日本を攻撃しようとする相手国のミサイル基地などを自衛のためにミサイルで破壊する、いわゆる「敵基地攻撃能力」。この保有を巡る議論が、国会やメディアで行われている。とくに昨今は従来の議論と比べると、日本の周辺国の軍事情勢を踏まえ、感情論やイデオロギーを排した現実的な議論が多くなっているかに見える。その議論で必要な視点や盲点をあらためて炙り出すために、日本の核抑止研究の第一人者、高橋杉雄氏(防衛省防衛研究所防衛政策研究室長)に取材した。(吉田 典史:ジャーナリスト

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現実的な議論に必要な4つの視点

──反撃(敵基地攻撃)能力を保有するか否かの議論では、どのような視点が特に必要だと思いますか?

高橋杉雄氏(以下、敬称略) 少なくとも、4つの論点があります。これらのポイントを押さえて議論をしていけば、自ずと回答が見えてくると思います。

 第1に、軍事的な目的は何か。反撃能力によって何を攻撃して、どういう効果を狙うのか。第2に予算の問題。防衛費の中でどのくらいの額にするのか。第3は、日米同盟における付加価値。反撃能力を保有することで同盟をどのように強化できるのか。第4が、周辺諸国との関係です。

 それぞれを具体的に考えてみます。

 第1の軍事的な目的は、相手が北朝鮮か中国かによって異なります。北朝鮮の場合、いかに日本へのミサイル攻撃を阻止するか。BMD弾道ミサイル防衛)と連携し、攻撃作戦を妨害し、BMDの効果を高めるような打撃力が必要になります。中国の場合は、それよりは複雑になります。ミサイルの性能が高く数も多いためです。簡潔に言えば中国が日本に向けてミサイルを発射した後、戦局をいかに有利にしていくか。その視点での打撃力が必要になります。

 第2の予算については、防衛費の総額で捉え方が変わってきます。2003年から現在までのBMDの予算は、年間で1000億円強。約20年での合計が2兆円を超える程度です。ミサイルを保有しようとする場合、年間1000億円程の予算とすると、10年で1兆円程度のスケールになります。最低でもそれくらいで実現可能な能力を追求するという考えを持てばいいと思います。防衛費が伸びていくのであれば、もっと多くの金額を割り当てることもできるかもしれません。

 第3の日米同盟の付加価値で言えば、アメリカミサイルを大量に持っていますから、日本がミサイルを持ったとしても大きなプラスになることはないと思いますが、一定の効果はあるのです。敵基地攻撃は、打撃作戦と発射するミサイルの量が大事です。仮にアメリカが保有する量が100だとすると、日本が20を持てば双方で120になり、戦力の増強にはなるのです。その20で核ミサイルを撃破できる可能性もあるわけで、量的に米国に及ばないということは、反撃能力の取得の必要を否定することにはなりません。

 付加価値の点でいうと、アメリカから見てもいくらあっても足りないものが、ターゲットを見つけて追尾するセンサーです。ですから付加価値の点では、日本もセンサーを備えていくことが重要です。日本のセンサーが優れていれば、アメリカは高く評価するでしょう。アメリカからの偵察衛星で得た情報をもとに日本が反撃能力を使用するだけならば、意思決定の独自性がありません。反撃能力を保有する場合、そこまで考慮し、センサーを含めてきちんと整備すると同盟に大きな付加価値を与えることになります。

 第4の周辺国との関係ですが、すでにロシア北朝鮮、中国、アメリカはもちろん、韓国や台湾も対地攻撃用の弾道ミサイル巡航ミサイルを保有しています。日本が保有しないことが、この地域において軍備拡張を防ぐことにはなっていないのです。

 私は、世界の多くの軍事専門家と研究を通じて接点があります。韓国の専門家たちも、日本が反撃能力を保有することに反対していません。中国の専門家たちは、アメリカの中距離ミサイルについての警戒心は持っているのですが、日本の打撃力について何か言うことはほとんどありません。そもそも中国は、日本のBMDにも反対していました。具体的には、1998年BMDの日米共同技術研究を始めた直後、中国は専門家のみならず政府も強く反対していました。しかし2003年12月BMDの導入を正式決定してからは反対することをやめました。「決まる前」までは反対するが、「決まった後」には現実に適応するというのが中国のパターンです。

 一部のメディアなどで言われるように、周辺国が日本の反撃能力を保有することに反対すると認識するのはあらためたほうがいいように思います。何よりも、彼ら自身がすでに弾道ミサイル巡航ミサイルを保有しているのです。

攻撃用ミサイル保有で本当に抑止力は強くなるのか

──アメリカとの同盟関係を強化していくと、米軍の打撃作戦に日本が加わるようになるのでしょうか?

高橋 通常、アメリカは打撃作戦のターゲットや攻撃方法を独自に決めます。その意思決定に現在、日本は入ることができないのですが、反撃能力を保有したら加わることができるようになるでしょう。

 意思決定に参加できるようになることには大きな意義があります。比喩的な例で言えば、朝鮮半島有事の時に、在韓米軍が北朝鮮の「スカッド」と「ノドン」のミサイル部隊を同時に見つけたとします。

 スカッドの射程距離では日本に届きません。一方、ノドンは半島に向けて撃つには射程距離が長すぎるため日本向けと言えます。

 双方の部隊を発見した時点で、在韓米軍のアセットではどちらかしか攻撃できない場合、半島を守る在韓米軍はスカッドを狙うはずです。しかし、この意思決定に日本が参加していれば、場合によっては自らのアセットを使用することで、ノドンを狙えるようになるのです。

──日本が攻撃用のミサイルを保有すると、本当に抑止力が強くなるのでしょうか?

高橋 それは、相手の国に聞いてみないとわからないですね。日本有事になった時には、日本側の被害を減らすことにはなりうると思います。問題は、それが抑止になるのか否かですが、相手が決めることなのです。例えば、これ以上戦争することは難しいと相手が判断すれば抑止になりえます。

──その視点は、現在の議論の盲点に思います。敵の基地やミサイル本体、発射台や通信施設、司令部をミサイルで破壊すると、相手が攻撃をやめると思い込んでいるような議論が多いのではないでしょうか。

高橋 実際は、それほど甘くはないでしょう。仮に日本がミサイルを保有したとしても、周辺国や世界の主な国が保有する能力をようやく持ちました、という意味でしかないと思います。その戦略的効果は、いろいろと工夫をしないと最大化はできないのです。私は、日米同盟強化と日本側の被害を減らす上で大きな効果があると考えています。

アメリカが日本を軍事支援しない可能性

── 最近、「中国はアメリカ本土を狙うミサイルを増強している。アメリカはそれをすべて撃墜することが難しくなっている」といった指摘があります。日本有事になった時にアメリカは中国に譲歩し、日本を軍事支援しない可能性があるようにも思えるのですが、いかがでしょうか?

高橋 その議論は日本で行われるべきですし、実際に日本人は心配していいと思います。そして、アメリカに向けて声を出すべきでしょう。

 アメリカの軍事専門家の中でも、「アジアでの有事の際に、アメリカの中国本土へのミサイルの攻撃は戦争をエスカレートさせるから避けるべき。核武装した国への攻撃はすべきではない」という声は確かにあります。

 私がかねてから思っているのは、この議論で1つ抜けていることがあるのです。それは、アメリカが中国本土への攻撃を真剣に考える時には、おそらく中国はすでに台湾やアジアの米国の同盟国に何らかの形で攻撃をしている可能性が高いことです。もしかしたら日本も攻撃を受けているかもしれません。

アメリカは中国を攻撃すべきではない」という論者に対して、私は、このような言葉を投げかけます。「あなたたちの議論は、同盟国が攻撃を受けて火の海になっている時にアメリカは守らないことを意味しています。その自覚があったうえで議論をしているのですか」と。

 彼らは、その自覚に乏しいのです。こちらから言われて初めて気がつく人もいます。だからこそ、日本は「私たちは心配だ」と言い続ける必要があります。その意味において、アメリカに対して物分かりの良い国になる必要はないと思います。

◎高橋 杉雄(たかはし・すぎお)氏
 1972年生まれ。1995年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、97年に同大学院同研究科同課程修了(政治学修士)、同年に防衛研究所入所。2006年ジョージワシントン大学コロンビアスクール修士課程修了(政治学修士)。現在、防衛省防衛研究所防衛政策研究室長。専門は国際安全保障論、現代軍事戦略論、日米関係論。著書に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房)、『「核の忘却」の終わり: 核兵器復権の時代』(勁草書房)など。

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