「ジャンボ・ジェット」の名で親しまれるボーイング747は、胴体前方が盛り上がった形状が特徴です。ただ747デビュー以前、レシプロ機でも似たような形状を採用した航空機がありました。

ベース機はダグラスのヒット機「DC-4/C-54」

旅客機としての全盛期こそ過ぎ去ってしまったものの、民間むけの貨物輸送機としてはいまだに根強い人気を誇るのが、「ジャンボ・ジェット」として親しまれるボーイング747です。同機の特徴はなんといっても機体の前方だけが「コブ」のように盛り上がった形状。ただ、747より以前に、その形状そっくりの民間むけ貨物機が実在していたことは、ここ日本ではあまり知られていないでしょう。

その機種名は、ATL-98「カー・ヴェール(Carvair。カーヴェアとも)」というもの。この機も747と同様、前方が「コブ」のように盛り上がった胴体形状をしていますが、747のようにジェットエンジンを4基備えたものではなく、プロペラが左右に2基づつ搭載されている「プロペラ機」なのがわかります。

実はこの「カー・ヴェール」は、カー・フェリー、つまり自動車輸送を専用とする機体として改造されたものです。機内には、5台の普通自動車を載せられるほか、客席も設けることもできます。

そして、この機体のベースとなったのは、アメリカにかつて存在し、当時最盛期を迎えていた一大航空機メーカー、ダグラス社のレシプロ輸送機DC-4/C-54です。

ただ、DC-4/C-54はともに、通常の旅客機輸送機と同様、1階建て客室の胴体が設定されています。これがどのように747のようになったのでしょうか。

なぜプロペラ機を747みたいにしたのか?

この機体が運用される前、タイプ170スーパー・フレイター32型というカー・フェリー機が開発されました。これは、イギリスブリストル社が開発したタイプ170という貨物機を拡大したもので、少数機の製造に終わっていましたが、カー・フェリー機には一定の需要があることも判明しました。

そこで、イギリスのアビエーション・トレーダーズ・リミテッド(ATL)は、より大型のカー・フェリーを開発することとします。ここで目がつけられたのが、DC-4/C-54でした。これらは、第二次世界大戦中に軍民でシェアを誇り、大量に製造されていました。「カー・ヴェール」が初飛行した1961年ごろには、ジェット時代を迎えてプロペラ輸送機が余剰になり、DC-4/C-54がかなり格安で入手できたことも一因と考えられます。

DC-4/C-54にボーイング747のような改修が施されたのは、このときです。コクピットを貨物室上に持ち上げ、機種最前方が横方向に開くことで、自動車のような大型貨物を難なく積み込めるようにしました。貨物ドアの開く方向は違えど、まさにボーイング747貨物機のようですが、その大きさは全長約31m、全幅約36m。おおよそ747の半分程度のサイズです。

ちなみに、「カー・ヴェール」が機首から自動車を搭載するためには、専用のリフターランプ(傾斜台)が必要でした。機体名称は、カー・フェリーからカーが、ヴェールはエアから拡張したものではないかと筆者(種山雅夫、元航空科学博物館展示部長 学芸員)は考えています。

「カー・ヴェール」は最終的には21機が改造され、1960年代から最後は1980年代までアイルランドエアロリンガスなどで使用されました。なかには、元JAL日本航空)機のDC-4を改修したものもあったそうで、アンセット・エアカーゴ向けのVH-INJは、元JALで運航していたDC-4(JA6008)です。引退後の60年代後半に、機首を大改造し、運用されたと記録されています。

ただ、その後「カー・ヴェール」をはじめとするカー・フェリー機は、車両の搭載に課題があるなど、後継機が開発されることなく衰退してしまいました。「小さなジャンボ・ジェット」は輝かしいスポットライトを浴びることはなかったのです。

せめて写真だけでもいいので、カー・ヴェールと747が並んでいるのを見たかったな……と思うのは筆者だけでしょうか。

現役時代の 「カー・ヴェール」輸送機(画像:Phillip Capper[CC BY〈 https://bit.ly/3JFOHIC〉])。