(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

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北朝鮮ロシアを支援してウクライナでの戦闘に義勇軍10万人を送ることを申し出た」という情報が米国内で広がり、米国の朝鮮問題専門家が「北朝鮮の行動は国連の対北制裁に違反する」と警告を発している。

 すでに北朝鮮ロシア支援のために労働者1000人をウクライナに送る方針をロシアに伝えたという情報もある。ウクライナを舞台とするロシア北朝鮮との新たな協力の可能性が、米国にも懸念を生んでいることが明らかとなった。

義勇軍10万人の派遣を申し出た?

 米国ワシントンの大手研究機関「ヘリテージ財団」アジア研究センターブルース・クリングナー上級研究員は8月11日、「北朝鮮によるウクライナ領内ロシア占領地域での支援は、国連制裁の違反となる」と題する報告書を発表した。

 同報告書は冒頭で、「ロシアメディアの未確認情報によると、北朝鮮ロシアに対して、ウクライナでの戦闘でロシア軍を支援する北朝鮮義勇軍10万人の派遣を申し出たという」と記し、その情報がもし事実だった場合、ウクライナ戦争や米国にとってどのような意味があるのかを解説し、警告していた。

 クリングナー氏は、朝鮮半島情勢の研究では米国内でも有数の権威とされる。そんな研究者が、北朝鮮ロシアの結びつきに関してこうした警告を発したことは、ウクライナ戦争での北朝鮮の新たな役割に対して、米国が実際に懸念を抱いていることを意味している。

 国連は北朝鮮に広範な制裁措置を課しているが、その一部は、北朝鮮日本人拉致の結果でもある。そのため、ウクライナをめぐる北朝鮮の新たな動きは日本に影響を及ぼすことも考えられる。

ドネツク、ルガンスクに北朝鮮が労働者を派遣

 ロシアウクライナに侵攻した当初から、北朝鮮ロシアの軍事行動を支持していた。また、この7月に北朝鮮は、ウクライナ領内でロシアが制圧した地域の「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」としての独立を承認し、外交関係を樹立した。そうした事実から北朝鮮ロシアへの接近は明白であり、もともとの米国への敵視姿勢からも、米国と対立するロシアへの同調は当然の動きとみられてきた。

 北朝鮮ドネツクルガンスクの両人民共和国の独立を承認すると、平壌駐在のロシア大使、アレクサンドル・マツェゴラ氏が、ドネツクルガンスク両地域の再建や復興のために北朝鮮政府が建設労働者1000人ほどを派遣する見通しとなった、と発言した。

 同大使がロシアの新聞に語ったところによると、北朝鮮政府は、ロシア国内で働いている北朝鮮労働者のうち、まず1000人ほどをドネツク共和国へ送り、戦禍の復興やインフラ建設に当たらせ、その後は、北朝鮮国内から直接ルガンスクに新たな労働者を派遣する計画だという。

 さらにロシアでは今年(2022年)5月に、軍事問題専門家のイーゴリ・コロチェンコ氏が国営テレビOne TV」で、「10万人の北朝鮮義勇兵がウクライナに送られ紛争に参加する準備ができている」と発言した。「北朝鮮将兵は対砲火戦で多くの戦闘経験を持っている」とも解説した。

 この発言はそれなりに各方面で注目されたが、米国ではニューヨークポスト紙が8月5日付でこのコロチェンコ発言の骨子を報道した。同紙は、北朝鮮軍将兵のウクライナ戦への投入は、とくにウクライナ軍が米軍らの供与で6月から戦場に導入して効果を発揮している高速機動砲兵ロケットシステムHIMARS)への対策を意識した動きだろう、という観測も載せていた。

 ヘリテージ財団のクリングナー氏の報告は主としてこのニューヨークポストの報道を受けた形で、これまでの北朝鮮の労働者や軍人の外国での活動パターンを参考にして、北朝鮮軍の将兵がウクライナの戦争に送りこまれた場合はロシア側から報酬を受ける傭兵の志願部隊とされるだろうと予測していた。こうした場合、将兵が受ける報酬の大半は北朝鮮政府当局に吸い上げられるという。

ウクライナ戦争は国際的に拡大してしまうのか

 こうした動きに対して、クリングナー氏は報告書の中で次のように指摘する。

 北朝鮮はこれまで核兵器や長距離ミサイルの開発、さらには自国民の人権弾圧や日本国民の拉致などを行ってきたことに対して、国連や米国政府から制裁措置を受けている。北朝鮮の国民が国外で労働や戦闘に従事して、報酬を受けることも、その制裁措置で禁止されている。だから厳密には、北朝鮮軍部隊が義勇軍の名目でウクライナに出動することも禁じられている。

 だがクリングナー氏によると、北朝鮮1970年代にはアフリカの複数の国家と軍事的な関係を結び、武器輸出や軍事訓練をしていた。とくに80年代にはウガンダにかなりの規模の軍事顧問団を送り、ウガンダ軍の砲兵技術の指導をしていたという。だから外国での傭兵や志願兵の役割を果たすことは経験がある、というわけだ。

 現段階では、「北朝鮮軍10万人がウクライナ領内でロシア軍の戦闘を支援」という状況は確認されていない。だが、北朝鮮ロシアの両国政府間でその種の協力が協議されていることは確実だといえる。

 もしもその計画が実行に移された場合、ウクライナ戦争は新たな国際的拡大と呼べる状況が生まれるわけで、危険は一層高まることになる。

 とくに北朝鮮に対して自国民の拉致事件の解決という重要案件を抱える日本としては、北朝鮮のこの種の対外行動には十二分に注意をしておくことが必要だろう。

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