フィンランド大使館商務部の上席商務官として、ファッションとライフスタイルを担当するラウラ・コピロウ氏に「フィンランドのラグジュアリー」というテーマで話を聞くシリーズ。最終回となる後編では、日本で流行する「北欧スタイル」と実際との違いと、世界各地で模索される新しいラグジュアリーについて考察する。

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文=中野香織 

北欧スタイルと北欧の実際のスタイルは違う

——日本でも「北欧スタイル」なるものが流行していますが、あれは北欧の実際のスタイルとしてありうるものですか?

ラウラ 北欧スタイルと北欧の実際は少し違います。日本で見る北欧スタイルにおいては、例えばオークを使った丸みのあるかわいらしい家具が多いですが、北欧ではオークよりも例えば白樺など明るい色味の木材を使います。日本の北欧パターンはかわいらしいものが多いですが、実際は、柄と柄を組み合わせるよりもアクセントとして使用することが多いです。また、表参道にお店を持っている「Lapuan Kankurit」(ラプアン カンクリ)のように天然素材でやさしい色味のものも多いです。北欧の大人はキャラクターも好みません。

 素材の使い方で言うと、木、リネン、ガラス、鉄もフィンランドの実際のスタイルに多く使われますが、日本の北欧スタイルでは可愛いらしさやナチュラル系なものが多く、木やウールがメインという印象ですね。例えばスプーンを作るとしたら、北欧スタイルは木で作るでしょうが、実際は食器洗い機にも入れられるように鉄で作ります。どっちがいいか悪いかという話ではないのですが、北欧へ行けば違いが少しわかると思います。

——フィンランドには自然と共存することを幸福とする伝統思想に支えられたライフスタイルがあって、そこから長く使える上質な製品が生まれているし、ジェンダーや年齢にとらわれない一人一人のナチュラルな適性に応じた役割も生まれている。とても合理的で、しかも地に足のついた豊かさがあるように感じられます。

リミナルなフィンランド式空間

 ラウラさんが語るフィンランドスタイルの思想に感銘を受けた私は、その後、ラウラさんおすすめの京都のマヤホテルにも取材に行ってみた。

 なんとカプセルホテルであった。二段式個室と一段の個室、二種類があるが、いずれもヒュッテ(山小屋)のようなデザインになっている。空間を極力生かしたミニマルでシンプルな造りになっているが、照明もあたたかく、デザインに統一性があるので、決して貧乏くさくはなく合理的。

 ごみの分別のためにヒュッテ型の3つのごみ箱には小さく日本語は書かれていたが、たしかにその他のものには文字がない。近未来的で懐かしい感覚を「リミナル」と表現するそうだが、まさにそんな感覚を味わった。

 共用スペースにある食器もイッタラはじめ質のいいもので、明るい色の木材で作られた空間にはマリメッコのテキスタイルがアクセントとして使われている。1階はフィンランド式カフェになっており、各テーブルには、小さな生花が飾られる。トイレの「ジェンダー標識」のひとつは、「男性、女性、そのどちらでもある人」の3人のマークが並んだデザインになっていた。

 豪華さや優雅さはないけれど、その空間にいる自分がみじめになることもない。作り手の人間らしい哲学が行き届いていることを実感できる。「ああ、これで十分、ほどほどでリラックスでき、みんなそれぞれに幸せ」というフィンランドスタイルの感覚のいくばくかを理解できた気がした。

新しいラグジュアリーとは

「ラグジュアリー」というと富裕層を対象とした高級品ビジネスや高価なサービスが想起されるのが現状で、それはそれでひとつの重要なビジネスである。

 しかし現在は価値観の大変動のまっただなかにあり、世界各地で「新しいラグジュアリー」を模索する動きが起きている。そもそも歴史上、何をラグジュアリーとみなすのかは時代や社会に応じて変化してきた。中世の王侯貴族社会なら権威と地位を示すための宝石や貴金属、近代の英国紳士社会なら職人技術が駆使された控えめで高品質な製品とそれを使いこなすためのマナー、グローバル資本主義社会であればステイタスを内外から確認できる指標としてのブランド品、というように。

 グローバル資本主義が行き詰まり、次の社会のあり方が模索されている今、富裕層向けの「旧型ラグジュアリー」とは一線を画す、新世代・最先端感覚を包摂する新型ラグジュアリーが創られるタイミングにさしかかっているのだ。それは新しい文化と包摂性のある社会を創り、無理なく歪みもない経済を循環させるものでなくてはならない。

 今はまさにそれを創り出すことでリーダーシップをとれる絶好のチャンスと見ることもできる。詳しくは、『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済10の講義』(安西洋之・中野香織共著、クロスメディアパブリッシング)をご参照いただければ幸いである。

「文化と創造性に秀でた商品が入り乱れる」(ベインカンパニーのレポートより)広大な世界ラグジュアリー市場において、唯一絶対の新型ラグジュアリーの解は、ない。多くの可能性が広がる新しいラグジュアリーのひとつの例として、フィンランドの考え方、あり方もまた、なにがしかのヒントを与えてくれるように思う。

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フィンランドのブランド「Lapuan Kankurit」