「甲子園には魔物がすんでいる」といわれる。高校野球の全国大会で奇跡的な逆転劇や、得体のしれない何かが働いたようなドラマが起こるたび、「魔物」という言葉で表現されてきた。今大会、春夏連覇を目指し、圧倒的な強さで勝ち上がってきた大本命・大阪桐蔭が「魔物」の餌食(えじき)になった。

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 第104回全国高校野球選手権の準々決勝。9回表、大阪桐蔭のリードはわずか1点。甲子園は下関国際(山口)の攻撃を応援する手拍子に包まれた。走者が出るたび、拍手と歓声はより一層大きくなる。下関国際を後押しするような異様なムードのなか、1死二、三塁で飛び出した2点適時打。甲子園のボルテージは最高潮に達し、4-5で逆転負けした大阪桐蔭ナインは涙にくれた。

 絶対王者にとって、9回の完全アウェーな雰囲気は想定内のはずだった。「最近はどの試合でも9回、負けているチームを応援する風潮になっていて、みんなわかっていた」と西谷浩一監督(52)。それでもグラウンドの選手にかかる重圧は予想以上で「お客さんの手拍子に、のまれそうになった。2年生の前田が投げていたけど、声をかける余裕がなかった。申し訳ないです」と星子主将は言った。

 いわゆる判官(はんがん)びいき。甲子園では、劣勢のチームに対し、最終回に手拍子が自然発生する応援スタイルが定番となりつつある。とくに強すぎる大阪桐蔭は、劣勢のたびに「逆風」を受けやすい立場だった。また、高校野球のドラマチックな展開を期待する観客の拍手も少なくない。負ければ終わりの一発勝負、強者でも勝ち運に見放されるのが、甲子園の魅力。悪意はないとはいえ、ミラクルへの期待感がこめられた手拍子は、ときに残酷に、強者や優勢なチームに「魔物」として襲いかかる。

 近年では、第100回大会で準優勝の快進撃を見せた金足農(秋田)が「魔物」に味方された。準々決勝の近江戦(滋賀)で1点を追う9回裏の攻撃。県立高校で、全国的にも数少ない農業高校の奮闘に、大観衆の手拍子とざわめきが大きくなる。無死満塁となり、最後は逆転2ランスクイズサヨナラ勝ち。「あの雰囲気、歓声でまわりの声が聞こえなかった」と近江の林投手が話したように、奇襲に備える守備陣の声がけが「魔物」によってかき消された。

「魔物」の正体は、審判のジャッジ、強風や雨といった気象条件、ミスやエラーなどさまざまな要因が絡んできた。今回のように、甲子園ファンによって生み出される「魔物」もある。善意のはずの手拍子エールが、相手側の球児には大きな重圧となることも忘れてはならない。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

善意のはずの手拍子応援が生み出した「甲子園の魔物」…絶対王者・大阪桐蔭ものみこまれる