2022年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。皇室部門の第5位は、こちら!(初公開日 2022年6月5日)。

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 昨年、結婚に伴う国からの一時金を辞退した元皇族の眞子さん。そんな眞子さんを心配してか、「天皇家や秋篠宮家から援助してもらえば贅沢な暮らしは十分できるんじゃないの」という声もあったが、残念ながらそれは的外れである。

 いったいなぜ小室眞子さん・圭さん夫婦が「天皇家の財産」を頼ることは難しいのか? ジャーナリストの奥野修司氏による新刊『マコクライシス』より一部抜粋してお届けする。(全3回の3回目/#1#2を読む)

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皇籍を離脱した者に支給される「一時金」とは何か?

 本来なら眞子さんが小室圭さんと結婚して皇籍を離脱すれば、一時金として1億数千万円が支給されたはずなのに、一時金を受け取ることに猛烈な批判があったことを配慮して、眞子さんは受け取りの辞退を決めた。結局、政府と宮内庁はこれを追認するかたちで、一時金を支給しないことを決定している。

 おそらく眞子さんにある程度の貯蓄があったからだろうと思われる。仮に眞子さんが成年後に受け取ってきた皇族費915万円(年間)をすべて貯金していたとすれば1億円近くになっているはずである。少なくとも預貯金がなければ問題になっていただろう。

 とはいえ、一時金は、「皇族であった者としての品位保持の資に充てるために」支出するお金である。皇族にはお付き合いから衣装まで、われわれ庶民には想像ができない金額が必要になる。

 例えば、ヨーロッパに行けば、皇室と親交のある王室もあり、きっと元内親王の眞子さんは招待されるだろう。そのとき、まさかカジュアルな服装で訪問するわけにもいかないだろうからそれなりの衣装は必要だ。それも元皇族としての品位を落とさないためにどうしても高額になる。一時金とは、一般人になっても、元皇族としての品位を保つために渡される資金なのだ。

 眞子さんが結婚して、皇族から一般人になったからといって、公人である皇族から完全に私人になったわけではない。「元皇族」という性格を併せ持つ、いわば準公人なのだ。一時金は、もらう、もらわないではなく、受け取るべきお金だったのである。それなのに、自ら辞退しなければならないところまで追い込まれた眞子さんは、お気の毒としか言いようがない。

 一時金をもらうことが「税金泥棒」とまで言われ、果ては「税金で生活しているくせに」と、ひどい言われ方をしてきた。要は、皇族は税金をもらって生活しているんだから国民の言うことを聞けということらしい。税金で生活しているのは政治家もそうなのに、政治家に対しては、「ろくな政治活動をしていないんだから税金を返せ!」なんて抗議はしない。税金をもらったら国民の言うことを聞かなくちゃいけないなら、公務員はまともに結婚できないことになる。こんな風潮が広がっていけば、税金で支えられている人間は「国民の言うことを聞け」から、やがて「政府の言うことを聞け」になってしまうだろう。

 典型的な例は日本学術会議の任命拒否だ。税金をもらっているなら国民の代表者である政治家の言うことを聞け、でないと任命できませんよというわけである。これも眞子さんへのバッシング五十歩百歩だろう。これらバッシングする側に共通しているのは、使われた税金が自分のお金だと錯覚していることである。

 眞子さんと小室さんがこれほど非難されたのは、眞子さんが皇族だったからだ。おそらく憲法第1条に「天皇は……主権の存する日本国民の総意に基く」とあるのを誤解したのだろう。つまり、天皇と同じように皇族も国民の総意に基づくのに、眞子さんの結婚相手は国民の総意に反しているではないか、と。しかし、これは天皇制というシステムのことを定めたのであって、一皇族の生活に言及しているわけではない。それを曲解されたのだ。「眞子さんに一時金を払うな!」なんて本気で思っていた国民がどれほどいたのだろう。

なぜ皇室は税金で維持されるようになったのか?

 それにしても、なぜ皇室は税金で維持されるようになったのだろうか。

 日本が戦争に負ける直前の皇室には、現在の金額で数兆円といわれる財産があった。戦争に負けたことで、皇室に大金を持たせては権力を乱用するから危ないというわけで、日本を占領したGHQは、莫大な皇室財産に課税して解体し、国に移管させた。戦後の国民は、その財産を享受してきたはずだ。例えば、皇居外苑を散歩したとする。自由に出入りできるのも国に移管されたおかげなのである。

 皇室が税金で支えられるようになったのはわずか75年前のことである。それも皇室が自ら望んだことではなく(昭和天皇は認めたが)、GHQという外国の軍隊によって強制されたことを、当時の国民が認めたということだ。その結果、「皇室の藩屏」といわれた旧宮家を臣籍降下させて直宮家だけにシェイプアップし、天皇家を中心とした皇族の生活と皇室の維持を税で賄うことにしたのだ。最初から税金で賄われていたわけではない。

 ちょうど眞子さんは一時金を辞退すべきだといった意見がかまびすしかった頃だったが、「天皇家はお金持ちだし、秋篠宮家だって財産はあるんだから、援助してもらえば贅沢な暮らしは十分できるんじゃないの」といったようなことが言われた。

 たしかに皇嗣になった秋篠宮さまの新居は、33億円もかけて増改築が進められていたし、新居が完成するまでの「御仮寓所」だって、なんと10億円もかけて建てたものだ。

 総面積が1378平方メートルというから、われわれ庶民からすれば、とてつもない大邸宅である。それも東京の一等地にあるのだから、いかにも資産家に見えるが、結論からいうと、秋篠宮家の住まいはすべて国有財産であって、私有財産ではない。

 秋篠宮家が動かせるのは皇族費だけである。秋篠宮家の皇族費は、いわば国から秋篠宮家に払うサラリーのようなものだ。

余裕がない秋篠宮家の家計

 余談だが、かつて田島宮内庁長官が、孝宮さまの結婚について昭和天皇から持参金らしき金子を尋ねられたらしく、〈只今の所では納采の儀前に二〇万位、御婚儀近きまして三〇万位かと存じます〉と答えている。合計で50万円。1950(昭和25)年頃の50万円は、公務員の給与で比較するとざっと今の2000万円ぐらいだろう。

 もし秋篠宮さまも、同じように眞子さんに持参金を持たせたとしたら、どれくらいだろうか。おそらく高額な金額ではなかったと思われる。

 皇嗣になる前の秋篠宮家の皇族費は年間6710万円だった。皇嗣に就任して1億2810万円にアップした。一見高額のようだが、それほど余裕があるわけではないといわれる。

 皇嗣になる前に秋篠宮家で働いていた職員は24人(平成30年度)だった。それが皇嗣になって51人(皇位継承後)に増えているが、これは公的予算からまかなわれているとはいえ、それ以外に雇う運転士や料理人などの私的使用人も同じように増えるから、給料や社会保険料等は皇族費から負担しなければならない。

 また天皇家では接待費や通信費、水道光熱費といったものは国の費用(宮廷費)で支払うが、宮家では公務で使われた費用以外はすべて皇族費から払うことになっている。当然、皇嗣になってこうした私的使用人も増えていることだろう。

 悠仁さまは皇位継承者だから教育費は宮廷費から支払われるものの、眞子さんや佳子さまの教育費は、当然、秋篠宮家の皇族費から負担することになる。

 そんなことを考慮すると、持参金を含めて、秋篠宮家が眞子さんに十分な援助ができるほどの余裕があるとは思えないのである。

 皇室経済法施行法では、天皇が賜与できる金額は1800万円までで、それ以外の皇族は年間160万円以内と決まっている。しかしこれは一般的な場合であって、眞子さんに渡す場合は縛られないとしても、余裕を持って仕送りするのは簡単ではないかもしれない。

 皇族費は自由に使ってもいいとはいえ、われわれのように海外旅行をしたり、気分次第で車を乗り換えるといったふうに使えるお金ではなく、必要な予算が一定額あって、自由にできるお金はそれほど多くないはずである。もちろんそこから仕送りはできなくはないが、それほど潤沢ではないということだ。

「でも、陛下か上皇さまのだれかが援助するでしょ?」という声もあるようだ。

 では、上皇上皇后ご夫妻に支援する余裕はあるだろうか。

そもそも天皇家には「私有財産」がない

 そもそも天皇家には基本的に私有財産というものがない。日本国憲法第88条で「すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない」と定められていて、生活費を含めた天皇家を維持する必要経費はすべて国の予算をアテにしているのである。

 例えば、天皇ご一家がお住まいになっている皇居は、不動産価値20兆円ともいわれていて、天皇家が所有しているように思われがちだが、実は所有者は国であって、「皇室用財産」として皇族に無償で提供しているにすぎない。那須や葉山の御用邸も同じだ。

 戦前の皇室は違った。三井や三菱といった財閥もかなわないほど莫大な財産があり、敗戦後に日本を占領統治したGHQが、実質的に没収することで政治的権力を奪う方針を立てたことは述べたが、そのために日本国憲法の施行によって特別に財産税が課せられ、ほぼ9割が物納というかたちで国に移管されたのである。

 昭和天皇のお手元には1500万円の預貯金(現在の価値で数十億円か)だけが私有財産として残された。このお金を「内廷会計基金」に入れ、有価証券などで運用して増やしてきたのである。また、天皇家の私的費用である内廷費が余ればここに戻し、臨時で大きな出費があったときなどに流用してきたようだ。

 1959(昭和34)年の皇太子殿下と正田美智子さんの「ご成婚」もそうだ。

 詳しくは拙書『美智子さま ご出産秘話』(朝日文庫)を参照していただきたいが、宮内庁はこの日のために、内廷費(天皇の私的生活費)を節約したり、例の1500万円を元手に有価証券で増やしたりしながら、当時の金額で5000万円(現在なら5億円以上か)を貯めたというエピソードがある。国民にはあずかり知らぬことだった。

 正田美智子さんが結婚を受諾したとき、皇太子殿下は「柳行李ひとつで来てください」と言ったと伝えられているが、実際は柳行李ひとつどころか、持参した荷物は2000万円とも5000万円とも噂された。もちろん当時のことだから持参金もあっただろう。戦後の天皇家の財布は決して潤沢ではなかったのである。

皇族も「相続税」からは逃げられない

 話を戻すが、眞子さんがアテにできるとすれば内廷会計基金のお金しかない。

 先にも述べたが、昭和天皇の遺産総額は約18億7000万円だった。このほとんどが戦後のお手元金1500万円を運用して増やした金融資産で、遺産相続人は新しい天皇(現上皇さま)と香淳皇后のおふたりである。香淳皇后の分は非課税だったが、上皇さまが相続した分から4億2000万円を相続税として納税している。

 2000年に香淳皇后が逝去されたが、上皇さまが相続した額は公開されていない。1989年に株価が史上最高値をつけて以来、半分以下に下落しているから、所有していた有価証券が想像以上に下落したのかもしれない。相続税額が公示されていないことから、おそらく上皇さまが相続した額は推定1〜2億円だろう。基本的に皇室が購入した有価証券はほとんど売買しないから上皇さまが相続した分も同じように下落している可能性がある。すると昭和天皇と香淳皇后から相続した額は数億円程度まで減少している可能性がある。眞子さんに援助したくても、これでは余裕のある援助はできない可能性がある。

 余談だが、イギリスロイヤルファミリーは戦前の皇室と同じで、個人資産や領地からあがる収入が数百億円といわれ、これはすべて非課税(現在は所得税を払っている)だった。日本の場合は相続税が大きく、このままでは代替わりのたびに内廷会計基金が目減りしていって、限りなくゼロに近づく。ゼロになればすべて税に依存するのだから貯蓄する必要もなくなってすっきりするという説もあるが、一歩間違えば、眞子さんのように、納得しない国民から反発をくらったときは身動きがとれなくなる可能性もある。

 こうしてみると、天皇家も秋篠宮家も決して潤沢な資金があるわけではないことがわかる。短期間ならともかく、長期にわたって眞子さんを支援することはむずかしいということだ。

(奥野 修司)

「天皇家の財産」を頼ることはなぜ難しいのか ©JMPA