大手企業一社との密接な関係に安住し、営業部門さえ持つことなく長年ビジネスを成立させてきた、ある中小企業ストローメーカー。しかし、唯一の取引先との関係が終了することになり、絶体絶命のピンチに陥ってしまいます。そこで、新規顧客獲得のために検討したのが、同業者とのM&Aでした。計画は無事に成功しましたが、それは独自の確立された技術があっってこそのものでした。

M&Aで製品ラインナップを拡充

コンサルタントの助力や2008年のタピオカブームの追い風もあり、事業は良い方向へと進んでいきました。しかし2009年頃までは、グリコに代わる顧客の獲得はまだ十分とはいえませんでした。グリコ向けの生産は2011年にはなくなる見込みで、このままでは売上が足りなくなると予想されました。

そのため、同業者とのM&Aによって一気に新規顧客獲得をすることになります。事業譲渡を受けたダイヤストロー本店はストロー業界の老舗であり多くの顧客を抱えていました。また、それまでシバセ工業では輸入ストローを扱っていませんでしたが、M&Aでダイヤストローが手掛けていた輸入ストローも商品ラインナップに加わることとなりました。

安価な輸入品も扱うことで幅広いニーズに対応できる地盤を固めることができ、多品種小ロットという特徴の確立により輸入ストローとの差別化にも成功したシバセ工業は、ストローの品ぞろえで業界トップクラスとなりました。

安さが売りの輸入ストローに対し、シバセ工業は、多品種、小ロット対応、短納期といった要素を武器にしているため、顧客の棲み分けができました。飲食店で提供する飲み物用のストローでは、コスト重視の大手企業などは基本的には大量注文してコストを抑えられる輸入ストローを使います。

しかし、食材の多様化やブランドイメージ、多様性などによってストローにも色やサイズなどの多様性が求められるようになりました。特に小さな飲食店では、他店との差別化のために食材や食器などの差別化も必要で、ストローも店の雰囲気や食材に合わせた色やサイズなどが求められます。

特殊なサイズ・色のストローは、小ロット短納期では輸入ストローでの対応が難しくなりますが、海外のストローメーカーでも同じものができます。飲料用ストローについては技術的な差はありません。現在では品質的な差も少ないと考えたほうがよいです。価格が海外のほうが安くなるのは人件費や設備費の差です。安い人件費で大量に同じものを作ることで、輸送費が上乗せされても安い価格のストローができます。

しかし、顧客の求めるニーズは、価格だけではありません。品質を求める顧客もあれば、品ぞろえを求める顧客もあります。多種多様なニーズに応えられるように準備しておくことで、価格が高いといわれても、それに見合う品ぞろえや短納期の対応ができれば顧客は満足します。ダイヤストローとのM&Aによって輸入ストローも始めたことで低価格のニーズにも応えられるようになりました。

シバセ工業の戦略では輸入ストローをシバセ工業のブランドとして販売しても、仕入れ値が安いことから国産品とは別に安くした価格設定にしています。ただし、輸入するので品種を絞らないと在庫が増えてしまうので、20品目くらいに抑えています。これに対して自社で製造するストローは国産品として価格を高くしますが、200以上の品ぞろえをします。これは、在庫がなくなってもすぐに生産して補充することができるからです。

あとは「顧客の選択」です。安いストローを20種類のなかから選ぶか、高くはなるが200種類以上のなかから自分に合ったものを選ぶか、顧客が決めます。

今の時代には国産品だから品質がよいという売り文句は通用しません。国産も輸入も品質が同じなら何を基準に選ぶかとなると、顧客の求めるニーズだけです。ニーズに対して適正な価格であれば、顧客は日本製でも海外製でもよいのです。

ストローの顧客は誰かとなると、販売先の卸売会社でも、ジュースを飲むエンドユーザーでもありません。ストローを購入する決定権はエンドユーザーにジュースを提供する飲食店にあります。飲食店はお客が繰り返し来店してくれることを願ってサービスをします。

サービスとは中身のジュースだけではなくて、コップであり、座席であり、室内装飾であり、ストローゆっくり楽しい時間を過ごしてもらうためのサービス品です。

そのために必要な仕様を満たしているものを発注します。太さや色や長さ、価格も重要ですが希望するものがなければ、少し高いものを選択するかもしれません。また、標準の規格品になければ特注品で作ることもできます。

シバセ工業の強みは、顧客の大半のニーズを満足できるだけの標準品の品ぞろえをしたうえで、さらに特注品にまで対応できることです。

ストローの場合の顧客満足とは、飲食店のお客のリピーターが増えることでお店が繁盛することです。そのために必要となってくるのは、飲食物に合わせたストローであり、お客がゆっくりと楽しめることです。

多品種小ロットに対応できる生産体制は、そういった顧客満足の体制をつくり出すことができ、シバセ工業の業績も順調に回復していったのです。

ノウハウが分からなければ真似されない

多品種小ロット生産は、多様なストローを作る技術がシバセ工業独自のものであったからこそ実行できた戦略です。

といっても、ストローの作り方は昔から変わりませんし、同業他社と似たような機械です。また、押出成形と呼ばれる技術は、金型から筒状に押し出したものを水槽で冷やしたあとにカットするだけですので、一般的なパイプやチューブと作り方は同じです。どこも同じような機械ですが、その機械に独自の改造を繰り返すことで、他社の真似できないような多品種を作ることができるようになりました。

例えば、金型の出口によってストローの大きさが変わります。多品種を作るには金型交換の段取り時間を短縮しなければなりません。シバセ工業も、昔は半日かけて金型を交換していましたが、金型を自社で設計することで今では10分あれば交換できます。

またストローの品質は、水槽の水温や圧力、エアーの圧力や流量、口金の形状や水や空気の流れなど多くの製造条件で変動するので、製造ノウハウがたくさんあります。昔は、職人芸といわれるように長い経験のある職人でないと調整できなかったノウハウを、現在はできるだけ数値化したり、センサーでモニタリングするなどして、短い経験者でも良い製品が製造できるように改善を続けてきました。

2004年に口径13mmのストローを開発してから、2020年に口径20mmのストローが開発されるまで15年以上かかりました。それだけ薄い肉厚で口径を大きくすることは難しいので、同業他社が取り組んでも難しい技術ですし、ストロー製造技術のない一般のパイプメーカーでは作ることができません。

そのため、模倣されない技術や製品は他社との差別化になります。真似されなければ価格競争も起きないため事業を長期間持続でき、かつ独占的に展開することができます。これは企業の規模に関係なくすべての企業にとっての強みになります。いかに真似できない要素を作り出すかが重要で、模倣が難しいほど競合に対する参入障壁を高くできるのです。

シバセ工業の強みは、技術を「プラスチックの薄肉パイプ」という分野に絞り込んで、1番を作り出してきたことです。できるだけ単純な分野に絞り込めば、中小企業でもほかに真似できない技術に仕上げることができます。

井上 善海

法政大学 教授