独立行政法人国立科学博物館(館長:篠田謙一)の濱尾章二グループ長(動物研究部)は、約20年前に日本本土から南大東島に進出し、新たな集団を確立したウグイスの音声を調査し、多くの個体が「ホーホケキョ」の「ケ」の音の周波数が低い特異的な節回しでさえずることを明らかにしました。また、島嶼で単純化するさえずりの構造を分析し、さえずりの複雑さは本土と大きな違いがないことを示しました。
 これらのことから、現在の南大東島のさえずりの特性は、初めに本土から島に渡った少数の個体が偶然持っていた特徴から形作られた「創始者効果」によるものであり、今後島の環境に適応し変化していくものと考えられます。
 この研究成果は、2022年9月1日Zoology Science誌で公開されます。
▼研究のポイント

  • 一般に島嶼ではさえずりが単純であり、ハワイでは人為的に移入したウグイスのさえずりが80年後に単純化していたことが知られています。
  • 約20年前に、南大東島に進出したウグイスでは、さえずりの単純化は進んでいませんでしたが、本土では稀な、「ケ」の音が低くなる「ホーホ↓ケ↑キョ」という節回しでさえずる個体が多数でした。
  • 新たな環境に進出した鳥のさえずりの変化について、進入直後は元集団の特徴の一部が伝わり(創始者効果)、その後環境への適応が徐々に進むというプロセスが考えられます。
  • 今後も南大東島のウグイスのさえずりの変化を調査していく意義があることを示しました。
  • 研究の背景
 島嶼に棲むウグイスのさえずりは「ホーホキョ」「ホーヒョ」などと聞こえるものが多く、本土のさえずりよりも単純な音響学的構造(*1)を持つことがわかっています。これは、島のウグイスは季節的な移動をせず定住しているため雄間のなわばり争いが緩和されることや、島には捕食者が少なく繁殖失敗による再配偶(離婚、再婚)が起こりにくいことから、複雑なさえずりによって得られる利益が小さくなるためと考えられています。ハワイのオアフ島では約80年前に人が持ち込み野生化したウグイスのさえずりが単純化しており(*2)、島におけるさえずりの単純化は比較的短い期間で起こることがわかっています。

 沖縄県の南大東島では1920年代以降ウグイスの繁殖記録がありませんでしたが、2000年頃から繁殖するようになり(*3)、島内で生息地を広げています。このウグイスは形態とDNAから、南西諸島ではなく本土に由来するものであることがわかっています。南大東島のウグイスのさえずりは、定着から20年経った今日、すでに島嶼の特徴である単純な構造に変化しているか、あるいは依然本土のように複雑なままかという疑問がこの研究の出発点です。
図1.さえずるウグイス(茨城県にて撮影)
図2.南大東島のウグイスの営巣環境
  • 研究の内容
 南大東島で2019年に19羽の雄のさえずりを録音しました。これをすでに録音してある本土のさえずり(新潟県埼玉県北海道、計87羽)、そして島嶼のさえずり(奄美群島喜界島43羽)と比較しました。さえずりからスペクトログラム(いわゆる声紋)を描き、周波数幅、さえずりに含まれる音の数、周波数変調の度合いなどを測定し、統計的にさえずりの複雑さを表す指標(数値)を得ました。

 ウグイスは二つのさえずり型(*4)を持っています。H型さえずりでは、南大東島のものは本土と同じように複雑である一方、L型さえずりでは喜界島と同じように単純でした。
図3.さえずりの複雑さの比較.丸印は個々のさえずりを太線は平均を示す

 一方のさえずり型だけで島嶼への適応(単純化)が起こるとは考え難く、また南大東島のL型さえずりの複雑さ(PC1)の範囲は本土の範囲と重なり合っており(図3右)、本土から島に渡ってきた個体が偶然単純なL型さえずりを持っていた可能性が考えられました。

 そこで、後半に「ホ」「ケ」「キョ」という3音を持つH型さえずりについて、それぞれの音の周波数の上下のパターン(節回し)を調べました。すると、南大東島では「ケ」の音が低い「ホーホ↓ケ↑キョ」という特異なパターンが大半を占めていました。本土でもこのパターンは4.5%見られることから、初めに本土から島に渡った少数の個体が偶然持っていたさえずりの特徴が今日の南大東島のさえずりを形作っていると考えられました。
図4.本土(上)と南大東島(下) の典型的なさえずりの節回し
図5.さえずりの節回しのパターンの比較


ウグイスのさえずりの例(音声:https://youtu.be/rGngtIOc9Mk

  • 波及効果、今後の課題
 新たな土地に確立された集団では、その地に渡った少数の祖先が偶然持っていた性質が広まることがあります(創始者効果)。そして、その後長い期間をかけて、新たな土地の環境に対する適応が進むと考えられます。

 本研究はこのプロセスがウグイスのさえずりで実際にはたらいている可能性を示したもので、集団の分岐に伴って地理的変異が生まれるメカニズムの理解を深めるものと言えます。

 ウグイスが定着して間もない2004年に南大東島在住の方が録音していたさえずりも今回のものと複雑さ(図3)や節回し(図5)が同様でこの間に変化が起きていないことから、南大東島に定着して約20年後の現在のウグイスのさえずりは創始者効果によって形作られていると言って間違いないでしょう。ウグイスのさえずりが島嶼で単純化することは、人為移入のオアフ島を含め広く生じているので、今後南大東島でさえずりが単純化していくか、継続的に調査していくことが重要です。

  • 注釈
(*1) 音響学的構造の複雑さ
 サウンドスペクトログラム(声紋)から音の長さや周波数などを測定し、音声の特徴を定量的に把握することができます。ウグイスのさえずりは島より本土のほうが長く、多くの音から構成され、周波数幅が広く、変調が頻繁で複雑な構造を持つと言えます。
 参考:国立科学博物館鳥類音声データベースウグイス
 http://www.kahaku.go.jp/research/db/zoology/birdsong/

(*2) ハワイ、オアフ島のウグイス
 オアフ島では1929~33年に複数回、日本からウグイスが持ち込まれた記録があり、それが野生化しています。このウグイスのさえずりを2010年に録音、分析したところ、著しく単純なものになっていることがわかりました。
 参考:国立科学博物館ホットニュース「80年で起きたさえずりの進化」
 http://www.kahaku.go.jp/userguide/hotnews/theme.php?id=0001436534954710

(*3) 南大東島へのウグイスの進入時期
 南大東島では1990年代後半から繁殖期にウグイスの声が記録されるようになり、2003年に繁殖が確認されました。このため、2000年頃から繁殖するようになったと考えられます。
 参考:高木昌興, 2009. 島間距離から解く南西諸島の鳥類相. 日本鳥学会誌 58: 1–17.
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjo/58/1/58_1_1/_article/-char/ja/

(*4) ウグイスの二つのさえずり型
 ウグイスのさえずりには「ホーホケキョ」などと聞こえるH型と、「ホーホホホケキョ」などとホーの部分が断続するL型があります。ふつうはH型を主体にL型を交えてさえずっていますが、なわばり周辺部やライバルが近くで鳴いた時などにはL型がよく用いられるようになります。
 参考:バードリサーチニュースVol.4, No.2. ウグイス
 http://www.bird-research.jp/1_newsletter/html/4_2/BRNewsVol4No2.html
  • 発表論文
表題:Acoustic characteristics of songs in a recently established population of the Japanese bush warbler on an oceanic island(大洋島に新規個体群を確立したウグイスのさえずりの音響学的特性)
著者:濱尾章二(国立科学博物館)
掲載雑誌:Zoological Science
(URL) https://doi.org/10.2108/zs220028

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