(馬 克我:日本在住中国人ライター)

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 最近、私の日本人の友人が経験した話である。

 彼の中国人同僚の家族が新型コロナウイルスに感染したが、病院ですぐには診察してもらえない状況だった。彼はその状況を見て、社内の中国人同僚たちに「新型コロナウイルスに罹患した時のため、病院で処方される薬と同じ成分の市販薬を常備しておくと良い」と言って、ウェブサイトに掲載されている市販薬リストを教えてあげたという。

 すると、中国人同僚の1人が、「駐日中国大使館に連絡すれば、『連花清瘟(れんかせいおん)』をもらうことができる」と言ったそうだ。

 そこで友人は私にこう聞いてきた。「連花清瘟とは、一体何なのか?」

中国政府が推奨する「連花清瘟」は特効薬か?

「連花清瘟」とは、中医薬(中国の伝統医学に使われる薬)の1つである。2003年、中国でSARS重症急性呼吸器症候群)が爆発的に感染蔓延した時期に、民間医薬品メーカー「以嶺薬業」が抗SARS薬として開発したが、SARSはすぐに収束したため、その後は、発熱や咳、喉の痛みなどを抑える風邪薬として市販されていた。

 新型コロナウイルスの感染蔓延後、国務院に属する機関「中国国家衛生健康委員会」が同薬を推奨治療薬リストに挙げ、ネットでは新型コロナウイルスの「予防・治療」効果があると噂が広がった。

 今年(2022年)4月、上海ロックダウンの際、中国政府は物流を制限し、多くの市民が食糧不足で飢えに苦しむという状況を招いた。このような状況下、中国政府は莫大な人力・物力を駆使し、市民に連花清瘟を届けた。

 もともと多くの中国人が連花清瘟の新型コロナ予防・治療効果に懐疑的であったところに中国政府から一方的に届けられたため、市民の怒りは爆発した。私の上海の友人は、この薬を受け取って直接ゴミ箱に捨てたという。

 しかし、中国のネット上では、「連花清瘟は新型コロナウイルス治療薬としてWHOに推奨された」という情報が広がっており、一部の医学論文も連花清瘟の新型コロナウイルスに対する有効性を証明した。ネット上のこのような宣伝のおかげで、当時、以嶺薬業の株価は急騰した。

化けの皮が剥がれた連花清瘟

 4月10日、中国の動画サイト上の個人チャンネル「睡前消息編集部」は1本の動画を配信し、「連花清瘟が新型コロナウイルス治療薬としてWHOに推奨されたというのはフェイクニュースであり、薬の有効性を論証した論文の作者は、以嶺薬業創設者の娘婿である賈振華だ」と指摘した。

 4月14日、中国で最も著名な「富二代」(新興富裕層の二代目)である王思聡は、SNS上で前述の動画を転載し、「中国証券監督管理委員会は、以嶺薬業を厳しく取り締まるべきだ」と主張した。王思聡は、長い間、中国の長者番付で1位の座に君臨していた著名不動産企業創業者の一人息子であり、「国民の夫」の愛称で、中国版ツイッター「微博(Weibo)」のフォロワー数は4000万人を超える。

 王思聡の転載により、連花清瘟の真の効能について多くの人が注目し始めた。かつて北京大学の教授を務め、首都医科大学の現校長である饒毅もすぐさま文章を投稿し、「有効性が証明されていない中医薬を強行的に配るべきではない」と続けた。

 また、同日、医療アプリ「丁香医生」も、「新型コロナウイルス予防のため連花清瘟を服用してはならない」との文章を発表した。

 丁香医生とは、オンライン問診サービスを提供する医療系アプリで、5万人を超える医師が登録している。辺鄙な地に住む人も著名病院の医師のサービスを受けられるため、中国でとても人気なアプリである。丁香医生は、問診などのサービスを提供するだけでなく、一般的な医学知識に関する文章もよく発信している。

 丁香医生の文章によると、「これまでの関連論文では、連花清瘟による新型コロナウイルス感染症の予防・治療効果は証明できていない。しかも、連花清瘟には少なくとも61種の化合物が含まれ、少なからず副作用を引き起こす。薬の説明書にも、高血圧患者や心臓病患者は服用を控えるよう明記されている」と指摘し、文章の末尾で、「新型コロナ感染症の予防・治療ができない薬を、健康な人々に大量に送りつけるなど起こってはいけないことだ」と述べた。

 このような疑惑の中、以嶺薬業の株価は急騰から急落し、5日間で時価総額は667億元(約1兆3317億円)から537億元(約1兆722億円)へと、実に130億元(約2595億円)も暴落した。

 この疑惑に対し、以嶺薬業は主に以下のように回答している。「以嶺薬業は、連花清瘟がWHOに推奨されたと表明したことはこれまでに一度もなく、ネット上の情報は企業と無関係である」「薬の有効性を証明した論文の作者は計19人で、以嶺薬業創業者の娘婿である賈振華はそのうちの一人にすぎない」「これまでの研究により同薬の有効性は証明されている」。

初めから勝敗がついていた連花清瘟論争

 4月19日、中国政府の全人民に対するPCR検査政策に不満を抱いた「国民の夫」王思聡は、個人的な中国版LINE「微信(WeChat)」で、「(中国政府が)毎朝のPCRで検査しているのは、陰性か陽性かということではなく、あなたの奴隷根性と気概である。今日から私はPCR検査を受けに行かない」とつぶやいた。おそらくこの投稿のせいだろう、4000万人以上のフォロワーを抱える彼の「微博」アカウントは永久に抹消された。

 この事件から4カ月ほど経った8月9日、丁香医生のアプリおよび関連プラットフォームはすべて削除され、現在も見ることができない。この理由は、王思聡のSNSが削除された時のように分かりやすいものではない。丁香医生は長期にわたり現代医学の知識を普及させており、「反中医」のスタンスが見られることで削除されたと思われる。

 実のところ、王思聡、首都医科大学の校長・饒毅、丁香医生、彼らの連花清瘟論争は初めから勝敗が確定していた。

 理由はとても簡単である。中国人なら誰もが知っていることだが、習近平が根っからの「中医」信者だからだ。

連花清瘟に潜む習近平の後ろ盾

 中医に関して、習近平はこれまでも多くの講話を発表してきた。

 2019年、彼はこのように述べた。「中医薬学は、中華民族数千年の健康養生理念およびその実践経験を含んでおり、中華文明の宝であり、中国人民と中華民族の博大な知恵を凝集したものである・・・」

 また2021年3月には、直接こうも述べている。「中医薬と西洋医薬の新型コロナ肺炎の治療における効果を科学の力で総括・評価しなくてはならない。科学的な方法で、中医薬の新型コロナ肺炎治療における有効性を説明するのだ」。

 中国市場において、連花清瘟は最も重要で、最多の販売量を誇る「新型コロナ感染症の治療中医薬」である。もしこの薬がなければ、習近平のこれらの言葉は行き場を失ってしまう。

 確かに、中医は古代中国人の知恵の結晶である。中国の医師である屠呦呦は、古書よりマラリア治療の処方を見つけ、最終的に抗マラリアであるアルテミシニン(青蒿素)を抽出した。この発見により、彼女は2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。

 しかし、中国は現在、強烈な民族主義に基づく西側諸国を敵視する感情で満ちており、中医と西洋医学は、多くの人の目には競争関係のように映ってきている。例えば、丁香医生はこれまで中医を否定する文章は発表してこなかったが、西洋医学を肯定する文章をたびたび発表してきたことで、人々から「反中医」と見られている。

 このような背景の下、連花清瘟を支持するかどうかは、中医を支持するか、中国を支持するか、習近平を支持するか、という“踏み絵”にすり替わってしまっている。このような問題に直面すると中国人に選択肢はない。一部の人間は黙って薬をゴミ箱に放り投げるだけである。

世界各国が禁じる連花清瘟

 世界各国は連花清瘟をどう捉えているのだろうか?

 以嶺薬業は2016年よりアメリカ食品医薬品局(FDA)に連花清瘟の認証を申請しているが、現在のところ、いかなる進展もない。

 おそらく認証されることはないだろう。ある香港系のウェブサイトが、連花清瘟を新型コロナウイルス治療薬として販売していたところ、薬の一部がアメリカで販売された可能性があるとして、アメリカ食品医薬品局は「同薬の表記は誤りで、アメリカで販売することを禁ずる」と警告を出した。

 ニュージーランドおよびオーストラリアなどの国では、同薬には禁止成分「麻黄」が含まれているため、輸入を禁じるとしている。中国と同様に中医の伝統がある台湾も、同薬は医薬品批准の条件に不適合として、輸入を禁止している。

 このように、現在のところ、大部分の先進国が連花清瘟の輸入・販売を禁じている。

 しかし、世界各国には連花清瘟を信じる中国人がいる。それゆえ、同薬は世界各地に出現している。一部の中国人からすると、中国大使館が送ってくれるというこの薬は、祖国からの最高の愛なのだろう。

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