ナンシー・ペロシ米下院議長による台湾訪問で一挙に台湾海峡が緊迫化した。

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 7月28日ジョー・バイデン大統領習近平中国国家主席が電話協議を行った際、習氏は、ベロシ氏の訪台があれば「深刻な結果」をもたらすと述べ、「火遊びする者は身を焦がす」と強く警告した。

 中国は威嚇の度を高め、軍事圧力を強めてペロシ氏訪台の阻止に臨んた。だが結果的にはペロシ氏の訪台を阻止できなかった。

 面子を潰された中国は、台湾を包囲するかのように6か所で実弾演習を実施し、これまで、11発の弾道ミサイルが実射され、うち5発が日本の排他的経済水域に落下した。

 他方、米国は偶発的衝突に備え、米第7艦隊所属の原子力空母「ロナルド・レーガン」、最新鋭戦闘機F-35B」を艦載した強襲揚陸艦「トリポリ」「アメリカ」などを台湾周辺海域に出動させた。

 米海軍は空母「エイブラハム・リンカーン」も投入できたが、実施中のリムパック演習を優先して、投入はしなかったようだ。

 ペロシ氏の訪台については事なきを得た。

 だが、その後の「重要軍事演習」という名の中国の威嚇行動を止めることはできなかった。

 今回の威嚇行動の規模は1996年の「台湾海峡危機」をはるかに上回ると指摘される。1996年の様相と様変わりさせた要因は何であるのか。

 1996年、中国は台湾初の総統選挙に際し、台湾近海にミサイルを発射し、民主化の動きを牽制した。

 これに対し米国は、2隻の空母、インディペンデンスニミッツを中心とする空母機動部隊を台湾周辺に派遣した。これにより、見事に中国に矛を収めさせた。

 米空母機動部隊は、中国にとって水戸黄門の「葵の御紋」のような効果があった。

 翌1997年には、ニュート・ギングリッチ米下院議長(当時)の訪台も許している。この時の苦い教訓から、中国の空母建設は始まった。

 今回、「ロナルド・レーガン」は「葵の御紋」の神通力を失った。

 中国は矛を収めるどころか、ミサイル実弾射撃のほかにも、戦闘機爆撃機約100機以上を出動させ、駆逐艦など10隻以上を周辺海域で行動させた。

 本土では台湾人の拘束もあり、ますます居丈高の度を強めた。

 1996年との違いは、やはり中国が力をつけたことだろう。中国は当時と比べ国防費を約20倍に増やし、軍事技術も飛躍的に向上させた。

 中国海軍は艦艇数では、すでに米海軍を凌駕している。何より決定的に違うのは、当時、切歯扼腕させられた空母を保有したことだ。

 中国は既に「遼寧」「山東」という2隻の空母を保有している。

 今年の6月には、中国3隻目の空母「福建」が進水した。「福建」は国産空母としては2隻目で、2024年頃に就役するといわれている。

「遼寧」「山東」の能力は限定的だが、「福建」が就役すると、西太平洋の戦力バランスは大きく塗り替えられる可能性がある。

「福建」は排水量8万トン超と大型化し、航空機約70機が搭載できる。最大の特徴は、戦闘機の離陸に、これまでの「スキージャンプ」方式とは違い。「電磁カタパルト」方式が採用されたことだ。

 現有の空母「遼寧」「山東」は、いずれも排水量約6万トンで、艦載機は24~36機。

 離陸が「スキージャンプ」方式なので、戦闘機の武装や燃料搭載が制限され、戦闘行動が制約されている。

 空母の存在意義であるパワープロジェクション能力は極めて限定的だ。

「福建」が能書き通りの性能を発揮できれば、武装・弾薬を満載した戦闘機の発進が可能になる。

 また米海軍が採用している「E2C」早期警戒機のような作戦支援機の艦上運用が可能になる。空母機動部隊としての戦闘能力、パワープロジェクション能力は格段に向上する。

 中国は台湾侵攻時に米軍を西太平洋に入れない、行動させない(A2/AD: Anti Access, Area Denial)海軍力の獲得を目指している。

 中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は、「米海軍との技術的な差を劇的に縮めた」と胸を張る。

 なるほど「福建」は既存の2隻と比べ攻撃力に勝る。だが戦力化には、諸々の課題を解決しなければならず、実用化にはいまだ時間がかかるだろう。

 一番の難関は電磁式カタパルトの運用に習熟できるかどうかである。

 中国海軍は、はじめてカタパルト方式を採用したものの、蒸気式カタパルトを経験せず、いきなり電磁式カタパルトを採用した。

 米海軍は世界で初めて最新鋭原子力空母「ジェラルドフォード」(排水量10万トン)で電磁カタパルトを採用した。

 地上試験を繰り返し、満を持して導入した電磁カタパルトもトラブルが続き就役が2年遅れた。現在でも完全な実戦配備には至っていない。

 カタパルトは、空母の生命線であり、完璧な信頼性が要求される。

 不具合が発生すれば、100%戦闘機を失うことになるからだ。パイロットは瞬時の判断で「脱出」か「死」かの判断を迫られる。

 ちなみに、空母のカタパルト能力は、重さ30トンの戦闘機を3秒間で時速300キロに加速し、300フィートの滑走で離艦させることが要求される。

 甲板は海面から約15メートルの高さがあるが、重さ2トンの「キャデラック」を4キロすっ飛ばすことが可能だという。

 強烈な力で打ち出されるため、離陸時、操縦者には後ろ方向に5Gもの加速度がかかる。もともと「むち打ち」の研究はこの衝撃の研究から始まったものである。

 蒸気カタパルトであっても、完璧な信頼性を有する技術は米国以外にない。

 フランスの虎の子である原子力空母「シャルル・ドゴール」も蒸気カタパルトであるが、米国からのライセンス生産である。

 蒸気カタパルトの経験のない中国海軍が、電磁カタパルトを使いこなし、実戦化できるかどうか、中国海軍の命運がかかっているといっていい。

 また「福建」の場合、米空母のような原子力推進ではなく、通常動力(ガスタービンエンジン)推進である。

 電磁カタパルトは電力消費が極めて大きい。通常動力で十分に電力を賄えるのか疑問視する声もある。

 戦闘機を発艦させる場合、カタパルト方式であっても、揚力を得るために風上に向かって最大全速で航行しなければならない。

 エンジンは最大出力であり、その時に大量の電気を消費する電磁カタパルトを運用するわけである。

 原子力推進であれば発電容量は十分にある。だが、ガスタービンエンジンであれば推進力と発電のための負荷は相当なものとなる。

 発電専用のエンジンを別途装備するのかもしれないが、詳細は不明である。

 いずれにしろ燃料消費は多くなる。その結果、運航中に補給艦から燃料給油を受ける回数が多くなるのは容易に想像できる。作戦行動にとってはマイナス要因となる。

「福建」の次の国産空母も通常動力だと言われる。中国では空母向けの原子炉技術が十分に進んでいないようだ。

 艦載機についても、3隻の空母に共通の問題点を抱えている。

 現在、中国海軍の艦載機は「J-15」を採用している。J-15はロシア製「Su-33」を無断盗用して製造した艦載機である。

 Su-33の設計を無断盗用したことがばれ、ロシアを大いに憤慨させた。その結果、ロシアの技術支援は得られていない。

 戦闘機コピーできても、設計の細部まで把握されていない。このためトラブル発生時には修復に時間がかかり、低稼働率を余儀なくされる。

 また改修のたびに、どうしても重量が増える。低稼働率と重量増は艦載機としては大きな足枷となる。

 また搭載エンジンの出力が弱いという、スキージャンプ方式では致命的な問題点も抱えている。

 国産エンジンへの換装も試みられているが、信頼性はいまだ低く、パイロットには不人気であるようだ。

 現在、中国はエンジンの国産開発に膨大な予算をつぎ込んでいるが、米国、ロシアのレベルには追い付いておらず、戦闘機開発のボトルネックとなっている。

 J-15戦闘機は既に製造中止しており、新艦載機を開発中だといわれる。

 この完成が「福建」の就役に間に合わなければ、「艦載機のない空母」というブラックジョークのような状況が起こりかねない。

 中国は今後、「福建」の戦力化を最優先課題にするだろう。今後、発生する不具合は、威信をかけて最優先で是正に努めるはずだ。

 このために膨大な資源と、人的資産を注ぎ込むことになるだろう。

 空母の運用には事故は付き物である。

 米海軍の資料によれば、ジェット戦闘機艦載機として空母に配備した1949年から、艦載機の事故率が米空軍並みに低下するまで約40年間の歳月を要している。

 その間、空母の事故で米海軍は約1万2000機の航空機と約8500人の人員を失っている。米海軍ですらこうだ。

 一人っ子政策で生まれた中国軍のパイロットたちが、米海軍のように「屍を乗り越え」て、空母機動部隊を仕上げることができるだろうか。

 中国人そのものが試されることになる。

「福建」の実戦化に成功すれば、中国は米国を凌いで覇権国家になる可能性が現実味を帯びてくる。

 だが、もし失敗すれば、中国海軍だけでなく、中国自体の屋台骨が揺らぐことになりかねない。

 今後の「福建」の帰趨が、まさに中国海軍の、いや中国の分水嶺となりうる。

 今回のペロシ氏訪台後に見せた「台湾封鎖」の予行演習とも言える強面の対応は、多分に虚勢を張っただけの側面がある。

 中国は空母「遼寧」「山東」を出港させたと公表したが、弱腰を非難する国民向けの政治的側面が強い。

「遼寧」「山東」がいまだ戦力足り得ていないことは、中国海軍が一番よく知っている。

 だが、我々は中国海軍を決して侮ってはならない。

「福建」がいったん成功すれば、数年のうちに米海軍を凌ぐ海軍を作り上げる可能性はある。そうなれば日本の生命線であるシーレーンが中国に押さえられることになりかねない。

 今、日本に求められているのは、中国海軍の弱点を徹底的に分析し、日本版A2/AD戦略を早急に構築することだ。

 厳しい人的、財政的状況にあって、「空母には空母」と言った愚かな選択をする余裕はもはやない。

 中国空母の弱点を突く超音速対艦ミサイルや対艦弾道ミサイル、そして無人機やドローン、無人潜水艦といった非対称ではあるが、効率的に空母を無力化できる装備を保有し、日本版A2/AD戦略を構築することが求められている。

 中国は空母部隊の戦力化に向けて莫大な資源を投資し続けるだろう。今回のペロシ氏訪台で、その動きはさらに加速されるはずだ。

 日本が対処戦略を構築し、所要の準備を整えておけば恐るるに足りない。

 むしろ莫大な資源を空母整備に投入させることにより、ブラックホールに無駄金を注ぎ込ませるに等しい状況を作為すべきだ。。

 年末までに国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画が改定される予定である。

「力の信奉者」である中国に対し、自らを過信させないよう、非対称ながら効率的で強力な防衛力を整備し、空母の無力化に万全を尽くすべきだ。

 ペロシ氏訪台を機に、我々もこの動きを加速しなければならない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  超弩級・ペロシ台風が去った後の台湾情勢と米中関係

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