カリフォルニア州エドワーズ空軍基地には、世界で1機しか造られなかった複座のA-10攻撃機が展示されています。ふたり乗りモデルがあってもおかしくないようですが、なぜ1機のみで終わったのか、その理由を探ります。

半世紀前に初飛行したベテラン機A-10

その独特な外観と、対地攻撃に全振りしたかのようなマッシブさから高い人気を誇るフェアチャイルド・リパブリック社製のA-10サンダーボルトII」攻撃機装甲車も貫くGAU-8アベンジャー30mmガトリング砲を機首に装備し、ミサイルから爆弾まで多種多様な対地兵器を搭載可能な能力を持っています。

外見も、F-15F-16F/A-18などのよく知られた戦闘機とはまったく異なる直線翼とポッド式エンジンからなる構造により、不格好ではあるものの一度見たら忘れられないインパクトあるデザインとなっています。ゆえにマンガやゲームではたびたび登場しており、加えて実戦時の数々の逸話が軍事の枠を越えネタにもなるほどの機体でもあります。

ただ、そんな“メジャー機”A-10に、激レアな2人乗り仕様(複座型)があったことはあまり知られていません。複座も任務によっては使えそうですが、試作のみで終わってしまった理由、それはいったいなぜなのか、見てみます。

A-10攻撃機の最初の試作機が初飛行したのは1972(昭和47)年のこと。その4年後、1976(昭和51)年に最初の量産型であるA型がアメリカ空軍に配備されました。開発当初、この攻撃機に求められたのは、友軍の地上部隊を支援する近接航空支援(CAS)任務にあたれる能力と、それを実現するための豊富な兵器搭載能力や低空での高い運動性能などでした。

逆に、悪天候や夜間でも活動できる全天候型能力については要求されていなかったことから、A型はパイロットの目視と友軍の支援を頼りにした戦い方をする、ある意味で第2次世界大戦時の攻撃機そのままといった感じでした。

初飛行から7年後に始まったアップデート計画

そこで空軍は、1979(昭和54)年にA-10のアップグレードを計画します。A-10A型の最初の試作機(シリアルナンバー73-1664号機)を、開発・生産元であるフェアチャイルド・リパブリック社の工場に戻して、そこで大規模な改造を実施します。

まずコックピットの後方にもうひとつ操縦席を追加する形で複座型へとチェンジ、センサーやアビオニクス(電子機器)も追加しました。なお複座にしたことで、コックピット部分が前後に長くなったため、キャノピーはクラムシェル型から、前後分割タイプの横開き式に変更。コックピット後方にはドーサル・フェアリングという膨らみ部分を増設し、この中に追加のアビオニクスを収納しています。

さらに垂直尾翼が上に約50cm延長されて大きくなっています。なお、A-10シンボルともいえる30mm機関砲GAU-8も、原型と変わらずに装備していましたが、複座改造により機内スペースが狭くなった影響で、搭載弾数が1174発から750発に減少しています。こうして完成した複座型は、夜間・悪天候の英語(Night/Adverse Weather)の頭文字を取って「N/AW A-10」と名付けられました。

N/AW A-10に追加された装備は、夜間の視界確保と攻撃目標の指示にも使える前方監視赤外線装置(FLIR)、レーザー目標指示装置、夜間でも低空飛行を実施できるよう導入された地形追従レーダーや気象レーダーなどです。これらは機体下部のパイロンに吊り下げられた複数のポッドの中に分けて搭載されました。

なお、後席は電子戦士官(Electronic Warfare Officer)と呼ばれ、座席には追加したセンサーの情報が表示できる2台のディスプレイを装備していました。

これらの改造により、N/AW A-10攻撃機としての性能が上がっただけでなく、2名のクルーによって操縦と攻撃を分担して行えるようになったことで、正式配備されればA型よりも攻撃機としての能力が高くなるだけでなく、運用や任務の幅も広がったでしょう。

ふたり乗りA-10の開発が中止になった原因

完成したN/AW A-10は1979(昭和54)年10月23日からカリフォルニア州のエドワーズ空軍基地で飛行試験が行なわれました。同じ年の12月4日に飛行試験が終了するまで28回のミッションで約48時間を飛行、そのうち3分の1は夜間に行われたそうです。

こうして飛行試験の結果は成功とされ、このN/AW A-10は一定の評価を得ることができました。しかし、最終的にアメリカ空軍はこの複座型A-10の開発計画を中止する判断を下しました。

計画中止の理由はN/AW A-10の能力不足ではなく、より効率的に戦闘機へ全天候性能を追加できる装備が開発中だったから。それがポッド式の照準・航法支援装置です。これらは既存の戦闘機に搭載することが可能で、攻撃機としての能力を飛躍的に向上させるだけでなく、外付けゆえに新しい機体を開発するよりもコストパフォーマンスが良いという利点を持っていました。

これらは後にAN/AAQ-13航法ポッドとAN/AAQ-14照準ポッドを組み合わせた「LANTIRNランターン)」の名前で実用化されたほか、さらにその後継ポッドへと改良発展していき、いまでは軍用機の定番装備にまでなっています。

こうして、N/AW A-10は以後、飛ぶことはなくなりました。しかし、名称だけは更新され、N/AW A-10からA-10Bに改められています。ゆえに、その後A型の改良型として登場し、2022年現在、現役で運用されているA-10がC型なのは、この実用化されなかったB型があったからです。

世界で唯一の複座型A-10(N/AW A-10)は、現在テストが行われたエドワーズ空軍基地の中にある博物館に展示されています。展示機のため飛行できない状態ではあるものの、コックピット周りのちょっと変わった形状が醸し出す異様さは、いまでも感じることができます。

カリフォルニア州にあるエドワーズ空軍基地の一角に保存・展示されている複座型のA-10B(布留川 司撮影)。