「まだ大丈夫と思いたい。でも、知っておけば準備できる。」高齢者認知症外来・訪問診療を長年行ってきた専門医・近藤靖子氏は、書籍『認知症のリアル 時をかけるおばあさんたち』のなかで「認知症患者のご近所トラブル」について解説しています。

銀行で行員が憤慨…認知症の「ご近所トラブル」

認知症高齢者が身近にいない一般社会で生活している方は、高齢者の認知症状によるトラブルにあっても、認知症が原因だとはなかなか気がつかないものです。

先日、私が銀行に行った際に目撃したトラブルです。高齢者の男性が通帳を失くしたようで、カウンターで中年の男性行員が対応していました。聞こえてくる内容では、どうも失くしたのはこれが初めてではないようです。

行員さんは憤慨して、「何度も失くされると困るんです」「しょっちゅう新しい通帳をお出しすることはできません」「これからはうちではなく、ほかの銀行と取引をしてもらうようになるかもしれません」と、次第にイライラしている様子です。

高齢者の方の声は聞こえませんが、ほかの銀行はどこにあるのか、と聞いているようです。行員は、「知りません、別のところを探して下さい」と言っています。

私は、きっと認知症で通帳を何度も失くしてしまうのだろう、と推測し、さらに金銭の管理もできなくなっているだろうから、家族に連絡して何とかしてもらったほうがいいかな、と思いました。

そこで、私が別のカウンターに呼ばれた際に、「あちらの方はたぶん認知症なので、地域包括支援センターに連絡してみて下さい」と小声でアドバイスしました。早速その通りにされたようで、後日、私がその銀行を訪れた際に、行員の方にお礼を言われました。

高齢化社会と言われて久しいわが国では、一人で生活している高齢者はかなりの人数に上ります。これらの人々は、自分で買い物やいろいろな支払い、病院通いや趣味の活動、人付き合いなどをされていると思われます。

長年特に問題なく過ごしてきたのでしょうが、もし認知症が進んできたら、独力で日常生活を送ることが困難になり、家族の見守りや世話、または介護のサービスが必要になってきます。

「料理や家事」「買い物」ができない…具体的な症状

日常生活動作を指す言葉には、介護の分野で使われている用語として、ADLとIADLがあります。

ADLとは、Activity of Daily Livingの略で、基本的日常動作と訳され、食事、更衣、整容、排泄、入浴などを指します。

IADLとは、Instrumental ADLの略で、手段的日常生活動作と訳され、ADLよりも複雑な動作である、買い物や洗濯などの家事全般、金銭管理、服薬管理、交通機関を使っての移動などが含まれます。

認知症が始まると、まずIADLがうまくできなくなり、さらに認知症状が進行してくるとADLにも障害が出てきます。IADLに障害が出てきた時点で、近所や地域の方が気づき、適切な報告や対処をすることが重要だと思われます。

IADLの障害とは、具体的にはどんなことでしょうか?

例えば、今までできていた料理や家事がきちんとできなくなり、料理の味付けがおかしくなったり、調理器具がうまく使えなかったりします。鍋を焦がしたり、食材を冷蔵庫に入れっぱなしで腐らせたりします。また、日付けを覚えるのが苦手になり、予定した外出がその通りにできなくなります。

従って、病院に通院するのをやめたり、薬をきちんと飲めなくなったりします。買い物では、同じ物を何度も買ったり、逆に支払いをせずに商品を持っていこうとする場合などがあります。

このようにいろいろな障害が出てくるわけですが、案外本人は困っていないことが多いようです。普通にご飯を食べて、きちんと薬も飲んで生活していると思い込んでいることが怏々としてあります。

さらに認知症状が中等度に進行すると、物盗られ妄想や幻覚、作話などが出てきます。物盗られ妄想は、お金や物を失くしても(実際は置き忘れが多いのですが)、「誰かが盗っていった」「泥棒が来た」などと思い込むことです。そのわりには深刻さがないことも特徴的です。

しゃべるのが好きな高齢者の場合には、近所の人に、「ごはんを食べていない」「死にたい」などと言って回る人もいます。

身近にいる高齢者に「これらの言動」を見かけたら…

食べていないと言うのは、食事をしたことを忘れてしまうからで、実際はちゃんと食べていたりします。

死にたい」と言うのは、本当にうつ病などで切羽詰まっているのか、実は心配されたり相手をしてほしいからなのか、判断に困るところです。

また、独居なのに「友達と住んでいる」と言ったり、逆に最近息子と住み始めたのに、「一人で住んでいる」と言い張ることもあります。

物忘れが進行したという症状以外にも、理解力や判断力が低下し、現実認識ができなくなってきます。身近にいる高齢者に、これらの言動を見かけて認知症を疑ったら、そして家族などが面倒を見ている様子もなければ、地域包括支援センターや役所の高齢者福祉課などに報告や相談をして、対処してもらうのが良いと思います。

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近藤 靖子

和歌山県和歌山市に生まれる。京都大学医学部および同大学院卒。 医療に関しては麻酔科、眼科、内科、神経内科、老年内科の診療に従事。1994年家族と共に渡米し、オハイオ州クリーブランドクリーブランドクリニックにて医学研究を行う。 その後、ニューヨークニューヨーク市のマウントサイナイ医科大学、テキサス州ヒューストンのMDアンダーソンがんセンターにて医学研究に従事。 2006年末に帰国し、2008年千葉県佐倉市さくらホームクリニックを夫と共に開院し、主に高齢者医療を行う。

(※写真はイメージです/PIXTA)