70代半ばの女性が娘さんに付き添われて受診したときのこと。娘さんは「父が死んでからひとり暮らしで心配」「最近、料理をしなくなりました」「元気がありません」「認知症ではないですか」と心配ごとが次々に出てきます。老人医療に詳しい精神科医の和田秀樹氏が著書『80歳の超え方 老いは怖くないが、面倒くさい』(廣済堂出版)で解説します。

いつまでも親は元気だという思い込みがある

■本人だけでなく、家族も「老い」を受け入れ、楽しく生活する

本人だけでなく、家族の方も高齢な親に対して不安や心配症になります。

  70代半ばの女性が娘さんに付き添われて受診しました。娘さんは「父が死んでからひとり暮らしで心配」「最近、料理をしなくなりました」「元気がありません」「物忘れがあって」「認知症ではないですか」と心配ごとが次々出ます。

検査をしましたが、脳の萎縮もひどくはなく、認知症と診断するほどではなかったのですが、少し栄養不足があったので、栄養をとり、運動をするようにと、ごく普通のアドバイスをしました。

ご本人の話を聞くと、シンプルな食事が好きだそうです。夫は肉が好きな人で肉ばかり食べていたから、いまは好きなものを食べている。ミステリー物のドラマや映画が好き。ひとりになって気ままに生活しているのに、娘が毎日電話してきてうるさい、ということでした。

私は、この方はまだまだ大丈夫だなと思いました。娘さんには、娘さんがおかずをつくるとか外食に連れ出したらいかがですか(食べる好奇心を増やすためです)、あと、ネットでいろいろな映画を観られるように環境をつくってあげたらと伝えました。娘さんは素直に実行してくれて、この女性はとても元気になったそうです。

子どもというのは、いつまでも親は元気だという思い込みがあります。一緒に暮らしていれば、だんだんに老いていく様子がわかるでしょうが、離れて暮らしていてたまに会うと、親の老いに愕然とします。

前は山のように料理をつくって子どもたちの帰りを待っていたのに、買ったもので済ます。同じことを何度も話す。痩せてきた……あらゆる親の動向に老いを感じます。そのうえ、認知症についての中途半端な情報がありますから、「認知症になったらどうしよう」と心配が先にたち、親にあれこれうるさく言うようになるようです。

お子さんたちに伝えたいのは、親を若いときの親と比べないほうがいいということです。昔なら、家事は子や嫁に任せて隠居している年齢です。孫の世話、草花の手入れでもしていればよかったのです。それがひとり暮らしで自立しているのだから、たいしたものです。ほめてあげましょう。

料理というのは、毎日の習慣です。家族が多いときはたくさん料理していても、ひとり分だけつくっている生活では、以前のように料理のモチベーションがすぐには湧いてきません。

老いれば話題にも乏しくなります。話したいのは楽しかった昔話になります。子どもの小さいときの話、みんなで旅行に行ったときのこと。親は何度も心で反芻している思い出を、分かち合ってくれる家族に話したいのです。

高齢になった親を持つ子どもたちは、親を働き盛りの元気な親と比べるのではなく、いまの親に必要なものは何かを冷静に考えてほしいと思います。認知症から遠ざけるには、運動習慣と好奇心、笑いだと言われています。親が「ちゃんとしているか」より、楽しい生活が送れるように支援していきましょう。

ご本人だけでなく、家族も「老い」はあきらめて、楽しく生活する方法を考えてほしいと思います。

臓器も脳も肌もすべて経年劣化していく

■病気を気にするより、「残存機能」を大事にするほうが大切

高齢とともに、病気のひとつやふたつ持つ人も多いでしょう。65歳を過ぎれば、3人にひとりは高血圧だといわれ、薬を飲んでいる方も多くいます。脂質異常症の方も多く、コレステロール値を下げるための薬を飲んでいる方も多くいます。なんらかの病気を持つ人が少しずつ増えていきます。

たとえば、リウマチ、骨粗しょう症、脊椎管狭窄症、脳卒中、心疾患、そして認知症。徐々に症状が出てきて進行する場合と、脳梗塞のように突然の発症という場合もあります。

私たちの寿命は延びました。でも、身体は同じ人間の身体です。少々昔よりは頑丈になったかもしれませんが、臓器も脳も肌もすべて経年劣化していくものです。いくらアンチエイジングを目指しても、身体の劣化を多少遅らせることはできても、止める方法は見つかりません。

私は、アンチエイジングを否定はしません。いつまでも若々しい姿をした高齢者を見るとこちらまで元気になりますし、いつまでも美しくありたいという欲を持てる人は、その通り若々しいと思っています。

高齢になっても欲は必要です。

まだ病気になる前から、「病気になったらどうしよう」と考えるのではなく、病気になるまでは元気に生きてやるという欲を持ってほしいと思います。

脳梗塞やリウマチ、なんらかの病気を持ってしまったという方もいらっしゃるでしょう。そういう方も、病気のことは医者と相談しながら養生し、まだ残る残存機能を生かして自分にできることをやっていただきたいと思います。

ALS筋萎縮性側索硬化症)は、全身の筋肉が動かなくなり、最後は呼吸も機械に頼り、まぶたも動かなくなる難病です。しかし、その症状も徐々に進行します。進行しながらも、いろいろなテクノロジーを利用してコミュニケーションをとっている方、パソコンで発信している方が多くなってきました。その方たちを支えているのも、生きてやろうという欲だと思います。

高齢者は悟って静かに死んでいくような価値観もありますが、病気を持ってじたばたしながらも残存機能を生かして生き抜くこともまた必要なことです。

認知症を怖がる人が多いでしょう。ほかの本でもたくさん書いていますが、認知症になっても、できることは多いのです。症状は徐々に進むものです。認知症の方でも、見事な盆栽を育てている方、絵手紙作品をつくって個展を開いた方、そんな例はいっぱいあります。

病気は仕方ないとあきらめ、残存機能を生かして、人生を楽しもうという欲を持っていきましょう。

あきらめることはあきらめ、できることはやっていく、そういう気持ちがいちばん大事なのです。

和田 秀樹 和田秀樹こころと体のクリニック 院長

(※写真はイメージです/PIXTA)