高齢者は、若いときより睡眠時間が短くても大丈夫です。個人差はありますが、4、5時間で十分睡眠が足りる方もいます。何も8時間眠る必要はないのです。でも、なぜか私たちは眠れないことを苦にします。老人医療に詳しい精神科医の和田秀樹氏が著書『80歳の超え方 老いは怖くないが、面倒くさい』(廣済堂出版)で解説します。

不眠?以前はぐっすり眠れたのに

■あなたが不安に思うようなことは、実際にはほとんど起こらない

眠れない高齢者、睡眠導入剤を常用している方はとても多くいらっしゃいます。

70代後半の男性が睡眠導入剤を増やしてほしいと訴えます。

「先生、眠れないんです」と言うので、何時に寝ているのですかと聞くと、「8時です」と答えます。

「8時に寝ると、12時過ぎには起きてしまい眠れなくなります」

「そうですね。眠れなくなるのは、睡眠が足りているからかもしれません」と伝えたら、不満気な顔をされて、「でも、朝まで眠れないときもあるんです」と嘆きました。

「前は朝までぐっすり眠れていたのです。何か病気じゃないのでしょうか」

よくよく話を聞きますと、朝まで眠れなくても朝に二度寝したり、昼寝をしたりもしています。

正直なところ、睡眠は足りています。その方の不安は昔の自分と比べているところにあると思いました。昔は、寝つきもよく朝までぐっすり眠っていた。夜中にトイレに起きたりしなかった。そんな自分と比べています。

高齢者は、若いときより睡眠時間が短くても大丈夫です。個人差はありますが、4、5時間で十分睡眠が足りる方もいます。何も8時間眠る必要はないのです。そして仕事がないのであれば、この人のように昼間眠くなれば昼寝をしてもなんら問題はありません。でも、なぜか私たちは眠れないことを苦にします。

若いときは一日が短くあっという間です。動き続けて身体がクタクタ。睡眠をとることでエネルギーを回復してつぎの日に備えたのです。

70代ともなれば、仕事も家事も量が減っていきます。眠って身体の回復する時間も短くて済むのです。また、睡眠をうながすホルモンであるメラトニン分泌量も減少します。加齢とともに睡眠時間が減っていくのは当然のことです。

男性には、深夜ラジオを聞くことをすすめました。無理に寝ようとしないで、ラジオを聞いてみてください。そうして明るくなったら早く起きてウォーキングしましょう。運動量を増やしたらもう少し眠れるようになりますよ、とアドバイスしました。

以前の自分と比べて「できなくなる」不安

一か月後、その男性が来院したときに、彼は「もう睡眠導入剤に頼るのはやめようかと思います」と言います。

夜中に深夜ラジオを聞くと、世の中に眠れない人の多いことがわかった。ラジオではいろいろな人の話が聞ける。それに耳を澄ましていると寝ちゃうんです。せっかくいい話だったのに、続きが聞きたい。そのことを友達に話したら、スマホに変えるようにすすめられ、スマホにしました。友達も子どもから教えられたそうです。

聞き逃しサービスやいつでも前の放送が聞けるアプリがあるんですよ。眠れないときはラジオを聞き、ウォーキング中も好きな番組を聞いたりして公園をグルグル散歩します。いままで、歩くのはつまらなかったけど、歩くのも好きになりました。

……そんな報告でした。この男性は不眠以外にも不安が多かった方です。「病気になる」「認知症になったらどうしよう」「車の運転をしていいのか」など悩んでいましたが、検査結果から見て「大丈夫」と伝えても納得されませんでした。このようになんの根拠もない不安を抱える方は多いのです。

その原因は、前の自分と比べてしまうことにあります。「できなくなった、できなくなった」と考えていると、不安はつきまといます。

いま楽しめることを探してみる。いまの自分を認める。不安に思うようなことは実際にはなかなか起こらないものです。だから不安に思っている時間はもったいないものです。不安からうつ症状へいくのも怖いことです。

いまの70代は若いです。それは昔の70代より若々しくなったということです。しかし、60代、50代の自分と比べることはやめましょう。

「以前は、富士山なんて休まず登ったもんだ」と漏らした人もいます。「いつのことですか?」と聞くと、「20代の終わり頃」と言います。いくらなんでも20代の自分と比べてはダメでしょう。思い出は大事にとっておいて、いまの自分にふさわしい生活を考えていきましょう。

和田 秀樹 和田秀樹こころと体のクリニック 院長

(※写真はイメージです/PIXTA)