ある場所で鉢合わせてしまった3人の男。それぞれ異なる用事があり、全員が「この住所で正しい!」と思っているがため、どんどん混乱していく……。ユーモアあふれるこの会話劇を演じる3人の男は、仲村トオル、田中哲司、渡辺いっけい。そして、物語の鍵を握る謎の女性役には朝海ひかる。そんな『住所まちがい』が、2022年9月より、りゅーとぴあ(新潟)や世田谷パブリックシアター(東京)など全国5都市で上演される。イタリア現代演劇の本邦初演である。

脚本のルイージ・ルナーリはミラノ・ピッコロ座の座付作家。彼が1990年に発表した本作は、世界20か国以上で上演されている。演出は、ルナーリ作品に出演経験もあり、世田谷パブリックシアターの芸術監督就任後初演出となる白井晃。奇妙な状況のなか混乱する3人のうち「女性と密会しに来た男」という役どころを演じる仲村トオルに、戯曲について、久々の出演となる白井演出作品について、そして、演劇に魅せられたひとりの俳優としての思いを聞いた。


 

■女性との密会にやってきたら……3人の男の奇妙な出会い

── 日本で初めて上演される『住所まちがい』について、作品の印象はいかがですか?

それぞれ別の目的で集まった3人の男が「ここはこういう部屋のはずだ」と言い合うところから始まる話だと聞いた時に、とても興味を惹かれる設定だと思いました。イタリアの劇作家の方が書いた作品を白井さんが演出すると伺って、きっと西洋と東洋の垣根を感じさせない作品になるんじゃないかという予感もしました。

3人の男はそれぞれ他の2人に対して「お前は住所を間違って来たんだ」と言い張る。僕の演じる「社長」は女性とこっそり会う場所だと思っているのに、ある人は商談をする場所だと言い、ある人は出版社だと言う……。しかし最後は予想外で驚きました。観終わって家に帰ってからも「ああだったのかな? こうだったのかな?」と楽しみ続けることができるのではないでしょうか。僕は答えがひとつじゃない作品が好きなので、そういうものになるといいなと思っています。

映像作品は、観たい作品を観たい時に観られる時代になりましたが、演劇は「13時に三軒茶屋に来てもらわないと困ります。そうじゃないと見せられません」というような何百年も続くスタイルでやってきている。そう考えると、15時に終わって、感じたことも完結してしまうより、後をひくというか、いつでもどこでも思い出して楽しめるような作品になるといいなと思います。

── いろんな見方や発見のある物語ですよね。

そうですね。翻訳を読み返す度に脳みそがどんどん回ってきて、最初に読んだ時には考えなかった考えが浮かびます。「実は3人とも別な理由で騙されているとしたら?」という読み方をしてみても、意外と読み進められました。3人とも主張する住所は正しいけれど、「社長は密会相手の女性にハニートラップを仕かけられていると思って読んだらどうだろう?」とか「商談で来た男は偽物を掴まされそうになってるとしたら?」「出版社に来た男は自費出版詐欺に遭いそうになっているということだったら?」といろんな可能性を考えながら読んでみたんです。白井さんはまた違う読み方をされるかもしれませんし、稽古が進むとまた新たな発想がでてくるかもしれない。いろいろな可能性を探れるのが面白い芝居になる予感がするところです。

── 3人の男を、田中哲司さん、渡辺いっけいさんと共に演じられます。共演についての期待は?

いっけいさんはドラマで少し共演させていただいたことがあるんですけど、哲司さんはほぼ初めて。おふたりとも僕より舞台経験が豊富ですし、僕の好きな野球に例えると、いろんなフォームでたくさんの変化球を投げられる人という感じがして頼もしい。ちゃんとついて行かなきゃと思っています。あと、いろんなことを繰り出してくれそうなおふたりなので、たぶん僕はいろいろやらなくても大丈夫そうな気がしてます(笑)。見たこともない変化球を投げられたら、それに対してバットを振っていけば新しい自分のスイングが生まれるのかな、と楽しみですね。


 

■白井さんは、1歳の時にいろいろ教えてもらった恩師

── 演出の白井晃さんの舞台に出られるのは3作目ですね。白井さんと一緒にお仕事をされることへの期待は?

白井さんには演劇のことをたくさん教えていただき、演劇俳優として恩師のような存在です。初めてご一緒したのは2005年の『偶然の音楽』でした。その作品が2008年に再演され、2013年には『オセロ』という、まるで縁の無いと思っていたシェイクスピアの作品で演出していただいて……それからもう9年も経つんですね。自分の成長を感じてもらえるか、楽しみです。反対に「ここが鈍くなったな」と思われるかもしれない恐怖に近い不安もありますが、そういう感情は良い緊張感や、自分を前に進ませる力になったりするので、必ずしも嫌ではないです。

僕は20年近く映像の仕事だけをしていて、演劇を始めたのが30代後半の2004年だったんです。3作目の出演舞台が『偶然の音楽』の初演で、今思えば、演劇の俳優としては1歳の幼児のようでした。しかも原作しかない状態で稽古が始まって、まったくどういう作品になるか予想ができなかった。自分自身が演劇俳優として幼かったということもありますが、前に道がない草原のような場所を「さぁ、ここから皆で歩いて行こう!」というところから始まって、旅が終わった時に振り返ると「ずいぶん長く歩くことができたなぁ」という印象があったのを覚えています。それからすると17年も経つので、1歳のヨチヨチ歩きが高校生ぐらいになった成長を感じてもらいたいですね。

── 当時1歳だった(笑)仲村さんは、ずっと舞台を続けて行くと思っていたのですか?

はい。前年の2004年の初舞台は、映像でよくご一緒していた演出家の方の舞台初演出で、互いに映像の現場では経験しない初めてのことに対する戸惑いや経験したことのないハードルの乗り越え方があって、ある意味大変でした。それでも千秋楽カーテンコールで、たぶん自分史上最も長い距離を飛んだと思うくらいジャンプしたんですよ。とてつもない開放感のような達成感のような感動がありました。

舞台出演の2作目は松尾スズキさん演出の『ドライブイン カリフォルニア』で、とにかく稽古場からずっと楽しかったんですね。千秋楽の後に楽屋に戻って「あぁ!楽しかった!」と大声の独り言を言ったくらい。この楽しさをずっと続けていきたい楽しさだと思っていたタイミングで、白井さんの『偶然の音楽』のお話をいただきました。「お客さんが来てくれるのか?」という不安もありましたし、初めての翻訳劇だったので「俺はアメリカ人に見えないだろう」とか「そもそもアメリカの登場人物の感情に自分はなれるのか?」とか、映像のときには感じない、さまざま不安を抱えながらも、少しずつ少しずつ道の無い荒野を歩いていく感覚でした。そうして辿り着いたところで「日本人とかアメリカ人とか関係なく、自分が演じた人間の生きた足跡を残せたかな」と思えて。やはり千秋楽にはとても感動しました。カーテンコールで共演者の小栗旬君が泣きながら登場しなかったら、自分が泣いていたんじゃないかな。やっぱりこれからも演劇は続けていきたいなと、強く思った作品になりましたね。


 

■演劇は“まちがい”が許される場所

── 芝居がお好きなんですね!どういう瞬間が楽しいですか?

現在進行形で「あ~、今、楽しい!」と思いながらやっている時間はほとんどないのですが……今ふと、十数年前のことを思い出しました。NHKの『風の果て』という時代劇で佐藤浩市さんや遠藤憲一さんと共演した時に、NHKのリハーサル室に行くのがウキウキするくらい楽しかったんです。「今日、浩市さんと遠藤さんとやるんだなぁ」って、自分の中でも非常にレアケースな高陽感がありました。

撮影現場でも、自分一人の脳みそからは出てこなかったことを自分がしてしまう瞬間だらけなのが楽しくて。もちろん自分の持っていったものがまるで通用しないという発見をしたり、自分が良いものだと思って提案したものが認められなくて凹んだりしましたが、様々な未知との遭遇がありました。初めて訪れた国や町で、初めて食べる物や初めて見る物に対峙したような感覚。当時、舞台は未経験でしたが、舞台はそんな感覚になることが多く、稽古場では映像の現場ではできない“まちがい”も許される。映像はその日の予定シーンはその日に撮り終えないとなりませんが、演劇は前日の稽古と違うことも試せるし、今日の正解が明日の正解とは限らない。そんな楽しさもあります。

……でも「楽しい!」って言えるのは、まだ稽古が始まってないからなんですよ。5月まで出演していた『広島ジャンゴ2022』の千秋楽でのポジティブな後遺症状態なので「舞台、楽しい!」って思っちゃってる。毎回、楽日(=千秋楽)になると「楽しいな」っていう気持ちになるんですよ、“楽しい日”と書くだけに(笑)。これが次の稽古場が始まるとそうは言っていられない。「5mmしか前に進めなかった……」って落ち込んで家に帰ることもあると思います。それでも、いっけいさんも哲司さんも楽しくさせてくれる気がしていますので、やはり楽しみですね。



取材・文=河野桃子
写真撮影=福岡諒祠
ヘアメイク:宮本盛満  スタイリング:中川原寛(CaNN) 衣装協力:Yohji Yamamoto
仲村トオル