物語消滅論―キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」
『物語消滅論―キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」』(角川書店)著者:大塚 英志

思いがけず行き着いた「文学」擁護論

たとえば“セカチュウ”、最近だと『電車男』、こんな単純なお話ばかりがなぜバカ売れするのかと人は首を傾げる。音楽にもその傾向があるが、「萌え」「泣き」といったサプリメント的な機能に表現が特化しつつある。あるいは「ウヨサヨ」「嫌韓」、ハリウッドシナリオみたいなイラク戦争の大義など、世界が書割じみてきたとみな口を揃える。

大塚によれば、それは、ベタな「物語」が社会を動かし始めたからだ。人は「因果律」でしか世界を把握できない、だが、冷戦が崩壊し「イデオロギー」が費えた今、「因果」を律する根拠として求められるのはもはや「物語」だけなのだと。

この本は三部構成だが、第1、2章は『物語の体操』『キャラクター小説の作り方』の反復に終始している。つまり、いま見た「物語」批判(第3章)は、彼がしつこくやってきた純文学批判の延長線上にある。「物語」が「イデオロギー」化するとは、近代文学的な「私」が拠り所を失うこととパラレルだ。「物語」の「因果律」に抗い世界に対峙するためには、「文学」が「私」を立て直し、「文芸批評」が「物語」を工学的に分析し批判する必要があるのだ、と論は結ばれる。

もちろん、ここでいわれている「文学」は「文芸誌的文学」からは一周捻れた別物である。でも、それにしても、自身「予想外」と書いているけれど、近代文学批判がまさか文学の擁護へ行き着くとは! このパースペクティヴに拮抗する言説を文芸プロパーは提出できるだろうか。

ただ、語り下ろしのせいか、トートロジーあり飛躍ありで議論が荒すぎる。より精緻に書かれたものが出るまで判断は保留かな。「大塚英志」という「物語」に足を掬われないよう眉に唾をつけつつ。

【書き手】
栗原 裕一郎
評論家1965年神奈川県生まれ。東京大学理科1類除籍。文芸、音楽、経済学などの領域で評論活動を行っている。著書に『〈盗作〉の文学史』(新曜社。 第62回日本推理作家協会賞)。共著に『石原慎太郎読んでみた』(中公文庫)、 『本当の経済の話をしよう』(ちくま新書)、 『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)、 『バンド臨終図巻 ビートルズからSMAPまで』(文春文庫)、『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』(イースト新書)などがある。

【初出メディア
ミュージックマガジン 2004年12月

【書誌情報】

物語消滅論―キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」

著者:大塚 英志
出版社:角川書店
装丁:新書(228ページ)
発売日:2004-10-01
ISBN-10:4047041793
ISBN-13:978-4047041790
物語消滅論―キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」 / 大塚 英志
近代文学批判がまさか文学の擁護へ行き着くとは!