(井元 康一郎:自動車ジャーナリスト)

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日野は本当に「法令解釈」ができていなかったのか?

 今年3月に発覚したエンジン試験の不正問題で危機的な状況に陥っている日野自動車。現在出荷停止になっている中大型車用エンジンに加え、8月23日には“最後の砦”であった小型トラック用エンジンについても不正があったと公表。結局、他メーカーからのOEM供給品を除く全エンジンに不正があったこととなり、通常時は国内生産の6割を占めていた日本市場向けのバス・トラックのほとんどが販売できないという最悪の事態に陥った。

 今回の小型エンジンの不正について、日野は法令の読み取りが正確にできていなかったと釈明した。中大型エンジンの場合は性能試験をクリアできず数値を偽装したのに対し、こちらは試験担当者が法令を自分勝手に「試験は1度でいい」と解釈してしまい、それが国の定めた方法に合致していなかったことが原因で、意図的に数値を改ざんしたわけではないというのである。

 これについて日野は法令解釈もまともにできないのかといった批判が巻き起こっているが、ある自動車メーカーの品質管理部門幹部は日野の説明自体に疑義を呈する。

「日野さんは事業の3割以上をアジア・大洋州が占めていますが、国別に法令が実に複雑怪奇に異なるこの市場で事業をやるのに法令解釈が問題にならないはずがない。

 現地に駐在するエンジニアがアバウトな規定について『この文言は一体どういう意味なのか』などと相手国の役人とやり取りして徹底的に疑問を潰す。そうしないといつどこで問題が起こるかわかりませんし、いったん問題が起こったらその国で適合を図ると今度は他国で適合しなくなるなど収拾がつかなくなる。根本的にいい加減なことをやっていたのであれば、日本で手順の不正がバレる前に数十カ国のどこかで問題が露見するはずです」

 日野としては「自分たちが愚かだったためにこういう問題が起こりました」と平謝りするのが一番簡単な方法であろう。が、それでは問題が起こった理由の説明にはならない。

 技術陣の陣容が事業規模に対して足りなかったために問題が起こったというのは今だけを切り取った説明だ。時系列でみれば、国別の規制対応地獄に見舞われることがわかっているアジアに身の丈が合わないのに乗り出した歴代社長の経営判断の誤りのほうがよほど重大である。

 しかも、第三者委員会が指摘した「上にモノが言えない社風」の中でオーバーフローするような業務の対応に追われた社員のコンプライアンス意識不足のせいにするなど、もってのほかである。

トヨタとの関係はより緊密になるのか?

 この問題に日野がどう決着をつけるのか、その道筋は今の時点ではまったく見えていない。三つ子の魂百までという言葉があるが、人間の性格が洗脳でもしない限り変わらないのと同じで、企業体質というものは本当に変わらないものだ。とどのつまり、他社の風を入れて企業の在り方を変えていくしか方法がない、というところだろう。

 そこで浮上する第1の道が、親会社であるトヨタ自動車との関係をさらに緊密なものにするというものだ。

 しかし、これによる体質改善は正直、あまり期待できない。これまでもトヨタと日野の間では人材交流が行われており、継続的にトヨタの従業員が日野に出向していた。第一、2002年就任の蛇川忠暉氏から2017年退任の市橋保彦氏までと2021年に就任した小木曽聡氏と、5代にわたってトヨタが社長を送り込んできたのだ。

 現職の小木曽氏を除く4代は日野のトップにありながら社内の問題を見逃し、企業体質の改善の必要性に気づくこともなかった。トヨタ出身の人材も業務の現場にいながら日野の社風に順応することを優先し、問題を“奏上する”ことができなかった。

 といって、これからすべてをトヨタ流に変えれば問題が解決するかというと、そうではないのが難しいところだ。日野の競合他社メーカーの幹部はこう見解を述べる。

「大型車と乗用車で業務フローを共通化することはできないと思う。車体、シャシー、エンジン、架装から成り立っているという点は同じだが、多品種少量生産の大型車と大量生産命の乗用車では抱える技術的なテーマも社会の要請もまったく異なる。最近ダイムラーが貨物車と乗用車に分かれたのもそれがあるからです。果たしてトヨタさんがそのことを理解しているかどうか」

日野といすゞの統合はあるか?

 トヨタが入り込んで改革を断行するという方法が難しいとなると、第2の方法、すなわち他の商用車メーカーと日野を統合するか、それに近い協業関係を結ぶことで問題解決を図るという手が浮上する。その場合、有力候補はもちろんかつて日本の自動車業界で“御三家”と呼ばれたいすゞ自動車である。

 いすゞは2021年、トヨタと株式を相互に持ち合う形での資本提携に踏み切っている。両社はリーマンショック前の2006年にも資本提携を行ったが2018年に解消。それからわずか3年で再び提携関係を結んだのはひとえに次世代技術開発のためだ。

 物流に求められている低炭素化やインフラ協調型自動運転などの開発を個別企業がバラバラに行うのは効率が悪いうえ、規格乱立の恐れもある。すでに商用車メーカー間では国境を超えた提携が加速しており、日野も「乗用車メーカーは商用車の世界の事情を理解できない」(下義生・前社長)と、フォルクスワーゲンと協業関係を結んだ。いすゞスウェーデンボルボトラックスとの関係を強化し、ボルボ傘下のUDトラックス(元日産ディーゼル)を獲得した。

 そこに乗用車メーカーのトヨタが入り込んだのは、豊田章男社長のオールジャパン志向の強さによるものと考えられる。

 一方のいすゞにとってもトヨタの開発リソースが商用車の世界に振り向けられるのは悪い話ではない。といって、いすゞトヨタの話を100パーセント好意的に受け取ってはいないだろう。前の提携時にディーゼルエンジンの開発・供給をトヨタから反故にされ、信頼関係が崩れた経験をしている。今回の提携は日本企業同士が共鳴し合うというよりは、実利をベースとしたドライな関係とみることができる。

日野をCJPTから除名させたトヨタの思惑

 そのいすゞと日野をどう関係させるかは、日野問題の火の粉を被りたくないトヨタにとっては喫緊の課題だろう。その下敷きとなりそうな出来事が8月24日に起こった。

 トヨタ、日野、いすゞスズキダイハツ工業の共同出資で2021年4月に設立された技術開発会社、コマーシャルジャパン・パートナーシップ・テクノロジーズ(CJPT)から日野を除名すると発表されたのだ。

 豊田章男社長はリリースで「長年不正を続けてきた日野は(自動車および関連業界の)550万人の仲間として認めてもらえない状況になる」と、除名の理由を明らかにした。親の務めを果たせてこなかったトヨタが、エンジン不正とは別のレイヤーである次世代技術開発の協業をめぐる話で日野を他人事のように突き放すのは一見異様だが、日野をいすゞに合流させるという構想が念頭にあるとすれば、それはそれで合点の行く話でもある。

 CJPTの出資社からは降ろすが、日野がいすゞの下に付くのであればいすゞを通じて技術開発に貢献することは可能で、かつ不正を行った子会社に厳しく当たったことで世間体も保てるというわけだ。

 今回の問題を巡り、トヨタは日野について一貫して“独立企業”というスタンスを取っているが、株式の50%超を保有し、社長を送り込んでいる以上、子の不始末は親の責任という側面は拭えない。現状、日野との関係は生産委託やエンジンのOEM供給にとどまるなど、確固たる経営支配権を持ちながらビジネスは日野に投げっぱなしだったというきらいもある。

 トヨタが自分の身の出来事と捉えて自ら企業再生に大ナタを振るうのか、それとも独禁法の問題をクリアしていすゞに明け渡すのか、はたまた第3の妙案があるのか──。トヨタの“落とし前のつけ方”から目が離せない。

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度重なる不正で、日本市場向けのバス・トラックのほとんどが販売できなくなった日野自動車(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)