健康診断でもおなじみのX線やCTなどを用いた放射線治療は、私たちにとって身近な存在です。本記事では、そんな放射線治療の仕組みと人体に与える影響について、京都大学名誉教授の鎌田浩毅氏と関西大手予備校「研伸館」講師の米田誠氏が、物理学の観点からわかりやすく解説します。

"未知の放射線"がそのまま定着…「X線」の歴史

体にメスを入れずに内部を観察する医療技術には内視鏡があります。

しかし体内を覗ける技術は内視鏡だけではありません。X線(レントゲン)撮影装置や、CT、MRIも、体の中を画像や映像にすることができます。

定期健康診断でもおなじみのレントゲン写真は、専門的には「単純線検査」と呼ばれ、体の中を覗く技術の中でも最古のものです。

その開発は1895年、ドイツ物理学ヴィルヘルム・レントゲン(1845〜1923)によるX線の発見にさかのぼります。世界最初のX線写真は、X線の発見から数日後に撮影された、レントゲンの妻であるベルタ夫人の手の骨(と指輪)の写真でした。

レントゲンの技術はまたたく間に世界中に広がっていき、日本でも1896年には島津製作所の二代目社長であり発明家の島津源蔵(1869〜1951)が国内初のX線写真撮影に成功しています。ちなみに、島津製作所の初代社長である「初代島津源蔵」は、この島津源蔵の父親です。1894年に初代が急死し、長男の梅次郎が源蔵を襲名したのです。

こうして世界に広まっていったレントゲン写真ですが、実はレントゲン自身も、なぜ骨の透視写真が撮影できるのかはよくわかっていませんでした。

そこで彼は、この得体の知れない「未知の放射線」を仮称として「X(未知の)線」と名づけたのですが、それがそのまま呼称として定着してしまったというわけです。

その後、X線が非常に強い透過性を持つ〝目に見えない光の一種(電磁波)〟であることが明らかにされます。それは、レントゲンの同僚であるドイツのマックス・フォン・ラウエ(1879〜1960)によってでした。

では、レントゲン写真はどのような仕組みによって撮影されるのでしょうか?

レントゲン写真で骨が見えるワケ

X線によるレントゲン写真の仕組みを説明する前に、まずフィルムカメラの写真撮影をイメージしてみてください。

そもそもフィルムカメラの写真は、フィルムが光によって感光する(光の照射によって化学変化を起こす)ことで、できあがります。私たちの目に見える光(可視光線)は電磁波の一種であり、この電磁波には感光フィルムを変色させる性質があるのです。

では、X線はどうかというと、こちらも電磁波の一種です。つまり、X線も光(可視光線)と同様に、感光フィルムを変色させるのです。

人体は部位によってX線を通す(透過する)度合いが異なり、筋肉や軟骨、皮膚などは光を透過しやすい反面、骨はとても透過しづらい性質を持ちます。また、感光フィルムには、より強いX線が当たるほど黒くなるという性質があります。

この双方の特性によって、レントゲン写真は[図表1]のように、X線が透過しづらい骨の部分が、白く映るのです。

ちなみに、骨のX線透過度合いが低いのは、骨に大量に含まれるカルシウムのせいです。X線は金属に吸収されやすい性質を持っているのですが、実はカルシウムは金属の一種です。

健康診断などで胸部レントゲン写真を撮る際に、腰に鉛などの金属が入った防護エプロンを巻くのも、不必要な部位へのX線被ばくを防ぐためです。

[図表2]のように、X線は人体を直線的に透過した後に感光フィルムに達します。このとき人体の部位によってX線の透過度合い(吸収されやすさ)が異なることから、前述の通り、感光フィルムに達するX線にも強弱が現われ、その陰影がレントゲン写真に映し出されるのです。

レントゲンとはX線の使い方が異なる「CTスキャン」

レントゲン写真と並んでよく耳にするCTは、(Computed Tomography:断層影像法)の頭文字をとったもので、コンピューター断層撮影とも呼ばれる技術です。CTはレントゲン写真と同じく、X線の透過度合いを画像化する技術なのですが、レントゲン写真とはX線の使い方が大きく異なります。

レントゲン写真では[図表3]に示すようにX線を撮影対象に対して〝面〞で照射して、その透過度合いを記録します。

それに対してCTでは、面ではなくビーム状(直線状)のX線を用います。撮影対象に向かってビーム状のX線を、360度の様々な角度から何回も照射して、体を透過したX線を検出器でキャッチし、それぞれのX線の強さをデータとして記録します。そして、このデータをコンピューターで再構成処理することで断面の画像をつくり出すのです。

Tomographyと呼ばれるこの再構成処理技術こそが、CTの肝です。

コンピューターが不可欠…CTのしくみ

まず、[図表4]のように、撮影したい空間を格子状に分割して認識します。といっても実際に切り分けるのではなく、住所の番地のように、それぞれの場所を異なった要素として認識するのです。分割されたそれぞれの区域を画素(ピクセル)といいます。

通常は、一つの断面の縦横それぞれを512分割、つまり512×512=26万2144個の画素に分割する場合が多いようです。

画素数、つまり分割する数を増やすほど、より詳細な画像データが得られるのですがコンピューターの負担は増していきます。今後はコンピューターの処理能力向上に伴って、もっと解像度は上がっていくでしょう。

ここでコンピューターが行なっている処理を、[図表5]に示す4マスのモデルを使って説明してみます。まず、未知の数字が入っているそれぞれのマスをA、B、C、Dとします。

次に、数字の和がわかっているとします。たとえばA+B=10、A+C=8、A+D=8だとしましょう。でもこれだけでは未知の数字は決まりません。そこでさらにC+D=14とします。すると4つの未知数の組み合わせ、A=1、B=9、C=7、D=7が決まります。

このように、[図表5]のようなマス中の4つの未知数を求めるためには、4つの連立方程式を立てて、それを解く必要があります。未知数の個数と同じ数の連立方程式をつくり、解かなければいけないのです。

では、縦横それぞれを512分割するとどうでしょう。512×512=約26万マスありますから、それぞれに異なる数値が未知数としてあるとき、26万もの連立方程式を解く必要があります。人の頭ではとても不可能でしょう。だから、CTにはコンピューターによる計算が必要なのです。

CT画像は「写真」ではない

では、この「マスの数字の組み合わせを求める作業」が、どのように人体の断面画像につながるのでしょうか。

CT画像を撮影するときには、[図表6]のように、照射装置によって様々な向きから何度もビーム状のX線が照射されます。また、X線の検出器も設置しますから、X線は、「照射装置→皮膚→脂肪→筋肉→胃→膵臓→内臓脂肪→骨→筋肉→脂肪→皮膚→検出器」などといった道のりを経て検出器に達します。

X線の透過度合い(吸収されやすさ)は部位によって異なりますから、照射されたX線は、様々な強さで検出されます。

この強さをコンピューターの解析にかけ、数万通りの連立方程式を解かせることで、それぞれのマスにある人体の部位がどれだけX線を吸収したのか算出するのです。

そして1マスごとのX線の透過度合いに合わせてマスに色をつけていけば、下にあるような画像を得られます。

つまりCT画像とは、コンピューターによって画像として再構成されたX線の透過度合いのデータです。直接的に写真を撮影しているわけではないのです。

気になる発がんリスク…放射線治療が人体に与える影響

CT画像は、画素数が多い(つまり分割するマスが細かい)ほど鮮明な画像になります。スマートフォンの画像でも、画素数の低いデータは粗い画像になりますから、イメージしやすいかと思います。

ただし、CTの場合は、一概に画素数が多ければいいというものでもありません。というのも、画素数を増やすためには多くの放射線ビームを照射する必要があるからです。

一度に大量の放射線が照射されると、白血病やがんなどの発症リスクが高まります。大量の放射線が臓器や骨髄細胞に当たると、細胞が損傷するのです。この損傷は数時間のうちに修復されますが、放射線の量が非常に大きいと間違って修復される細胞も現われ、これが白血病やがんの原因になるようです。

もちろんこのことは広く知られていますから、現在、CTで照射する放射線量は必要最低限の量とし、発がんなどのリスクを高めない工夫がなされています。

世界的にはWHO(世界保健機関)やIAEA(国際原子力機関)で、医療に用いられる放射線の人体に対する影響について研究が続けられています。

日本でも関連学会などが放射線を用いた診療のガイドラインを示し、各医療機関への周知を行なっています。また、2010年には「医療被ばく研究情報ネットワーク」が設立され、医療放射線が人体に与える影響の研究がオールジャパンで進められています。

では、具体的な放射線被ばく量はというと、レントゲン写真で約0.06ミリシーベルト、CTで5〜30ミリシーベルト程度。「シーベルト(Sv)」は放射線が人体に与える影響を表わす単位です。

この値だけを見ると不安になるかもしれませんので、[図表8]で国立がん研究センターの見解を紹介しましょう。CTの放射線量を気にするよりも、運動不足を気にしたほうがよさそうですね。

鎌田浩毅

京都大学

名誉教授

米田誠

研伸館

専任講師

(写真はイメージです/PIXTA)