LPSA設立15周年 中倉宏美女流二段が語る“代表”の仕事「イベントや大会が終わったらゴミ袋も載せて帰りますよ」 から続く

 女流棋士として27年のキャリアを持つ中倉宏美女流二段は、以前と今とでは女流棋士をとりまく環境が大きく変わったと言う。そんな女流棋士事情や、LPSAとして力を入れている女性ファンが楽しく将棋を指せるよう工夫しながらの大会運営について質問してみた。

 また、LPSA代表理事としての中倉宏美女流二段の大きな功績は、日本将棋連盟との和解だろう。和解のためにやってきたこととは――。

◆ ◆ ◆

姉と一緒だから将棋を続けられた

――少し前ですが、2018年に蛸島先生が引退されたときの「女流棋士第一号蛸島彰子さんの歩みを語り感謝する会」には、日本将棋連盟からも棋士そして20人以上の女流棋士が参加されましたね。あれを見て、ずいぶん和解が進んだのだなと思いました。

中倉 蛸島先生の人徳でたくさんの方が集まってくださいました。当時将棋連盟女流棋士会会長の久美さん(山田女流四段)とお話ししたところ、「(連盟の女流棋士の)みんなを連れて行きますから」と言ってくれました。キャリアの長い女流棋士は、みな蛸島さんのお世話になったことがあるわけで。おかげで華やかな会になりました。

――今年、蛸島女流六段の本「駒我心 初代女流名人 蛸島彰子の歩み」をクラウドファンディングにより発行しました。私もお手伝いしたのですが、蛸島先生の歩みはもちろん、1974年女流棋士制度(当時は女流棋士という名称ではなかった)ができてからの歴史がよく分かる本になったと思います。

中倉 蛸島さんの本だけど、きちんとした形で女流棋士の歴史を残したい、それは将来のためになると考えていて、その通りの本にできて良かったと思います。

 私が将棋を始めたときも女の子は珍しくて姉と一緒だから続けられたのですが、蛸島さんはたった1人。どれほど過酷だったかと思います。将棋は男性が指すものという考え方が当たり前だった時代に、女性が将棋を指す道を切り開いてくれた蛸島さんの偉大さが分かりましたね。

「そんな将棋でお金はとれない」としょっちゅう言われていた

――女流プロ棋戦が行われるようになったのは1974年ですから、まだ50年経ってないのですよね。初期の頃は対局料が「化粧代」という名称だったとか、タイトルを獲得しても自立できるような収入ではなかったとか、収入面のエピソードもありましたね。

中倉 私が女流棋士になった1995年でもそういう部分はありました。16歳でしたから、最初は高校生アルバイト代に比べれば高額な収入に満足していました。でも、同級生が就職すると抜かれてしまうわけです。女流棋士の先輩たちから「対局料だけでは食べていけない」みたいな話を聞くことも。将棋とは関係のないアルバイトをしている人もいました。「女は結婚すればいいから収入が少なくて良い」と言われることもありました。

――将棋界に限らず時代として、そのような発言が許されていたこともあったでしょうね。昔は女流棋士が今よりも低く見られていたのではないでしょうか。

中倉 世代による考え方もあると思うのですが、私が若い頃、年配だった棋士の先生には「そんな将棋でお金はとれない」とか「女流棋士は将棋弱くてもなれて(聞き手などの)仕事があっていいよね」とか、しょっちゅう言われていました。今はそんなことはなくなり、若手女流棋士に「昔は弱いとバカにされ泣いたこともある」と話したら驚かれると思います。

女流棋士全体のレベルが上がった

――大成建設杯清麗戦、ヒューリック杯白玲戦(女流順位戦)ができましたし、収入面でも大きく変化したのではないでしょうか。

中倉 対局料だけで食べていける状態にだんだん近づいていると思います。清麗戦も白玲戦も、LPSAの力ではなく日本将棋連盟スポンサー様により実現したもので、私たちは指させていただいている。ありがたく感謝しています。以前は3カ月対局がつかずモチベーションが上がらないこともあったのが、大幅に対局が増えました。女流棋士の役割には普及のお仕事も大きいと思うので、それを含めると将棋だけで自立できる人が増えました。

――女流棋士の将棋のレベルも大幅に上がったのではないでしょうか。

中倉 20年前は私より1つ年下の矢内さん(理絵子女流五段)、千葉さん(涼子女流四段)が女流タイトル戦に出ていて、2人は奨励会2級でした。今は奨励会三段を経験した里見さん(香奈女流五冠)と西山さん(朋佳女流二冠)がトップトップレベルは大幅に上がり、その里見さんから伊藤さん(沙恵女流名人)がタイトルを奪ったり、全体の水準が上がったと思います。すごく嬉しいことで、私もなんとかついていかなければと思いますし、GSPの女の子たちにもそんな話をしています。

昔は父親の影響で将棋を始め、女流棋士になった方が多かった

――里見女流五冠が棋士編入試験を受験されますが、どのように感じましたか?

中倉 まず受験資格を得たのがすごいこと。昔は男性棋戦に成績上位の女流枠があってもなかなか勝つことは難しかったですし、ある男性棋士が陰で「なんで奨励会を卒業していない女流棋士と平手で指さないといけないの」と言っているのを聞いて、ショックを受けたこともありました。自分が目指して憧れている女流トップの人がそんな風に言われてしまったのですから。

 里見さんはより強い環境で将棋を指したい気持ちだと思います。それは将棋の王道です。ひょっとすると女流タイトルホルダーとして、何かしがらみのようなものがあったらかわいそうだなと考えていましたが、皆さんが応援してくれる状況なのだとわかって安心しました。女流棋界全体にとって良いことで、私も応援しています。

 昔は父親の強い影響で将棋をやって女流棋士になった方が多く、私たち姉妹もそうでした。20年近く前に里見さんが女流棋士になり、その流れが変わったように感じています。里見さんは、将棋が大好きでやっているのが伝わる方です。

自ら将棋に取り組んでいる人の方が伸びる

――中倉先生のお父様が熱心に将棋をさせていらしたのは聞きました。他にも父のスパルタ教育で女流棋士になった方もいらっしゃるようですね。蛸島先生もそうでした。

中倉 父に将棋をやらされていると感じたことはありました。でも、だんだん自分で勉強に取り組むようになりましたし、育成会に入ってからはずっと女流棋士に憧れて、なれたときは本当に嬉しかった。誰かにやらされたままではプロでやっていくことはできないし、レベルが上がった今、いっそう自ら将棋に取り組まないと女流棋士になることもできなくなったと感じています。

 本人より親御さんに力が入っていたり、期待が大きすぎたりするお子さんは、将棋が苦しくなってやめてしまいがちとも思います。里見さんはきっと、終始一貫自ら将棋に取り組んできて、そういう人のほうが伸びるのだろうなと思います。

――LPSAは、大人の女性への将棋普及にも積極的ですよね。その核となる大会が、15年開催を続けたアパガード杯女子アマ将棋団体戦ではないでしょうか。

中倉 おかげさまで毎回100人以上の女性に参加していただいています。他の大会でもそうですが、毎回アンケートを取り、意見を取り入れ改善しながらやってきました。今は、男性の入場は指導者や保護者など選手と関係のある方に限り、それもすぐ近くでは見られないように制限しています。

余計なお節介から女性を守りたい

――誰でも見ていいようにすると、見ず知らずの女性の感想戦に割って入る男性がいたりするからですよね。私も、大会で私の対局を見ていた知らない高齢男性に「終盤がなってない」とお説教されたことがあります。文春オンラインでも、スポーツジムやボウリング場、そして将棋道場にもいる「教え魔おじさん」の記事が反響を呼んだことがありました。

中倉 はい。最初は制限してなかったのですが、そういう男性が嫌だったという声もありました。同じ女性として考えた時に不快なのは分かります。もちろんそんな男性ばかりでないのですが……。

 悪気はないとしても、ダメ出しみたいなことを言われると萎縮してしまいますよね。特に級位者の女性は「弱いと言われたらどうしよう」「大会はちょっと怖い」みたいな不安がある。それでも勇気を出して大会に参加してくださっているのですから、余計なお節介から女性を守りたいという気持ちがありました。

――アパガード杯女子アマ団体戦といえば、参加賞や賞品がいろいろあることも評判ではないでしょうか。昨年のオンライン大会では、「こんなにいただきました!」とメダルや賞品を並べた写真をツイッターアップする女性がたくさんいました。

中倉 ツイートはありがたく拝見しました。嬉しいですし、賞品をご提供いただいたスポンサーの皆さんにも反響をお知らせできて喜んでいただけました。

「指さなくてはファンじゃない」とは思わない

――アパガード歯磨き製品を全員にいただけた他にも、お菓子や化粧品、高級調味料などたくさんの賞品がありました。どのように提供してもらっているのでしょうか。

中倉 地道に営業活動しています。ツテのある会社で、女性向けの賞品を出してくれそうなところに、私や島井さん(咲緒里女流二段)で訪ねてお願いしています。門前払いということはほとんどなく、できる範囲で賞品をご提供いただけることが多いです。

 ただ、、私たちに大きなメリットがあるのはもちろんですが、スポンサーにとっても、宣伝効果や、CSRの観点など、協賛意義を感じてもらえるのが理想です。そのためにも本大会の価値を高めていく努力が必要だと思っています。コロナ禍で2年連続オンライン開催でしたが、今年は対面に戻す予定です。

――観る将と言われる女性ファンもたくさんいます。そのような方へのアプローチは考えていますか。

中倉 決して「指さなくてはファンじゃない」とは思いません。女性ファンを増やしたいと考えてきたので今の状況は嬉しいです。ただ、男性棋士のファンの方が多いようなので、私たち女流棋士の団体で喜んでいただけるイベントを開くのは工夫が必要だと思っています。今年、蛸島さんの出版記念のトークショーを開催した際、解説役として菅井竜也八段にお越しいただいたところ、女性ファンの方からも申し込みがありました。観て楽しめるイベントも今後増やしていきたいですね。

LPSAアピールが足りない

 観る将の方のなかにも、自分も指してみて棋士のすごさを少しでも理解したいという気持ちを持っていて、指すことを始める方もいます。そのような方には敷居を低くしてお待ちしています。アパガード杯女子アマ団体戦では初心者向けのCクラスを設けていて、初めてこの大会に出る方が3人以上という条件にしています。

――私のような級位者で大会に出るのが好きな女性の立場から見ると、LPSAができてから女性大会、特に初心者や級位者が出やすい大会が増え、LPSAの女子アマ団体戦の成功の影響で他にも団体戦ができたり、将棋を指す女性が増えていったのを実感しています。

中倉 そうおっしゃっていただけるのは大変嬉しいです。ただ、LPSAの存在意義についてはアピールが足りないように思っています。日本将棋連盟との和解が進むにつれ、ファンの方に女流棋士で2つに分かれているより、元の形に戻ったらと言われることが増えてきました。そう言われるのは、私たちの存在意義が理解されていないせいなのかなと。日本将棋連盟とは違う普及活動もしてきたので、うまくアピールしていきたいと考えています。

「あなたが代表をやればいいんじゃない」と言われ、代表に就任

――中倉先生が8年前にLPSAの代表になったいきさつを教えてください。

中倉 日本将棋連盟との対立の問題が大きくなり、このままではLPSAはなくなってしまうという危機的状況でした。前の代表でタイトル経験者でもあった石橋(幸緒)さんが退会。代わりの代表を決めなくてはいけません。女流棋士創成期にたくさんタイトルをとっていた蛸島さんしかいないのではないか、代表になってほしい、と島井さんと二人で説得に行きました。

――代表のような役割は人をまとめる能力があれば、タイトル経験はなくても良いかと思うのですが、歴代の日本将棋連盟会長も、中原誠十六世名人、谷川浩司十七世名人など数々のタイトルを獲得したトップ棋士ばかりですね。そういうものなのでしょうか。

中倉 はい。将棋界はそういう格は重視される世界です。私はタイトル戦経験はないし、代表をやる格じゃないと思っていました。それで蛸島さんにお願いしたら、若い人がやるべきだと。「あなたが代表をやればいいんじゃない」って言われました。一緒に説得にいったはずの島井さんまで、くるりと手のひらを返して「私もそう思ってました」なんて言い始めて驚きました(笑)。私が役に立つなら危機的状況をなんとかしたいという気持ちになりました。

根回しは悪いことだと思っていた

――代表就任直後の記者会見では、「日本将棋連盟との関係改善に努めたい」と話されていました。代表就任から8年、それは十分に実現できていると思います。どのようなことをなさったのでしょうか。

中倉 基本的なことではあるのですが、まず大事なのは相談や話し合いです。「LPSAとして独立したのだから、女流棋士の資格について勝手に決めて良い」という考えではうまくいきません。特に、将棋界全体に関わる大事なことは日本将棋連盟の理事の先生へしっかり相談してから決めています。女流棋士の資格については、研修会でのB2昇級、プロの女流棋戦にアマチュア枠で参戦してベスト8以上など、日本将棋連盟の規定を順守する形です。ただ、すべて同じでないのです。女流棋戦での規定の成績を収めた場合、年齢制限を日本将棋連盟より高い40歳未満にしています。

 大学で将棋を始めたとか、将棋との出会いが遅い人もいます。そのような方にも女流棋士になるチャンスを残したいと思いました。このようなことを理事の先生に説明したところ、年齢制限を40歳未満にすることを理解していただくことができました。

――おうかがいを立てるとか根回しをなさるようになったわけですね。

中倉 そうですね。私は長く将棋の世界で生きてきて、一般的な社会のことがよく分かっていませんでした。「勝負の世界」の感覚からすると根回しなんて悪いことのように思っていたのですが、それは違う。事前にきちんと相談すれば、思ったより了承していただいたり、むしろ応援してもらえることも多かったのです。逆に「何も聞いていません」という状態になると、うまくいくものもいきません。たくさんのことを学んだ日々でした。

1dayトーナメントでは羽生善治九段が解説に

――一時期は、LPSAイベントや棋戦に連盟の棋士や女流棋士は出てはいけないと言われていたこともあったようですが、今は多くの棋士、女流棋士が出演するようになりました。

中倉 個人的なつながりがある棋士、女流棋士に直接お願いすることもありますが、大事なときは日本将棋連盟に相談してから出演をお願いしています。日本将棋連盟イベントに呼んでいただくこともありますし、LPSA主催のイベントへの出演依頼も歓迎していただけるようになり、双方に歓迎という形は、とてもありがたいです。羽生先生(善治九段)に府中での1dayトーナメント女流棋士6人程度で持ち時間の短い将棋を公開で指す)に解説としていらしていただけたのは本当に嬉しかったですね。やっぱり将棋連盟を代表する棋士の先生ですから。

 LPSA15周年の記念の5月30日には、日本将棋連盟佐藤康光会長からスタンドのお花が送られてきました。こちらから15周年ですとお知らせしたわけでないのに、覚えていてくださって。うちの事務所にはもったいないような大きな花で、大変ありがたかったです。

勉強時間を確保し、長く現役を続けていきたい

――記録係もLPSA女流棋士がよくとるようになりました。

中倉 女流棋戦はもちろん、男性棋戦の記録をとることもあります。私自身も記録係は務めています。LPSA内で1人何局とノルマにはしていませんが、内部でバランスをとりながら、LPSAとしてやるべき分はこなしています。堀さん(彩乃女流1級)は、オンライン活動はあまり得意ではないですが、記録係はよく務めていただいて、男性棋戦の記録もよくとっています。引退した大庭美樹さん(女流初段)もたくさん記録をとってくれていますね。

――最後に中倉先生ご自身の将棋のことをお聞かせ下さい。LPSAYouTubeチャンネルでは中倉先生のご自宅の研究部屋を公開されていましたね。代表としてお忙しい中で時間を作って研究されているのでしょうか。

中倉 私は勉強しているかどうか如実に結果に出るタイプ。4年ほど前に11連敗、年度全敗してしまったことがあり、そのときはあまり勉強できていなかったように思います。ファンの方に一番言われるのは「対局頑張ってください」。代表として忙しいとか言い訳はできるけれど、やっぱり勝つのが一番喜んでいただける。若手に勝つと嬉しいというか「まだ現役を続けていいのかな」と思ったりします。あれだけ忙しくても結果を出している将棋連盟の佐藤会長は凄すぎて比べられませんけれど、私も勉強時間を確保し、長く現役を続けていきたいと思います。

写真=石川啓次/文藝春秋

(宮田 聖子)

中倉宏美(なかくら・ひろみ)女流二段  東京都府中市出身。1979年生まれ。堀口弘治七段門下。小学生で女流アマ名人戦準優勝、女流アマ王将戦優勝。1991年、中学入学と同時に女流育成会に入会。1995年、16歳(高校2年生)で女流育成会にて規定の成績を収め女流棋士になる。2007年、LPSA創設時に移籍。2014年からLPSA代表理事を務めている