米国ではコロナ禍による失業増加を機に、比較的所得の低いスターバックスアマゾンの倉庫作業員、アップルの店舗従業員らが労働組合を結成する動きが相次いだ。かたや日本でも、今年に入って円安と燃料・食料価格の上昇による値上げラッシュが起こり、家計を脅かしている。労働者が苦境に陥る中、日本の組合も米国のように勢いを盛り返すことができるのか。首藤若菜・立教大教授(労使関係論)に聞いた。(ライター・有馬智子)

●所属する職場の課題にコミットすればいいという「内向き」思考が強い

――昨今の日米の労働運動を、どのように評価していますか。

米国ではコロナ禍以降、格差拡大の犠牲となってきた低所得層が、待遇改善を求めて団結する動きが目立ちます。ただ、米国では組合が企業との排他的交渉権を得るには、過半数の労働者の賛成が必要で、使用者側は賛成多数に持ち込ませないよう、伝統的に激しい組合つぶしを展開します。このため日本と違って労使の対立が先鋭化しがちで、世間の耳目を集めやすいという面はあります。

日本でも、大手スーパーの労働組合がパート・アルバイトを組織化するなど、活動を正社員以外に広げる動きが一部に見られます。日本最大のナショナルセンターである連合もWor-Qというフリーランス向けのプラットフォームを設け、多様な働き手にアプローチし始めました。しかし大半の産別・企業別組合は、組合員以外の労働者に対する関心が薄いと言わざるを得ません。

――なぜ関心が薄いのでしょう。

企業別組合を特徴とする日本の労組は、所属する職場の課題にコミットすればいいという「内向き」思考が強くなりがちなためです。それが労働運動そのものの弱さにつながっていると思います。

例えばナショナルセンターは全労働者のため、産別労組はその産業で働く労働者のために、本来存在するはずです。米国でも、団体交渉は企業単位で行われますが、その際に産別労組のメンバーが参加することがしばしばあります。しかし日本では、主に内情を理解している個別企業の労働組合使用者が交渉を重ねてきました。

私が研究してきた運輸業界でも、個人事業主として働く宅配ドライバーを、産別労組などが支援する動きははっきりとは見られません。むしろ、労使で定めたワークルールの逸脱者として、冷ややかに見ているようです。

――「内向き」思考の原因は何だと考えますか。

企業別組合が強いことが一因でしょう。日本企業は例えば賃金制度などを変える時、労使が水面下で協議し、制度設計の段階からある程度、組合の意向を反映させます。内部調整機能が発達していることには、実質的に労働者の声を取り入れやすく、不要な衝突を避けられるというメリットもあります。しかし労働組合が経営側との交渉に集中し、社会に目を向けようとしなくなる弊害も生みました。

象徴的だったのが2002年、トヨタ自動車が過去最高益を計上した年の春闘で、労組がベアゼロ回答を受け入れたことです。リーディングカンパニーの労使が「雇用を守るため、賃金は我慢する」という姿勢を示したことで、ほかの日本企業に、雇用維持の発想が強まりすぎたように思います。

その結果、賃上げを通じて経済全体に好循環を生み出すというマクロの視点が失われてしまったのです。

労働者が多様化しても、組合によって守られることは重要

――足元では、コロナ禍のダメージに加えて物価高が家計を直撃しています。労働者側に団結の気運が高まらないのはなぜでしょうか。

1990年代以降、賃上げ率が低迷した上に個別の人事査定や業績連動といった基準が加わったことで、組合が労働者全体の賃金を底上げしているという実感が薄れました。近年はそれに加えて労働者のニーズが非常に多様化し、意見集約が難しくなりました。

労働組合は本来、同じ仕事に就く労働者が仲間意識を共有し、組合員に共通する要望を使用者側に提示します。しかし運輸業界を例にとっても、社員として働きたいドライバーもいれば、個人事業主として労働時間規制にとらわれず働き、多くの収入を得たいという人もいます。ウーバーの配達員も、小遣い稼ぎが目的の人や配達で生計を成り立たせている人が混在していることが、組織化を難しくしています。

――多様化した労働者にとって、労働組合に加入するメリットは薄れたのでしょうか。

私はそうは思いません。労働者が、低賃金で搾取される構造に取り込まれないためには、組合によって守られることが非常に重要です。

先ほどお話した個人事業主のドライバーも、最初は配達個数に応じて報酬が支払われますが、熟練すると1日ごとの報酬に変更され、気づくといくら配達しても収入が上がらない状況に置かれていることがあります。にもかかわらず、雇用されたドライバーに比べて一見、収入が多く見えるため、多くの人が個人事業主に流れます。

どの業界にも共通することですが、ワークルールの外で働く人が増えるほど、労働環境全体が悪い方へ引っ張られ、適正なルールで働ける職場に人が集まらなくなってしまう。悪貨が良貨を駆逐するのです。

こうした事態を防ぐには、組合だけでなく政府も、労働者性が認められる個人事業主に労働基準を順守させるよう法整備を進めるべきです。また消費者である私たちも、労働者の待遇改善にかかるコストが製品やサービス価格に転嫁されることを許容すべきです。

●組合の多くは、政府の定めた制度を守ることが、自分たちの役割だと勘違い

――近年は「働き方改革」「官製春闘」など、政府主導による労働者の待遇改善が進んでいます。組合が活力を取り戻すためには、どうすればいいでしょうか。

「官製春闘」と言われますが、政府の「鶴の一声」で自動的に賃金が上がるわけではなく、個別企業の交渉では組合も一定の役割を果たしています。ただ発信力が弱く、外からは動きが見えないことが問題です。

「働き方改革」も本来は、政府ではなく組合が使用者側に働きかけ、新しいワークルールを作るべきでした。しかし組合の多くは、政府の定めた制度を守ることが、自分たちの役割だと思い込んでいます。

1960年代に旧電電公社の組合(全電通)は、電話交換手の女性たちの離職防止のために育休制度を作り、それが他の組合に波及して育児・介護休業法の制定につながりました。KDDIの労使は、業界に先駆けて勤務時間インターバルを設け、制度化の先鞭をつけました。一つの職場で生まれた労働協約が、社会のルールとなった事例はいくつもあります。組合が存在感を示すためには、社会を牽引するようなワークルールを作り、自分たちの活動を社会に発信する必要があります。

――組合のあるべき姿について、どう考えますか。

一部の組合員には「非正規労働者を組織化し待遇を改善したら、自分たちの待遇が引き下がるのではないか」との懸念があります。一方、組合に属さない非正規労働者らは「組合員の既得権益は、自分たちからの搾取の上に成り立っている」と考え、労働者間の分断を招いています。

しかし労働者が生活の安定を得るには、内向き思考で既得権益を奪い合うのではなく、外へ活動を開いて、既得権益を享受する人の数を増やすことをこそ目指すべきです。労働組合は古いイメージを払拭し、女性や非正規労働者、ディーセントワークに敏感な若者ら、幅広い層を巻き込むことに本気で取り組む必要があります。

労働組合は、法律的には極めてパワフルな組織です。たった二人からでも結成できますし、組合が団交を申し入れたら、経営側は拒否できません。こうした組合の機能も、再認識されるべきだと思います。

なぜ日本の労働組合は勢いを盛り返せないか 目立つ政府主導の待遇改善、本来の役割は?