2019年3月4日付『赤星』紙上に、ロシア連邦軍参謀総長のワレリー・ゲラシモフ上級大将が軍事科学アカデミー総会で行った『軍事戦略発展のベクトル』と題する演説が報じられている。

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 このゲラシモフ演説は、今日のウクライナ戦争の様相を予見し、それに備えるための軍事戦略を提唱している。

 将来戦の様相を予測し、理論と実践の両面から戦略原則を明示し、情報、編成装備、運用、兵站、人事、訓練など、軍事力全般にわたる諸要素が含まれている。

 さらに国家全体としての戦争の予防・準備・遂行についての採るべき態勢にも言及している。

 その方針に沿って、5年以上の歳月をかけて、ロシアは軍のみならず国家総力を挙げて戦争の準備と遂行に備えてきた。

 その成果が、今回のウクライナ戦争に現れている。

すべての軍事領域にわたる基本戦略

 ゲラシモフが提唱した『軍事戦略発展のベクトル』では、軍事的脅威の変容、戦略概念の定義、その理論と実践の一致、戦争の予防・準備・実施の原則、戦争シナリオの予測体系、領域外での「限定行動戦略」とその枠内での部隊運用、国家の軍事組織間の相互関係、情報空間での敵対関係などについて、総合的に述べられている。

「戦略」の定義について、ゲラシモフは、「戦争の予防、準備、実施に関する知識と行動の体系」であるとしている。

 また戦争の主体は、主権国家の軍隊と並び、様々の武装組織、民間軍事会社、他国から承認されていない「疑似国家」など、多様化している点を指摘している。

 これは、シリア内戦などの経験から、様々の武装組織、ISなどの「疑似国家」や欧米の軍事会社などが戦争の主体として戦っていた実態を踏まえた分析とみられる。

 このような多様な戦争主体の活用という戦略が、東部ドンバスでのロシア系住民の武装抵抗活動に対する、ハイブリッド戦争とも称される、民兵、特殊部隊などを使った支援という戦い方にも反映されている。

 ゲラシモフ演説では、経済・政治・外交・情報などの非軍事的な「圧力手段」が活発に使用され、軍事力はこれらの非軍事手段の効果を高めるために誇示されると指摘している。

 ここで言われている軍事力の誇示とは、仮想敵国近傍での、単独または共同の軍事演習、哨戒飛行、艦隊の航行、実弾射撃訓練、ミサイルの発射訓練などが挙げられる。

 ウクライナ戦争開戦前後にも、中露合同艦隊の日本周回、爆撃機などの連携飛行、北海道東部での大規模演習などのロシア軍による軍事的圧力が行使されている。

 なおゲラシモフ演説では、「軍事力が行使されるのは、非軍事手段では初期の目的が達成できなかった場合」であると述べているが、逆に言えば、非軍事手段の圧力では限界があると見た場合は、いつでも軍事力の行使に移行しうることも意味している。

 クリミアでもウクライナでも大規模演習による威圧行動からそのまま軍事侵攻に移行している。

情報敵対行動の脅威と非対称戦争への備え

 米国やその他のNATO北大西洋条約機構)加盟国、さらにはNATO化を進めるウクライナを意識したとみられる、「地政学的競争相手たち」の戦い方について、以下のようにその脅威を強調している。

 すなわち米国などの「競争相手たち」は、地域紛争以外の場でも自らの目的を達成しようとして、活発な「情報敵対行動」をとりつつ、空中・海洋・宇宙から発射される精密誘導攻撃により「高度の技術力を有する敵」と戦うと述べている。

 このような条件の下で、ロシア軍としては、新しい型の戦争および軍事紛争への備えとして、古典的な作戦能力と非対称の作戦能力を整備しなければならないとしている。

 このような安全保障観は、習近平中央軍事委員会主席も、2017年の第19回党大会において、「総体国家安全観」として強調している。

 米軍も、サイバー、宇宙、電磁波などの新領域や情報戦なども含めたソフトパワーを重視しており、米ロ中いずれも、これまでより幅広い戦争観を強調している。

 このような戦争観を受けてゲラシモフ演説では、軍事戦略の理論と実践の最大の意義は、「多様な敵に対する戦争遂行に関する合理的な戦略を追求すること」にあると、多様な敵への備えを強調している。

 そのためには、科学としての軍事戦略を、戦争に関する知的体系の発展と、戦争の予防・準備・遂行に関する実践的活動の改善の二つの方向に沿って、発展させねばならないとしている。

戦争の準備・遂行における総合一体化

 軍事戦略の研究において、政治・経済・情報などの非軍事手段が、一国内において、軍事力とともに複合的に使用されるケースが多くなっている。

 軍事戦略の研究においては、戦争の推移や帰結に影響するすべての非軍事的手段について研究し、軍事力を効果的に使用するための条件を生み出すことが求められる。

 その際に、各領域における作戦は、その領域固有の戦略、作戦の手段、資源を提示するものであり、共通の目的を達成するためには、各領域を個別に管理するのではなく、それらの総合一体化・協調を図らねばならないと強調されている。

 これは米軍のマルチドメイン作戦戦略の発想に類似しており、各ドメイン間の調整と協調による総合一体化が重視されている点は共通している。

 そのためには、国防省の研究機関、連邦行政機関の力を結集し、困難な課題について、学術界と軍の実務者との対話が不可欠であると強調している。

 中国の軍民融合、米国の全政府・民間も一体となったアプローチと共通した考え方と言えよう。

戦争の予防・準備・遂行原則

 戦争の予防についての原則は、軍事的リスクと脅威をリアルタイムで把握、それに対応することを目的とし、軍事的・政治的戦略環境の展開を予測することであるとしている。

 戦争の準備についての原則は、軍の戦闘即応態勢と動員態勢を常時維持しておくこと、および戦略予備と後備予備を維持しておくことにより実現されるとしている。

 戦争遂行の原則を発展させ実現するためには、軍事手段と非軍事手段を協調させることが重要であるとしている。

 その中でも、戦略行動が敵の意表に出ること、その打撃が決定的なものであり、かつ連続的であるという、奇襲の原則を強調している。

 そのためには、「迅速な行動により、自らの予防的措置によって敵の機先を制し、敵の脆弱点をリアルタイムに発見し、敵に対して耐えがたい損害を和えられるような攻撃的脅威を作り出さねばならない」と強調している。

 またそれは、「戦略的主導権を奪取し、それを維持すること」により可能になるとしている。

 このような戦略奇襲の原則は、ウクライナ戦争において発揮されている。

 戦争は、NATO側が予期していたよりも早い時期に奇襲的に始まった。当初はキーウ正面に半数以上の約10万人の兵力を集中し、主攻が北部に指向されているかのように欺騙した。

 しかし10万の兵力で約300万人の人口を有するキーウを攻略するのは、5倍以上の兵力を必要とする市街戦の攻撃兵力として明らかに過少であり、軍事常識上あり得ない。

 すなわち、当初から欺騙行動としてキーウ攻略が実施されたとみるべきであろう。

 ロシア軍は、首都防衛にウクライナ側の戦力を拘束しつつ、キーウ攻略が頓挫し撤退したかのように見せかけながら、ウクライナ側の防御が手薄な東部と南部正面に迅速に戦力を転用、集中し、泥濘期明けまでに態勢を固め、予期よりも早く攻勢に出て、東部ドンバスでのその後の両翼包囲戦を有利に進めた。

 このように、上記のゲラシモフが述べた軍事戦略に沿った戦争指導方針が実践されている。

合理的な戦争推移予測システム

「実践なき理論は無益」であり、軍事戦略の実践には科学的な基礎が必須であると強調されている。

 そのためには、すべての科学者からなる共同体の力を結集しそれを継続して、有効で根拠づけられた新たな原則を確立する必要があるとされている。

 日本学術会議は軍事的研究をいまだに忌避している。また憲法第九条の戦争放棄条項をめぐり自衛隊は違憲か否かの論議が日本では行われている。

 ゲラシモフの戦略論からみれば、このような議論は何ら実践に結びつかない空理空論に過ぎない。

 戦略実践の基礎として、戦争推移のシナリオを予測するための研究体系を打ち立てることが重視されている。

 そのためには、「起こりうる紛争を予期して、裏付けのある予測を行うことは、軍事力行使の形態および手段を開発する際の、出発点として有用である。今日の、軍事力行使の合理的体系は、理論的に裏打ちされ、実践により裏付けられており、この合理的体系は、戦略的抑止行動の重要な構成部分である」としている。

 その際に、米国のその当時の動向から、「軍事・政治的状況の先鋭化、軍事的脅威の出現につながりかねない」と警告しているのは注目される。

 その具体例として、ロシア国境に直接接する地域における軍事プレゼンスの拡大、ミサイル防衛システム制限条約からの米国の脱退、INF条約の効力停止、新戦略兵器削減条約の延長拒否などの事象を列挙している。

 ロシア国境に直接接する地域での軍事プレゼンスの拡大とは、バルト三国NATO加盟に続く、ウクライナにおけるポロシェンコ親米政権誕生とNATO軍化の進展などが念頭にあるとみられる。

 まさに、ゲラシモフ演説が為された2019年3月当時、ロシアにとり最大の軍事的脅威は、ウクライナ軍のNATO軍化であったと言えよう。

 それに連動した、米国の戦略核戦力とミサイル防衛システムの増強への対処も、ロシアにとり国家安全保障上最も深刻な脅威であり、それを突破できる攻撃兵器システムの開発配備が急務とみられた。

 また、ウクライナ領土に、米国の戦略・戦域核戦力と連動するレーダシステム弾道ミサイルが配備されることは最も深刻な脅威であったとみられ、その可能性を芽のうちに排除することも不可欠とみられていたと言えよう。

 このようなロシア側の脅威認識が、ウクライナ侵攻の背景にあったとみられる。

 開戦当日2月24日ウラジーミル・プーチン大統領の演説でもその点は明確に述べられている。

 さらに、宇宙空間の軍事化、軍事利用の脅威にも言及している。

 国際宇宙ステーションからのロシアの離脱がウクライナ戦争にともない、2022年7月に表明されたが、今後、対衛星攻撃兵器の搭載など、宇宙の軍事利用をめぐる軍拡競争が激化するとみられる。

 ウクライナ戦争でも、世界が知らないところで既に熾烈な戦いが宇宙空間でも行われている可能性は高い。

戦略的抑止手段

 以上の脅威認識を踏まえて、軍事戦略の発展にとり差し迫った最大の課題は、核と非核の抑止手段を裏付のあるものにし改善することであるとされている。

 非軍事的手段についても、「すべての仮想敵は、ロシアおよびその同盟国に対するあらゆる圧迫には望みがないことを理解すべきだ」としている。

 このゲラシモフ発言は、現在NATOや日豪などが行っている、ロシアへの経済制裁や外交的孤立、宣伝情報戦などの非軍事的手段が効力を発揮しない態勢を構築することを意味している。

 ロシアはこのような非軍事的圧迫を予期して、過去5年以上備えてきたとみられる。

 もしそうであれば、資源国で食糧輸出国でもあるロシアにとり、経済封鎖への対抗手段として備蓄、代替、別の供給国・輸出国の確保などの対応をとることは容易であろう。

 経済制裁は、ロシアに対し効果的ではなく、備えの不充分な自給率の低い日本や欧州諸国にとりむしろ厳しい経済落ち込みを招くことになるのではないだろうか。

 外交的にも、対露制裁決議に中印、中東、東南アジア、中南米、アフリカなどの諸国は賛成しない国が大半である。

 核抑止力については、多種多様な新型の核運搬手段の開発配備の進展を紹介し、「世界の最先端を走っているという事実に疑いをはさむ余地はない」との自信を示している。

 その具体例として、「アヴァンガルド」、「サルマート」、新兵器「ペレスウェート」、「キンジャール」は高い有効性を示し、「ポセイドン」、「ブレヴェストニク」の試験は順調に進み、「海洋配備型極超音速ミサイル「ツィルコン」の開発計画も進んでいる。

 地上配備型の短・中距離極超音速ミサイル複合体の研究・設計作業も実施が決定された」と述べている。

 これらの新兵器については、2018年3月の年次教書演説において、プーチン大統領自ら紹介し、その成果を誇示している。

 また、ウクライナ戦争においても、核弾頭搭載可能な極超音速空対地ミサイル「キンジャール」が世界で初めて実戦に使用された。

 北朝鮮2022年前半に、かつてない数の多種多様なミサイルの発射を連続して行っているが、その中にロシアイスカンデル型に類似した、短距離・中距離の地上配備型極超音速ミサイルの発射試験も含まれている点は注目される。

 北朝鮮ロシアから請け負い、ロシアに代わり発射試験を行っている可能性もある。

 また「火星」シリーズロケットエンジン「白頭山」は、もともとウクライナ製である。

 しかしウクライナ戦争下でも北朝鮮が、「火星17」と自称しているが「火星15」とみられるロケットや「火星17」大型ICBMの発射試験を相次いで行っていることは、ロシアからのロケットエンジンの供与または技術支援があることを示唆している。

 予算面についても、「予定された軍事予算の範囲内で、必要な数の新兵器を開発することができる」とし、ロシア経済に負担をかける「新たな軍拡競争に引きずり込まれることはない」と、財政的裏付けがある点を強調している。

 北朝鮮の発射試験請負は、ロシアにとっては武器輸出拡大と研究開発予算の削減につながるというメリットもある。

 今後の方向として、西側はロシアを「脅威に対抗しなければならないという脅威に追い込むべく、将来的にわが意思決定中枢を攻撃することを計画している」と警告を発している。

 特に「その中には、ロシア領内の目標に巡航ミサイルを実戦で使用できる発射装置も含まれている」として、「将来型の兵器の追求・取得に関する研究」と「宇宙空間での(そして宇宙空間からの)軍事行動の可能性に対抗する方法の追求に関する研究」を活発化させねばならないと強調している。

 ここでも再び、宇宙空間での軍事行動や宇宙空間からの脅威に備える必要性が強調されている。

 対衛星攻撃システムの開発配備、宇宙ステーションの軍事利用、極超音速兵器の発見・追尾・撃墜のためのコンスレーション(星座)型低軌道衛星ネットワークシステムの構築などについて、米露中の間の熾烈な開発配備競争が今後生起するとみられる。

 これに連動して、地上の指揮司令・通信施設、衛星追跡施設やミサイルの緊急発射・ミサイル防衛施設などの防護とサイバーセキュリティなども、重要な安全保障上の課題になるであろう。

 航空・宇宙分野は民間も巻き込んだ国家総力を挙げた競争分野になるとみられる。

ロシア領域外での「限定行動戦略」

 ゲラシモフ演説では、シリアでのロシア軍の経験に基づき、「限定行動戦略」の枠内でロシアの領域外での国益の保護および増進に関する任務を遂行することを追求するとしている。

 一般的に言えば、国外での制限戦争の任務遂行のための軍事戦略を意味していると言えよう。

 これは明らかに、ウクライナでの限定目的の軍事作戦遂行を任務とする、軍事戦略の策定とそれに基づく任務の遂行を追求することを念頭に置いた発言である。

 その政治的目的の指針は、ブーチン大統領が軍に対し明示したものであろう。

 軍事は、非軍事的手段では特定の政治目的が達成できなくなったときに、その政治目的を達成するために使用されると、ゲラシモフは明言している。

 ウクライナ戦争の目的についてプーチン大統領は、開戦当日の2月24日に以下のように述べている。

ロシア連邦評議会の承認を得て、本年2月22日に連邦議会がドネツク人民共和国およびルガンスク人民共和国と批准した友好および相互扶助条約に従い、特別軍事作戦を実施することを決定した」

「その目標は、キエフ政権によって8年間迫害とジェノサイドにさらされてきた人々を保護することにある」

「これを実行するために、我々は、ウクライナの非軍事化と非ナチス化のために努力するとともに、ロシア連邦市民を含む民間人に対して多数の血なまぐさい犯罪を犯した人々を裁く」

「しかし、我々の計画にはウクライナ領土の占領は含まれていない。私たちには、力ずくで誰かに何かを押し付けるつもりはない」

 このようにプーチン大統領は、ドネツク地域でのロシア系住民保護を目的とする「特別軍事作戦」を命じている。

 2019年のゲラシモフ参謀総長の軍事戦略で言及されている、「限定行動戦略」は、今回のウクライナ戦争の基本戦略そのものと言えよう。

 ゲラシモフ演説では、「限定行動戦略」の基礎は、「軍の中でも特に高い機動性と課題解決能力を有するある軍種の部隊を基本として、自立的行動が可能な部隊集団を作ること」であるとされている。

 シリアでこのような役割を担ったのは、航空宇宙軍であったとされている。

 また、このような戦略を実現する上で最も重要な条件は、「指揮システムの準備態勢および全方位的な保障措置の優越によって情報優越を獲得及び維持すること」並びに「所要の部隊集団を秘密裏に展開させること」であるとされている。

 このような体制作りは、ウクライナ戦争でも実行されている。

 その運用単位は、ウクライナ戦争では地上軍の大隊戦術群であった。その秘密裏の展開が開戦時、北部を中心に実施され、戦略奇襲が行われた。

 作戦の過程では、軍事戦略は、ロシア軍の部隊集団、関係国の軍事編制、各派の軍事機構など、紛争参加勢力が用いる軍事行動と非軍事行動を計画し、調整するという役割を担うとされている。

 これは、シリアでの経験による教訓であろう。

 ウクライナ戦争では、ロシア軍単独作戦であり、北部・東部・南部の各正面の部隊集団間の計画と調整の基本方針を示す軍事戦略として、ゲラシモフの「限定行動戦略」が適用されたと推測される。

「限定行動戦略」における部隊の運用形態

 ゲラシモフ演説では、以下の2つの戦略の発展方向が指摘されている。

 一つは、現代的な情報通信技術を基礎として、部隊、偵察手段、攻撃手段、部隊と武器の統制手段を統合した統一システムの構築と発展である。

 同様の戦略方針は、米軍でも統合全ドメイン指揮統制システム(JADC2)として、追求されている。

 そのために、リアルタイムに近い状態で、観測し目標指示を行い、戦略及び作戦戦術レベルの非核兵器を用いて枢要な目標に選別的な打撃を行うことが求められており、軍事科学は複合的な攻撃システムを基礎づけなければならないとされている。

 もう一つの方向性は、ロボット複合体の大規模な使用に関するものであり、広範な任務を遂行するための無人航空機に関連するものおよび無人航空機や精密誘導兵器に対抗する兵器システムの構築である。

 対抗システムの構築では、目標の種類、その構成、時間的な緊要性に基づいて選択的に影響を及ぼす電子戦部隊およびその手段が決定的な役割を果たすとされている。

 この分野での軍事科学の課題は、ロシア連邦軍の無人兵器の対抗システムに関する戦略策定問題を検討し、将来型戦略電子戦システムの基礎を築くとともに、これを統一システムに統合することであるとされている。

 その成果は、ウクライナの戦場でも発揮されている模様である。

 開戦当初ロシア軍の戦車撃滅などに威力を発揮した、トルコ製の「バイラクタルTB2」や米国が供与した「スイッチブレード」などの無人機が、ロシア軍の防空システムと電子戦により大半が撃墜または無力化されたとロシア側は報じている。

 また、デジタルテクノロジーロボット化、無人システム、電子戦などはいずれも、軍事戦略を含めた軍事科学発展の課題であると強調している。

 これらの認識は、米軍などの認識と共通しているが、情報処理の中枢となるAI、量子コンビューターなどへの直接の言及はない。この点は、先端技術への認識の遅れを感じさせる。

軍事組織の構成部分の相互関係

 現代の軍事紛争では、破壊工作、テロ活動により国家の領域内部での安全保障が不安定化されるという特徴があるとし、領域防衛のシステム、その構成や常時即応態勢の構築は、軍事戦略の発展と軍事科学の重要課題であると指摘している。

 そのためには、国防は単に軍や国防省だけではなく、軍事・非軍事の多くの課題解決が、関係省庁の課題となっているとしている。

 これも前述したように、米中など各国にとっても共通課題になっている。

 特に、軍事的エスカレーションや危機的事態発生時に備え、他の行政機関に対し、各連邦行政機関の部隊の活動の調整、それぞれの権限の分割、領域防衛の任務遂行の指揮に関する問題の対処について考えておくことを要望している。

 侵略の危機が差し迫った場合に、敵国は情勢を不安定化させ、混沌とした統制不可能な情勢を作り出そうとするであろう。

 それに対抗して、死活的に重要な国家インフラ施設をあらゆる面で保護するためのシステム作りが最も緊急を要する課題であると強調されている。

 このシステム作りは、軍事戦略の理論と実践にとり新たな課題であり、総合的な学問的検討が必要である。

 その成果が理論の基礎となるべきであり、実践においては、多様な省庁の部隊および手段が総合的な安全保障を提供できるような制度が構築されねばならないとされている。

 ここで、各省庁の「部隊」という表現が使われているが、ロシアにはソ連時代から、国内軍や国境軍など、国内治安や国境警備に専従する準軍隊が他省庁の管轄下に存在する。

 また、徴兵制をとり約200万人の予備役制度が整備されているロシアの場合、各省庁も戦時下では部隊として再編され、軍と一体となり組織的に行動できる制度になっているものと推測される。

情報空間における敵対

 現代の戦争の特徴として、伝統的な軍事活動遂行空間である陸海空に並び、情報空間の重要性が相対的に増大していることが指摘されている。それゆえに、情報技術こそ将来性のある武器であるとしている。

 情報空間では明確な国境線はなく、遠隔的かつ秘密裏に働きかけを行うことができ、その標的は最重要の情報インフラのみならず、国民そのものであり、国家の安全保障状況に絶えず影響を与えることができる。

 軍事科学においては、情報活動の準備と遂行が最重要課題であると、情報空間での軍事活動の重要性を強調している。

 ウクライナ戦争でも、サイバー戦や宣伝・心理戦が熾烈に戦わされている。

 ウクライナ側は民間のサイバー人材のみならず海外のサイバー技能者まで募り、また欧米メディアを味方につけ、情報戦分野では優位に戦いを進めてきた。

 しかし今年4月2日付『タイムス』紙は、中国がロシアによるウクライナ侵攻直前に、ウクライナに大規模なサイバー攻撃を加えていた証拠があると報じている。

 またロシア2007年エストニアに対し大規模なサイバー攻撃をかけたとみられており、サイバー戦では世界に先行している。

 ウクライナ戦争ではロシア自身による大規模なサイバー攻撃はまだ特定されていないが、今後実施されるか、既に行われているがロシアと特定されていないだけかもしれない。

 ロシアサイバー戦、宣伝・心理戦を重視していることは確かである。

戦闘力向上のための編制の改善

 軍事戦略の優先分野の一つとしてロシア軍戦闘力向上が挙げられる。

 戦闘力向上の研究成果が、ロシア軍の編制の質と量、充足率と装備の技術的水準、士気、練度、部隊の戦闘準備態勢と戦闘力を決定するとされる。

 そのための具体策として重視されているのが、契約軍人制度である。ゲラシモフ演説では、契約軍人の数を2025年までに47万5000人にすると明言されている。これに伴い、徴兵の需要は減少するとみられている。

 その具体的成果として、以下の事例が紹介されている。

 すでに、軍の将校団は訓練された職業軍人により構成されている。軍レベルでは各軍種の全指揮官が、陸軍の軍レベル以下大隊、独立中隊に至る全指揮官の96%が実戦経験を有している。

 装備も現代化され、戦略近郊の維持に決定的役割を有する核の3本柱(大陸間弾道ミサイル潜水艦発射弾道ミサイル、戦略爆撃機)が強化され、核戦力の82%が現代化された装備になっている。

 また戦闘準備態勢の抜き打ち検閲により、部隊を適時に長距離機動させ、各戦略正面の部隊集団を増強する能力を確認できるとし、部隊と軍指導者の運用と戦闘準備の水準が顕著に向上している。

 また、住民のイデオロギー、倫理的・精神的安定、特に軍人のそれらの精神要素を改善することが、伝統的に重視されており、そのために軍は軍事・政治業務システムの改善を行った。

 以上の軍人のプロフェショナル化のための、長期契約勤務、専門的技能・指揮能力の向上、訓練水準の向上、軍人や一般住民の精神面での強化などの施策も、ウクライナ戦争では相応の成果を挙げているとみられる。

 特に、セベルドネツクの陥落以降、ロシア軍の進撃速度が上がり、NATOの武器援助にもかかわらずウクライナ軍は劣勢に立っている。

 占領地行政の施策も併行的に進められており、ロシア軍の占領地支配も固まっている。

 ロシア系住民がロシア軍の占領を歓迎し、ウクライナ軍への支持が弱まり戦意が低下しているとすれば、今後数カ月以内にウクライナにとり戦争遂行そのものが困難になるとみられる。

国防省と国防生産複合体の連携

 軍事戦略と経済の連携についても重視されている。

 その発展をもたらすための新たな手法として、「まず戦略として、どのような戦争のために、どのような分野に対して経済システムの準備態勢を整備するのかを明確にしなければならない。さらにそれらの残存性と安定性をどのようにして確保するのか、経済施設の防護を配慮しどのように配置すべきかなども明らかにする必要がある」と述べている。

 ロシアには「経済は軍事的作戦の特性に自らを適応させることができる」という伝統的な軍事戦略のテーゼがあり、国防省と国防生産複合体の連携においても、少なからぬ成果が上がっていると指摘し、以下のような効果的な連携システムが出来上がったとしている。

 科学研究機関は、軍事作戦の経験に関する分析を基礎として兵器に対する要求の作成に参加し、概念設計から国家試験に至る開発の全期間において、その実現を監督している。

 また軍事科学の役割として、戦争の将来像を描き、将来型の兵器や軍用装備品がどのようなものであるべきかを決定し、それらの運用の形態及び手段について研究することが、挙げられている。

 米国の国防高等研究計画局(DARPA)に類似した、将来戦様相と将来の装備体系、その運用に関する専門の高等研究機関が存在するのであろう。

 また、部隊装備の即応態勢の重要性も指摘されている。現代の兵器は複雑なため、軍事作戦が始まってから短期間で生産に移行することはまず不可能であるとし、必要なものは平時のうちに所要数を生産し、部隊に配備しておかねばならないと強調している。

 この点はウクライナ戦争でも、兵站支援面で最重視されたとみられ、十分な数の装備品やミサイル、弾薬などが事前に増産され部隊に配備されていたことを示唆している。

 ただし、戦争様相を短期戦と予測し、あるいは、装備品の損耗、弾薬やミサイルの射耗数の見積りが甘ければ、不足をきたすことになったともみられる。

 開戦当初の北部でのキーウ攻略が衝撃的効果を発揮して、短期間にゼレンスキー政権を屈服させられるとロシア側が予期していたとすれば、そのような兵站支援の枯渇と攻勢戦力の停滞を招いたであろう。

 ただしその後のロシア軍の東部と南部への戦力転用とマリウポリやドンバス地区での激しい砲爆撃の様相から見る限り、相応の長期戦を予期して軍需物資の増産や備蓄など兵站面の準備も行っていた可能性が高い。

「我々は、あらゆる仮想敵に対しての技術、テクノロジー、組織面の優越を全力で確保する必要がある」とし、技術面の優越を図ることも強調している。

 以上の要求は、「国防生産複合体に対し新兵器開発の課題を出す場合のカギとなる。これにより企業側は、長期的な計画を立てられるようになり、研究機関も軍事科学における基礎研究と応用研究の方向性を定めることができる」と述べている。

 将来戦の予想に基づく最先端装備について、軍学民を挙げた長期的な研究開発と生産計画の追求とそれらの努力による技術的優位の確保の必要性が強調されている。

研究開発と部隊での実践の重要性

 ゲラシモフ演説は最後に、今日の軍事科学にとり重要な課題は、「今後生起する可能性のある軍事紛争の特性を規定し、軍事・非軍事行動の形態及び手段のシステムを策定し、兵器及び軍用装備システムの発展の方向性を規定するため、実践に先んじて、間断のない、合目的的な研究を行うことである」と、軍事研究の重要性を再度強調している。

 また、何よりも重要なこととして、「基礎研究および応用研究の成果を適時に部隊における実戦に取り入れることである」とし、部隊での適時の戦力化の重要性も強調している。

 ウクライナ戦争でも、「キンジャール」などの最新兵器を使用し、HIMARSの性能を上回る「タルナード」多連装ロケットランチャーを多数展開するなど、軍事科学技術の成果を部隊に迅速に実戦配備するとの方針が伺われる。

 軍の科学研究複合体は、近年目覚ましい成果を挙げてきたとして、「参謀本部から課された科学研究作業の枠内において、中期(2021-2025年)における軍事計画のための初期データシステムが作成された。これは新たな期間における「国防計画」文書を修正・策定する際の基礎となるものである」と述べている。

 このことは、現在のウクライナ戦争の勃発に備え、最新の将来戦予測に基づくデータにより修正された「国防計画」が作成されたことを示しており、ロシア軍が現在ウクライナで実行している軍事作戦・戦術の基礎となる軍事戦略が、2019年の段階ですでに策定し終わっていたことを示している。

 さらに、「我々の軍事科学は、問題が発生した時点から、それを見抜いて明らかにし、随時に処理して解決の方途を見出す点において、常に卓越してきたのである」と、軍事科学の成果とそれに基づく軍事戦略に対する自信のほどを示し、ゲラシモフ演説は終わっている。

周到な戦争準備がロシアに勝利もたらす

 ウクライナ戦争は長期消耗戦になっているが、依然としてロシア軍が優勢を維持し、占領地域を拡大している。

 ケルソン州のドニエプル河西岸地域ではウクライナ軍が反攻を準備中とされ、ロシア軍も東部やクリミア正面から兵力を南部に転用し増強中とみられている。

 しかし、ロシアは、前述したプーチン大統領の開戦当日の演説でも明らかなように、NATOの東方拡大の脅威がついに隣国ウクライナにまで及んだことを、国家安全保障に対する直接的脅威と受け取っている。

 このような直接的脅威に直面し、ウクライナでの将来戦を予期して2019年の数年前のポロシェンコ親西欧政権の成立の頃から、軍事戦略の科学的研究、編制装備の在り方、戦力の向上、軍需生産インフラの整備などに国家を挙げて取り組んできたことは、ゲラシモフ演説でも明確である。

 その計画通りにすべて実現したとは言えないにせよ、その成果の一部はウクライナ戦争でも発揮されているとみられる。

 そうである以上、単にNATOの装備や教義を取り入れNATO軍化を進めてきただけのウクライナ軍は、国家総力を挙げて5年以上をかけて、独自の軍事戦略・軍事研究に基づき戦争準備を進めてきたロシア軍に対抗できないであろう。

 ロシアの国家総力をあげた周到な準備が、ロシアに最終的な勝利をもたらす可能性は高い。

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