英国ロイヤルバレエ団ファースト・ソリストのアクリ瑠嘉と、その弟で米国ヒューストン・バレエのデミ・ソリスト、アクリ士門。いま、多くの才能あるバレエダンサーたちが海外で活躍する中で、とくに注目されている兄弟だ。彼らがふたり揃って初めてのぞんだインタビューでは、幼少期のこと、ロンドンでのバレエ学校時代のことなど、さまざまな話題が飛び出した。

兄がいなければここまでバレエを続けてこれなかった

──おふたりはご両親が主宰する教室でバレエを始められたのですね。

瑠嘉 僕らふたりとも、気がついたらバレエを始めていました。ただ、スタジオで指導している両親に会いたくて習い始めたようなものです。4歳の頃でした。

士門 僕は5歳からでしたが、やはり、スタジオがあったから自然にそこに行くようになったという感覚です。どちらかというとスポーツ全般が好きで、サッカーや水泳も頑張っていました。でもそのうち、兄がコンクールに挑戦して賞を取るようになってからは、僕もバレエにしっかり向き合わなければと思うように。その後成長してコンクールに出るようになった時には、「コンクールってこんなに難しいんだ。1位なんてすごいことだな」と悔しい気持ちになっていました。

瑠嘉 当時の僕は、テレビで見た熊川哲也さんに憧れてバレエを頑張るようになっていて、家のリビングでヴァリエーションの練習をするというのが僕らのルーティンになっていたよね(笑)。

士門 フローリングの床で回って(笑)。『ドン・キホーテ』に『海賊』、男性が憧れるヴァリエーションばかりです。

──英国ロイヤルバレエ団の熊川哲也さんは、おふたりの大きな目標だったわけですね。

士門 僕はむしろ兄のことばかり見ていました。兄がいなければここまでバレエを続けてこれなかった。それは間違いないです。

瑠嘉 年齢差が2歳半ですから、小さい頃は喧嘩もよくしました。が、コンクールに出るようになってからは、もう自分のことで精一杯に(笑)。中学生の頃には、必ず留学して、プロとしてこの道でやっていこうと決めていました。

──瑠嘉さんは2010年から英国ロイヤルバレエ学校に留学されました。

瑠嘉 それ以前にも海外に出て勉強する機会があったものの、なかなか思うようにいかない時期も。それが、ローザンヌ国際バレエコンクールでファイナリストに残ったのをきっかけに、スカラシップをいただいて英国ロイヤルバレエ学校に留学すると、行った瞬間に「ここはすごい!」と。1日にだいたい5つものバレエのプログラムがあって、キャラクターやコンテンポラリーのクラスもある。プロになるためのステップをきちんと踏んで、しっかり学ぶことができる環境が、自分に合っていたんですね。弟も、絶対ここに来るべきだと思いました。

士門 言葉は必要なかったですね。兄は帰国するたびに上達していたし、バレエ団に入ることを意識しているなと感じていました。当時は──いや、今も(笑)、いつかは兄よりも上に行きたいと思っているので、その変化はすごく強く感じました。3学年という年齢差もちょうどよかった。もし、同じ時期に同じ場にいて比べられることになっていたら、状況は違っていたかもしれません。その後僕もローザンヌのコンクールに参加して、英国ロイヤルバレエ学校に留学することになり、ロンドンに渡りました。

──その時、瑠嘉さんはすでに英国ロイヤルバレエ団へ?

瑠嘉 当時、ロイヤルダンサー入れ替わりが激しい時期だったということもあって、僕は新シーズンの始まる秋より前──3月に運良くバレエ団に入団できていたんですね。

士門 兄がロンドンにいたのは本当に心強かったです。バレエ団に兄が在籍していると皆に自慢できましたし(笑)。ふたりがぐんと仲良くなったのはその頃からです。

瑠嘉 週末に一緒にご飯に行ったり泊まりに来たり、バレエの公演を観に行くので寮の門限に遅れるという届出をメールでしてあげることも!

士門 至れり尽くせり(笑)。弟としては兄と一緒にいたかったんです。バレエ団で忙しい兄と、どうしたら一緒にいられるかいろいろ考えていました。

瑠嘉 3学年目になったらカンパニーの舞台にもよく出ていたね。

士門 卒業の年になると、チャンスをもらえるようになるんです。『ジゼル』では獲物の鹿を運ぶ役、剣を持って立っているだけですが『ロミオとジュリエット』にも出演させてもらいました!

瑠嘉 『ロミジュリ』では、僕がキャピュレット家で弟がモンタギュー家と、敵同士で同じ舞台に立ったこともあります。舞台上のふたりが一緒に写ったレアな写真もあるんですよ。

士門 あのショットは本当にすごい。いつも僕のベットのそばに飾っています。兄とロンドンで過ごした3年間は本当に楽しかったです。

身体の故障にコロナ禍、どんな境遇でも前向きに

──士門さんは卒業後の進路について迷いはなかったのですか。

士門 実は、2学年目の後半に足を故障してしまい、帰国してバレエを休んでいた時期があったんです。無事に最終学年に復帰できたものの、英国ロイヤルバレエ団はじめヨーロッパのカンパニーのオーディションは実施の時期が早く、調整が間に合いませんでした。そのため、少し遅れて実施された米国のカンパニーのオーディションに挑戦し、縁あってタルサ・バレエ団に入団することに。もちろん、イギリスでプロになれたらという思いもなかったわけではないけれど、まずはプロになることが大事ですし、僕は地道に上を目指していくほうが合っていると考えていました。タルサ・バレエ団では一年目から良い役をたくさんもらっていましたが、大きなカンパニーではなかなかできないことです。

──2年前にはヒューストン・バレエに移籍されました。どのようなきっかけが?

士門 もう少し規模の大きいカンパニー踊ってみたいという気持ちがあり、一番近い場所にあるヒューストン・バレエのオーディションを受けたんです。新型コロナウイルスの感染が徐々に広がっていた頃で、タイミングとしてはぎりぎりでした。入団直後に全空港がストップしたのです。運が良かった。これは運命だったんだなと思いました。ただ、入団して半年はレッスンだけの日々。舞台のためのリハーサルは全然できませんでした。そんな中でも、新しい環境に馴染もうと毎日ポジティブに過ごすことができました。丸2年、日本には帰っていませんでした。ビザのことが心配で、一度帰国して戻ってこれなくなってしまうという状況は避けたかった。

瑠嘉 結局丸2年、ふたりで会うことはなかったですね。お互い時間がある時にオンラインで話したりはしていました。

士門 イギリスの同学年の子たちは今どうしているかとか、いま日本はこれが美味しいらしいよとか──。

瑠嘉 カレーの隠し味がどうとか(笑)。舞台に立てないのはダンサーとしては厳しいことでしたが、逆に、身体をしっかり休ませることができた時期でもありました。ロイヤルは公演のスケジュールが詰まっていて、日々踊って踊って、という生活。経験の少ない若手は怪我をしてしまうことも多い。若い人たちにとってコロナ禍は、自分の身体のことを考えるいい機会になりました。

──士門さんはヒューストン・バレエでどんな作品を踊られていますか。

士門 ディレクターのスタントン・ウェルチのレパートリーが多く、『くるみ割り人形』のフリッツの第1キャスト、ロシアの第2キャストなどを務めました。いい役を踊らせてもらっています。バランシンの『ジュエルズ』も経験、“エメラルド”のパ・ド・トロワ、ルビーは四人の男性と第3キャストで主役のカップルを習って、ダイヤモンドのコール・ド・バレエ、全パートに出演しています。

瑠嘉 実は僕もロイヤルでその3つを踊っているんです。が、士門はその全てをひとつの公演で踊ったというから信じられなくて。

士門 本当にありがたく思いました! 僕自身、いま、ビッグウェーブに乗っているのかなって思うことがあります。こんなにバレエが楽しくて、もっと上手くなりたい、もっとバレエをやりたいと思うなんてこれまでになかったことだから。

夢は日本の舞台で一緒に踊ること

──10月のヒューストン・バレエの日本公演ではスタントン・ウェルチ版『白鳥の湖』を上演されますね。

士門 ヒューストンの『白鳥の湖』はまだ舞台で踊った経験がないのですが、ソリストの役を練習しています。『白鳥の湖』は何と言っても女性が美しいバレエですが、ウェルチ版は男性の活躍が多い、ダイナミックで見応えあるヴァージョン。日本の皆さんにもぜひ観ていただきたいですね。

ヒューストン・バレエ来日公演『白鳥の湖』PV

瑠嘉 こうして弟が凄く頑張っているのは本当に嬉しいですね。どんどん頑張ろうって思えることが彼の強みだし、これからが楽しみです。夢は、日本の舞台で一緒に踊ること、だね。ふたりで踊る作品を誰かに創ってもらえたら嬉しく思います。士門は振付もやる? やるんだったらふたりの作品を創ろうよ。

士門 そう……、そうだね。まだ大きな作品は創れないけれど──。それに、実は、振付をするのだったら誰か別の人に振付けるほうに興味がある。他の人にバレエを教えるということも同じですね。

瑠嘉 彼は最近、指導も頑張っているんです。

士門 でも今は、踊ることがいちばん大事ですね!

──では、将来について。どんなダンサーを目指していますか。

士門 僕は、プリンシパルの役というよりはサブキャラ──道化とか(『ロミオとジュリエット』の)マキューシオといった役に魅力を感じていて、自分がいちばん輝ける役でいっそう輝く、そういうダンサーになりたいですね。僕ら、両親の踊っている姿というのをあまり観ていないのですが、演技については父(マシモ・アクリ氏)の演技力をきっと受け継いでいる!

瑠嘉 両親には感謝ですね。僕もサブキャラを演じることで自分を見せることができると思っているのだけれど、今後は、チャンスがあれば古典全幕の王子役などもチャレンジしていきたい。もちろん、コンテンポラリーの作品も頑張っています。ウェイン・マクレガーやクリスタル・パイトも経験しました。

士門 僕にとっての兄は、ずっと変わらず尊敬するダンサーです。いつまでもこの大きな背中を追えるのは嬉しいことですし、もっとうまくいってほしいなと思っています。僕ももっともっと挑戦していきたい。

瑠嘉 やることはありすぎるくらいがいい。どんどん挑戦できますから。お互い頑張ろう!

取材・文=加藤智子

ヒューストン・バレエ『白鳥の湖』チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2211362

右から)アクリ瑠嘉、アクリ士門