作風という風潮めいたものが流布されていた。

5はジョブシステム、7はマテリア成長システムがこれにあたるんだろうけど、個人的にはどちらも文芸面では見どころが多いから、ことさらストーリーをないがしろにしているとは思わない。

FF5は暁の四戦士時代からの因縁が続く暗黒魔道士エクスデスとの確執が肝となり、終盤では2つの世界が融合したり、無の力が発現することでギードがいる古代図書館バッツの故郷リックスなど幾多の街や村、そこに住む盟友が無の世界に消え去っていく(個人的にはモーグリの村が消失したときは精神的にやられた)。

ギルガメッシュというコメディリリーフも出来るライバルの活躍も見逃せなかった。ラストダンジョンで再会した彼の活躍によって、本作最後のセーブポイントが現出するのも熱い。

ストーリー面で物足りなさを感じたことは、僕はなかった。

FF7にしてもそう。自分をソルジャーだと思い込んでいたクラウドがなぜそういう記憶の改竄をしたのかの理由付けも丁寧だったし、登場人物がさほど多くないから敵も味方も描写が丁寧。

ユフィヴィンセントなど、進行次第では仲間にならない連中ですら個々のイベントは充実しているし、ストーリー重視と言われがちな偶数作品であるFF6のゴゴと比較しても優遇されまくっている。

その上、終盤はウェポンという大怪獣たちが復活するので怪獣好きな僕にとっては最高の作品となった。どのナンバリング作品が面白いかという話をするなら、せめてこういうことを伝えて欲しいんだけどなぁ。短文で「あれはだめ。これはいい」って意思表示されても、読んでる側は全然納得できない。

「どいつもこいつもFF7!FF5の方が面白いだろ!」という書き込みに感じたこと