今週(8/19〜25) の公開映画数はリバイバル作品も多く、なんと30本。全国100館以上で拡大公開される作品が『バイオレンスアクション』『ハウ』『ソニック・ザ・ムービーソニック VS ナックルズ』『サバカン SABAKAN』の3本、中規模公開・ミニシアター系が27本です。その中から、夏の思い出を描いた 『サバカン』をご紹介します。

『サバカン SABAKAN』

“夏の日の少年映画”ベストテンがあったら、絶対加えたい一本。『スタンド・バイ・ミー』や『おもいでの夏』のような、幼いころの夏の記憶を呼び覚ましてくれる作品だ。少年少女が初めて体験する世界の空気、その匂い。暑さで気だるいなんてひとかけらも感じず、目の前のことだけに夢中だったあの頃。

それにしても不思議なタイトル……。『サバカン』はつまり鯖の缶詰のことだが、水煮にしても味噌煮にしても、安価な象徴のような保存食で、親しみを込めて雑にこう呼ばれている。

草彅剛が演じる売れない小説家・久田の仕事部屋の片隅には、なぜかこのサバの味噌煮缶が置いてある。生活のためにゴーストライターまがいの仕事をせざるを得ない日々だが、いつか書きたいと、ずっと心に留めている小説のモチーフが、実はこの缶詰の中にあるのだ。

久田は、ある日ようやく「僕にはサバの缶詰をみると思い出す少年がいる……」と、本当に書きたかったある夏の物語を、そんな風に書き始める。

時は80年代なかば。場所は長崎。久田は小学5年生、久ちゃんと呼ばれている。気のいい両親と弟の四人暮らし。斉藤由貴キン肉マン消しゴムが好きな少年だ。その久ちゃんが、家が貧しくて一年中ランニングと短パン、いつも教室の机に魚の絵を描いているちょっと変わり者の竹本クン、竹ちゃんとどうして友だちになったか。そして、ふたりが、どんなふうに海の向こうのブーメラン島までうわさのイルカを見る冒険旅行をしたか、が語られていく。

少年ふたりの瑞々しさに魅かれる。久ちゃん役の番家一路も、竹ちゃん役の原田琥之佑も、これが映画デビュー作だ。友だちになった日の別れ際に「またね」と声を掛け合い、何度も何度もふりかえって「またね」を繰り返すなど、そういうことってあったな、と思わせるいくつものディテールが秀逸だ。

久ちゃんの両親も魅せてくれる。そんなに豊かではないが、子供を懸命に育てながら幸せに生きようとする愛情あふれる姿。お笑いみたいに頭をピシャピシャはたく、怒ると長崎で一番コワイ母ちゃん役に尾野真千子。最近では『茜色に焼かれる』の元気のいい母親役も印象的だった。下半身をポリポリ掻いては母ちゃんにはたかれる父ちゃん役が、竹原ピストル。『永い言い訳』でもそうだが、本音いっぱいで実のある父親役だ。このふたり、最強の父ちゃん母ちゃんコンビと推したくなる。そして、竹ちゃんの母ちゃんは貫地谷しほり。漁師の夫に先立たれ、四人の子どもをひとりで育てているがんばりやさんという役どころ。

ナレーションも担当する草彅クンは、導入部分と映画の最後にも姿を現す。サバカンのオチのようなエピソードが、何ともほほえましくて泣かせる。監督は、お笑い芸人からキャリアを始め、『半沢直樹』の脚本を務めた金沢知樹。自身の経験を元にmixiに書いていた物語を、草彅の語りでラジオ小説化するも放送はされず、幻の作品となっていたが、企画は大きく発展し、オリジナル映画の制作につながっていった。手がけたのは日本アカデミー賞を受賞した『ミッドナイトスワン』のCULEN。

【ぴあ水先案内から】

野村正昭さん(映画評論家)
「……見終えると、実に納得できる題名だ。」

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高松啓二さん(イラストレーターフリー)
「……本作最大の魅力は、全編漂う夏の匂いである。……」

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(C)2022「SABAKAN」Film Partners

イラストレーション:高松啓二