最近よく耳にする、「多いい」という言葉。
「多い」ではなく「多いい」と、「い」をのばすような言い方だ。

調べてみると、発音だけでなく、個人のブログやツイッターなどでも文字として「多いい」と書いているものが多数見られた。

これは「体育」→「たいく」、「雰囲気」→「ふいんき」など、耳を頼りに覚えている若者言葉なのだろうか。それとも、方言なのか。
さらに調べてみると、鳥取などの一部地域では「多いい」という言葉が使われるらしいことがわかったが、みんなが鳥取などの出身者とは到底思えない。

そこで、『ワーズハウスへようこそ ついつい間違えてしまう日本語』(金の星社)や『揺れる日本語 どっち?辞典』(小学館/監修)等の著書を持つ東京女子大学・現代教養学部の篠崎晃一教授に聞いてみた。

「『多いい』という言葉が『ふいんき』や『たいく』と同じ“若者言葉”かということですが……。まず『体育』が『たいく』になるのは、『たいいく』と同じ音が並ぶことで、耳から入って縮まったもので、『ふいんき』はまたそれとは別のケースで、どちらも若者言葉ではないんです」

ふいんき」と言う人は若い人だと思っていたけど、違うんですか!?
「『ふいんき』は『ふんいき』の音の位置が入れ替わったもので、『音位転倒(おんいてんとう)』といいます。たとえば、『新しい』は『あらたし』の音が入れ替わったものですし、『山茶花さざんか)』は『さんざか』が、『舌鼓(したづつみ)』は『したつづみ』が入れ替わったもので、そうした昔からあるパターンなんです」

加えて、「うらやましい」を「うらまやしい」と言ってみたり、「おさわがせ」を「おさがわせ」と言ってみたりする、若者の意図的なアレンジによる「言葉遊び」の例もあるそう。

では、「多いい」の場合は?
「ひとつには、西日本出自のものが東に入ってきたことがあると思います。『濃い』を『こいい』『こゆい』と言ったりすることがありますよね。同じ形容詞でも『美し・い』『寒・い』などと違って、『濃い』は語幹が“一音節”で不安定になるため、『い』を重ねて二音節にしているんです。長音の「おー」も一音節扱いということです。『おいい』と言うこともあります」

同様に、「えさ(餌)」という言葉は、もともと一音節の「え」という言葉だったのが、安定を保つために接尾語の「さ」がついたものだそう。また、「かぜ(風)」を意味する古語の「し」は消えてしまったが、「つむじ風」を表す「しまき(風巻)」という方言の中に残っている。ちなみに、「あらし(嵐)」は「荒い風(あら+し)」なのだそうだ。
つまり、一音のものは単独では安定しにくいことから、音を重ねることで「おいい(多いい)」「濃いい」となったこと、西日本では同音が並ぶことを好まないことから「濃いい」が「こゆい」となったと考えられるそう。

「『多い』もそれと同じ西日本出自の言葉だと思います。西日本のものが東京や神奈川に伝わると、発信力があるので、全国に広まるというケースは多いのです」

もう一つ、「大きい」と類似した言葉であることもあるのではないかと篠崎教授は言う。
「『多い』が『大きい』に類似していることで、『おおきい』にあわせて『おおいい』になったということです。たとえば、『ちがう(違う)』の過去形として『ちがかった』と言う人がいますよね。これは、『違う』の反対の意味『正しい』の過去形が『正しかった』であることと関係しています。『違う』は動詞なのに、形容詞の『正しい』の過去形とかたちをそろえてしまうことで『ちがかった』となるんです」

今は「多いい」と聞くと、どうも違和感があるけれど、言葉は変化していくもの。
「『言葉の乱れ』などとよく言いますが、乱れというと、規範から外れる感じがしますよね。でも、そもそも言葉の一番重要な手段は、コミュニケーションがとれること。1割の人が知っている正しい用法よりも、9割の人が日常で使っている誤用のほうが、今の人たちにとって言葉の意味を受けとめやすく、生活や感覚になじんでいるいということです」

過去から現代に変わってきたものは、現代から未来に変わる可能性もあり、「多いい」という言葉が一般的になる日も、ないとは言い切れないのかも。
(田幸和歌子)

Web日本語「女子大生でも気づかない方言」

お話いただいた、東京女子大学現代教養学部の篠崎晃一教授。