◆初の“女性プロ棋士”誕生なるか

将棋ファンにとっていま最注目のトピックスが「史上初の“女性プロ棋士”が誕生するか」であることは論を待たない。女流棋士として初のプロ編入試験に挑む里見香奈女流五冠(清麗・女流王座・女流王位・女流王将・倉敷藤花)のプロ編入試験の第1局が本日8月18日より行われる。

通常、プロ棋士になるためには、奨励会を勝ち抜き、年齢制限までに「四段」に昇段することが前提条件となる。これまで多くの女性が奨励会に入り棋士への道を目指したが、里見は三段まで昇段したものの四段昇段は叶わずに奨励会を退会。今回のプロ編入試験は、アマチュア女流棋士が公式戦で棋士と対局し「10勝以上、6割5分以上の勝率」を満たせば受験できる。里見は5月27日に行われた棋王戦古森悠太五段に勝ち、直近成績10勝4敗で受験資格を取得することとなった。

その切れ味の鋭い終盤力から“出雲のイナズマ”のキャッチフレーズを引っさげ、中学生女流棋士になった里見が世に出て20年近くが経つ。押しも押されぬ女流棋界の第一人者として活躍しているなかでの近年の勝ちっぷりの凄まじさに、「ここにきて、強さの質が変わったのでは?」とする向きは多い。ライターの岡部敬史さん、漫画家さくらはな。さんの2人がプロ棋士の高野秀行六段になんでも聞きまくる新刊『あの棋士はどれだけすごいの?会議』に、里見香奈の近年の強さについて論じている箇所がある。本書の一部を抜粋する。

◆この10年の将棋界でいちばん変わったのは“女流棋士の実力”

岡部 女流の先生方、年々とても強くなっていますよね。
高野 そう!実はこの10年の将棋界でいちばん変わったことは、女流棋士の実力じゃないかと思うんですよ。
さくら 10年前とは、全然ちがう?
高野 全然ちがいます。10年前とは、まったくちがう世界。里見さん(香奈女流五冠)も西山さん(朋佳女流二冠)も、奨励会の三段リーグを突破できなかったけど、あれからもっと強くなっている。
岡部 男性の棋士にも勝っていますよね。
高野 そうでしょ。それこそ10年ほど前だと、公式戦で棋士が女流棋士に負けるのはちょっと……という空気がありましたもん。
さくら 今は?
高野 今は全力でやって普通に負けてますからね(笑)。特に里見さんは、5月に女流棋士として初めて、8大タイトルで予選を勝ち抜いて棋王戦本戦の切符を手にしました。またこの将棋で「プロ編入試験」への受験資格を獲得したんです。
さくら 「プロ編入試験」の受験資格はどんなものなのですか?
高野 プロ公式戦において、最も良いところからみて10勝以上、6割5分以上の成績を収めることが条件です。
岡部 それって、厳しくないですか?
高野 めちゃくちゃ、厳しいです。里見さんは「10勝4敗」でクリアーしたのですが、勝った相手がまたすごい。黒田尭之五段、本田奎五段に王位戦で挑戦者決定戦まで進んだ池永天志五段。そして関西若手屈指の実力者・澤田真吾七段ですから本当にすごい棋王戦本線入りを決めた古森悠太五段の一戦も、中盤抜け出したあと一気に差を広げての快勝でした。

◆強さの秘訣の一つは「将棋が自由になった」

さくら 里見さんの強さはどこにありますか?
高野 「出雲のイナズマ」と呼ばれる終盤力はご存知の通りですが、将棋が自由になった感じがします。
岡部 序盤も、いつも中飛車かと思ったら、けっこう不思議な駒組をされたりもしますよね。
高野 そうなんですよ独創的で。先日読んだ観戦記に里見さんが畠山鎮八段とVS(ブイエス・1対1の研究会)を10年ほど続けていて、500局ほど指したとありました。また2年前からは谷川浩司17世名人が主宰する、菅井竜也八段、畠山鎮八段との研究会にも参加しているそうですね。
さくら 強そうな人たちですね。
高野 最初はボコボコに負かされたと思いますよ。でも根性を出してついていったのでしょう。ここのところ強くなったのは、その成果もあるでしょうね。

◆超過密日程のなか挑むプロ編入試験

本日から始まるプロ編入試験は、月に1局ずつ。対戦相手は新四段のプロ棋士5人だ。

1局目 徳田拳士四段
2局目 岡部怜央四段
3局目 狩山幹生四段
4局目 横山友紀四段
5局目 高田明浩四段

持ち時間3時間の対局で、3勝すれば女性初のプロ棋士誕生となる。女流タイトル戦と並行して行われる超過密日程となるが(防衛戦が3つ、挑戦が1つ)、そもそも対局数が多い里見(昨年の対局数は50局)は、その超過密日程の中で、男性棋戦を勝ち抜いてきた経緯がある。編入試験を通過して晴れてプロ棋士となれば、女流棋戦に加えて男性棋戦もフルに戦う“二刀流”となることが予想される。

奨励会に編入したときは棋士になることだけを考えてきましたが、今回はそうではなく、純粋に将棋が大好きなので、少しでも自分の棋力向上を目指して、より強い方々と対局したいなという思いがあります」

記者会見を開き、編入試験への意気込みをこう語った里見女流五冠。女流の第一人者という立場に安住することなく、将棋への飽くなき探究心と向上心で大きな挑戦の時を迎えようとしている。どんな構想で大一番に挑むのか、一局一局……いや、その一手一手から目が離せない。<文/日刊SPA!編集部 写真/産経新聞社