かつては車に飾ってた、ウフーラ指人形マグネットと
かつては車に飾ってた、ウフーラ指人形マグネット

『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、『スター・トレック』シリーズでウフーラ役を演じたニシェル・ニコルズについて語る。

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7月30日、『スター・トレック』シリーズでウフーラ役を演じたニシェル・ニコルズが、89歳で亡くなりました。SF映画の草分け的な人物が多く関わった『スター・トレック』の中でも飛び抜けてすごい方で、大好きでした。劇中のみならず、実世界でも黒人や女性といったマイノリティの地位向上をもたらした彼女の影響は、計り知れません。

ニコルズが『宇宙大作戦』で初めてウフーラ役を演じたのは、1966年。公民権運動真っただ中のアメリカでは、マイノリティの女性をテレビや映画で見る機会は少なく、出演したとしても使用人の役どころがほとんど。そんななか、ウフーラはエンタープライズ号の通信士官で、命令系統の4番目。約400人いるクルーの首脳部として冷静沈着な判断を下すウフーラの役柄は、ニコルズからあふれる品格と知性によって説得力が与えられたと思います。彼女のおかげで、製作陣が恐れていた視聴者の反感も起きなかったとまでいわれています。

しかし、テレビ局にはニコルズを差別する人が多かったそうです。ファンレターを捨てたり、シーンのカットを指示したりと、直接ヘイトを浴びせられたせいで、ニコルズはシーズン1の終わりで降板を申し入れます。シリーズの生みの親ジーン・ロッデンベリーも全力で彼女を止めましたが、残留の決め手になったのはキング牧師の言葉でした。

番組のファンだったキング牧師は、ニコルズがつくり上げた尊厳あふれるウフーラが、公民権運動にいかに大きな影響や希望を与えているかを力説したそうです。ウフーラがいなくなれば、黒人の子供たちが誇れるような、黒人コミュニティの代表者がいなくなってしまう。テレビに出ているのが白人と男性ばかりになったら、マイノリティや少女たちは何を目指して大人になればいいのか。『スター・トレック』の舞台である23世紀に、強くて賢いウフーラのような女性がいることはとんでもなくパワフルなことなんだ―。そんなキング牧師の説得によって、ニコルズは続投することになりました。

その後、アメリカのテレビ史上初とされている黒人女性と白人男性のキスシーンを仕掛けたり(台本にはキスあり・なしの2パターンがあったものの、ニコルズとカーク船長役のウィリアム・シャトナーは、キスなしパターンでは変顔をしたりして使えないようにしたそう)、批判や逆風に負けずに自分のコミュニティの象徴であり続けました。

社会への影響は、間接的なものにとどまりません。75年に行なわれたスター・トレック・コンベンションでNASAのステージを見たニコルズは、宇宙飛行士の多様性のなさに愕然(がくぜん)としたそうです。そして新聞などでこのことについて訴えた結果、NASAの採用に関わることになりました。このとき、広報用マスコット的な役割にならぬよう、民間業者としてNASAと契約し、自分の提言が反映されなかったときは法で争えるようにもしました。結果、初の女性宇宙飛行士を含む女性6名、初の黒人宇宙飛行士を含む黒人3人が、スペースシャトルの乗組員になります。自らが演じたキャラクターが象徴する時代を、自らがつくった役者は、なかなかいません。

市川紗椰
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。ミュージカル出身のニシェルが出したアルバムやカバーもオススメ。
公式Instagram【@sayaichikawa.official】

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