ビックカメラは今年6月に「DX宣言」を発表した。これは米アマゾン ウェブ サービス(AWS)と米セールスフォースのクラウドサービスを全面採用し、システムを自社で内製化すると宣言したもので、小売業界、とりわけ家電業界に衝撃を与えた。同社の執行役員でDX戦略のかじ取りをする野原昌崇デジタル戦略部長にその背景と、小売業が抱える課題などについて聞いた。
経営企画本部直下に新設された「デジタル戦略部」
――今年1月に経営企画本部に「デジタル戦略部」を新設されました。これはどんな組織ですか。
野原 それまであった100人規模のシステム部を改組して「デジタル戦略部」が発足しました。システム部はシステム室となり、また顧客接点をつかさどるカスタマーコミュニケーション室を新設して、デジタル戦略部の下に配置しました。ですから顧客体験の向上をデジタル実装していく部署であると言えます。
コジマ、ソフマップを含めた連結売上高8000億円を超えるビックカメラグループにデジタルサービスを提供する部署です。
――その後、6月に「デジタルを活用した製造小売物流サーキュラー(循環型)企業を目指す」と銘打った「DX宣言」を発表しました。
野原 目的はDX人材の確保です。今、DX人材のマーケットは過熱していて人を採用するのが難しい。そこで重要なのは、ビックカメラがDXで今、何をしようとしているのかをオープンにすることです。何をやろうとしているのかを明確にして、外部発信することによって、特にシステム開発をする人材に興味を持ってもらいたいと考えたのです。
クラウドサービスを全面採用、システムは内製化へ
――DX宣言では、米アマゾン ウェブ サービス(AWS)と米セールスフォースの各クラウドサービスを全面採用し、システムを自社で内製化することも打ち出しました。
野原 内製化の目的はコストダウンと事業のアジリティ(機敏性)アップです。DX先進企業のニトリ、「無印良品」を展開する良品計画、カインズは既に内製組織化を進めています。
まずコストダウンですが、年収600万円、月収50万円のリソース(資源、この場合は人)はSIer(システム開発請け負い会社)を通すと人月(1人1カ月当たり)150万円かかります。直接雇用すると、研修や非稼働時間を考えると大体人月75万円。2倍の差があります。だから全くコストが違ってきます。
一方、事業のアジリティアップですが、SIerはシステムを開発し、契約先のクライアントに納めるので、テスト項目も重厚にならざるを得ない。内製組織なら場合によってはバグを出しながら直していけばいいと割り切れます。
お客さま向けのアプリなどはバグがあっても修正すればいいので内製化に向いています。一方で、基幹系・会計系のシステムなどはバクがあると致命傷になる。だから、特性に合わせてフレキシブルにシステム開発を進めれば、事業のアジリティアップが実現できるのです。
――既存の基幹システムをAWSに移行し、セールスフォースのプラットフォームを導入するとなると、かなり大掛かりなシステム変更になるのでは。
野原 そんなこともありません。経営環境は常に変化するので、どちらにせよ、システムは変えなければなりません。その際にベンダーを通じてお金と長い期間をかけて変えるのか、それとも自分たちで迅速に変えていくのかという違いです。システム予算の中でベンダーに発注するよりも内製化で変えた方がいろんなことができるという判断です。
内製化を進めるために、セールスフォースの「Lightning Platform」を採用しました。これはパッケージではなく、マウスクリックでウェブアプリケーションが開発できるプラットフォームです。スクラッチ(手組み)で内製化を進めるのは小売業にはすごく難しいので、セールスフォースという開発基盤の上で内製化を進めるということです。
9月にデジタルの新会社を設立、今後は顧客体験の向上へ
――9月にIT新会社を設立します。
野原 新会社を設立するのもDX人材の確保が目的です。給与や労働条件を変えて、人材を呼び込もうというのが狙いです。
――ニトリやカインズも別会社を設立しています。小売業でこういう流れは続きそうですか。
野原 ニトリは別にしてユニクロや良品計画などSPA(製造小売業)チェーンは別会社を設立していません。しかし、ナショナルブランドを提供する企業は粗利益率が低いので、小売業本体と同じ待遇で人材を確保するのは難しい。だからこの後もDX会社設立の動きは続くと思います。
――それだけ小売業はDX人材から見ると魅力的ではない。
野原 事業会社で働くことの楽しさはあると思いますよ。だからといって年間休日が減ったり、ひげを生やすのは駄目、ピアスは駄目という堅苦しい規則があったりという中で、働きたいと思えるかというと、そうではないでしょうね。
――ビックカメラが今後、DXを推進することで実現したいことは何ですか。
野原 一番は顧客体験の向上です。それと事業のアジリティアップ、もう一つはコストダウンです。
――顧客体験の向上とは具体的に。
野原 例えば、冷蔵庫を当社で買うと、設置配送が必要になる。だから、購入後に配送日を決めなければなりません。この商品を購入してから、物流手配が済むまで長いと30分待たされてしまう。これを例えば、会計後にすぐに帰宅して、自宅でアプリを操作して、マイページから配送手配ができるようにする。これが顧客体験の向上です。お客さまにいかに快適に買物をしていただくかということを目指しています。
――DX宣言ではOMO(オンラインとリアル店舗の融合)戦略の推進も掲げました。
野原 店内のお客さまの購買体験を高め、その裏側でデータを取得するということです。ウェブ上なら「お気に入り」「検討中」などを登録することで、お客さまがどの商品に興味を持ち、購入することを迷われているかが分かりますが、リアル店舗では分かりません。そこで、現在ある当社公式アプリに新しい機能を付加して、お客さまがより買物の検討がしやすいようにして、その裏側で検討の度合いを確認し、お客さまに合わせたプライベートオファーができるようにしたいと考えています。
現在でも店頭の電子棚札にスマートフォンをかざせば、商品のレビューを見ることができますが、よりお客さまの購買体験を向上させたいと考えています。
事業サイドとのコミュニケーションをどう取るか
――小売業がDXを進める上で抱えている課題は何でしょうか。
野原 今、ビックカメラは家電小売業の中で、子会社のコジマを合わせてシェアが2番手ですが、直近は苦戦傾向で、変革しなければならない時期に来ています。だから、みんな「変えていくべきだ」と考えており、現状否定に対するアレルギーがあまりない。成功体験による抵抗勢力があまりない。筋が通っていれば賛成してくれます。
しかも、2020年に就任した木村(一義社長)が「あらゆることを根本から変革していく」と前面に押し出し、強いリーダーシップを発揮しています。われわれはすごく仕事がしやすいと思っています。
しかし、当社もここに至るまではいろいろありました。また、一般的にも、小売業がDXを進める上で事業サイドとのコミュニケーションがうまくいかないと、変革の障害になり得ると言えます。小売業の事業サイドの人は業務に強いので、システムのことが半分分かっている。しかし、半分は分からない。パワーがあるので「この通りやれるはずだ」とやってしまう。そのちょっと強引な小売りの事業サイドとどうコミュニケーションを取ればいいのか。具体的にはどこまで現場にコミットして(積極的に関わって)、どうやって信用してもらうかが鍵になります。
――小売業のDXではコミュニケーションの在り方が課題だと。
野原 そこをクリアしない限り、スタート地点には立てません。小売業の中にはそこを突破できずに、改革が失敗した例もあると聞きます。
デジタル部隊は信用の自転車操業だと思います。現場で小さな成果を少しずつ上げながら、いかに事業サイドの人たちに信用してもらうかがポイントになると思います。
事業サイドとのコミュニケーションの取り方をどうすればいいのか。その方法を具体的な事例を挙げながら、今回の講演でお話ししたいと思います。
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