この夏のスクリーンを彩る『今夜、世界からこの恋が消えても』『TANG タング』『アキラとあきら』(すべて公開中)という、ジャンルの違う3本の話題作を手掛けた三木孝浩監督。いまや日本を代表するヒットメーカーの一人だが、少し前までは、三木監督のことを“恋愛映画の旗手”みたいなイメージで見ていた人も多いに違いない。筆者もそう思っていた。

【写真を見る】三木孝浩監督の真骨頂!とも言えるせつなくも瑞々しいラブストーリーが展開される『今夜、世界からこの恋が消えても』

■恋愛、青春が題材の作品で若手俳優たちの自然な魅力を引き出す!

確かに三木監督は、数多くのラブストーリーの傑作を撮ってきた。“キラキラ映画”ブームの波に乗るように、『陽だまりの彼女』(13)や『ホットロード』(14)、『アオハライド』(14)、『くちびるに歌を』(15)、『青空エール』(16)などの人気小説やコミックを映画化した作品で瑞々しい恋や青春を鮮やかな手腕で描き、原作ファンや10代、20代を中心とした多くの観客を魅了してきた。

そうした“三木孝浩ムービー”の魅力は、それぞれの作品のなかで生きる若手俳優たちの自然な魅力を引き出し、数多くのMV制作の経験とスキルで磨いてきた映像表現によって、彼らが世界観にマッチできるように輝かせるところだろう。上野樹里(『陽だまりの彼女』)、のん(『ホットロード』※撮影時は能年玲奈)、本田翼(『アオハライド』)、新垣結衣(『くちびるに歌を』)、土屋太鳳(『青空エール』)らの表情や躍動を、彼女たちが演じたキャラクターとして記憶している人も多いはずだ。

それこそ、三木監督は”女性を美しく撮ること”に並々ならぬこだわりを持っていて、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(16)では、ヒロインを演じた小松菜奈を「彼女史上、一番かわいく撮る」と宣言。その言葉通り、ある秘密を隠した女性のせつなさを際立たせる、最高にかわいい小松を映画に焼きつけてみせた。

さらに、彼女と再びタッグを組んだ『坂道のアポロン』(18)でも、主人公の想い人である女子高生とその10年後の姿に小松が扮しているのだが、両者の違いを眼差しの変化によって映しだすなど、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』とはまた違うかわいさを印象づけた。

かつて、筆者はゆうばり国際ファンタスティック映画祭で、『ソラニン』(10)を撮り終えた直後の三木監督と、大林宣彦監督の『時をかける少女』(83)の話で盛り上がったことがあるが、『ぼくは明日~』はまさに三木監督版の“時かけ”とも言える作品。共にせつないラブストーリーを描くジュブナイルSFで、味わいも似ているが、あの映画こそが今日の三木監督の多方面での活躍の布石であり、伏線だったのかもしれない。

■恋愛や青春をベースにしつつ、SFやアクションにも挑戦!

日本の映画界は、昔からジャンルや得意分野で分けたがる傾向にある。ラブストーリーを撮る監督にはラブストーリーのオファーが殺到し、バイオレンス系の監督はバイオレンス映画と共に生きる道を強いられる。本人の意思とは関係なく、そうなりがちだが、三木監督はたぶんそのスパイラルを前向きに捉え、キラキラ映画でスキルを磨きながら、“その時”が来るのをじっと待っていたのかもしれない。

その起爆剤になった映画が『フォルトゥナの瞳』(19)だ。本作は、“他人の死が見えてしまう不思議な能力=フォルトゥナの瞳”を持ってしまった青年、慎一郎が、最愛の女性、葵の“死”に立ち向かう姿を描いたSFファンタジー。ラブストーリーの要素ももちろんあって、それぞれに自分の秘密を相手に気づかれないように接する慎一郎と葵の恋模様を、2人を演じた神木隆之介有村架純の表情のうつろいでいつも以上に繊細に伝えていた。だが、それとは別に、“他人の死が見える”慎一郎の能力を、自然に「二度見をする」という神木が提案したアイデアを取り入れて視覚化。その特殊な世界観を現実社会の出来事に引き寄せると、近鉄の樫原神宮前駅を借り切って撮影したシーンでは、線路に飛び降りた慎一郎が走ってくる列車を止める迫力のスペクタクルを完成させ、力強いSF映画も撮れることを実証した。

さらに、2021年にはSF小説の古典でもあるロバート・A・ハインラインの世界的大ベストセラーを映画化した『夏への扉 ーキミのいる未来へー』を発表。主人公がアメリカの1970年から2000年代にタイムスリップしてしまう原作小説の設定を、1995年から2025年の東京に移す大胆なアレンジをし、SFに対する造詣の深さを示してみせた。しかもここでは、小説に登場しないヒューマノイドロボットのPETE(ピート/藤木直人)を、主人公の宗一郎(山崎賢人)に影響を与えるキャラとして登場させ、そのこだわりの動きと共に、作品世界に独自の魅力も加えた。

また、韓国映画『ただ君だけ』(11)を吉高由里子横浜流星の共演でリメイクした2020年公開の『きみの瞳が問いかけている』では、「格闘技が大好き」という自らの言葉を実証する迫力のアクションにも挑戦!極真空手の世界チャンピオンになったこともある横浜のスキルを最大限に活かした、スリリングで生々しいファイトシーンは観る者を圧倒した。

■恋愛描写の表現をさらなる高みへと押し上げた『今夜、世界からこの恋が消えても』

そんな三木監督の持ち味と確かなビジョンが、今夏の3作にバランスよく分散させる形で凝縮されている。『今夜、世界からこの恋が消えても』(通称『セカコイ』)は、電撃小説大賞2019に輝く一条岬の同名小説を『君の膵臓をたべたい(17)などの月川翔監督、『明け方の若者たち』(21)の松本花奈監督との共同脚本で映画化した感涙のラブストーリー。ホームグランドに帰還した三木監督が、自身の恋愛描写の表現をさらなる高みへと押し上げた野心作でもある。

高校生の透は、眠りにつくとその日の記憶をすべて失ってしまう難病を患う同級生の真織に偽りの告白をし、“お互い絶対に本気で好きにならないこと”を条件に付き合い始めることに。1日限りの恋を毎日毎日繰り返す、そんなせつなくも狂おしい展開を見せる本作だが、劇中の透は彼女にとってその1日が輝くものになるように努めている。そこで映しだされるのは、なにをしていても楽しくてしかたがない、幸せを全身で感じている恋人たちだ。

その画を撮るために三木監督はある秘策を大胆にも導入!透を演じた道枝駿佑と真織役の福本莉子に設定や状況だけを伝え、会話や動きは彼らのアドリブに委ねたのだ。神社のおみくじで透が“大吉”を引くシーンは演出ではないリアルな出来事(台本上では“凶”を引く予定だった)だし、ロープウェイで交わされる会話は、恋人たちになりきった道枝と福本がその場で感じて発した生の言葉たち。思わず弾けるそれぞれの笑顔も芝居の枠に留まらない自然なものばかりだった。

幸福感に包まれていればいるほど、事情を知っている観客は胸をより絞めつけられるわけだが、数々のラブストーリーを撮り続けてきた三木監督はそのことを十二分にわかっている。そんなねらいすましたキラーショットの数々が全編に息づいているのだから、観る者の瞳からやさしい涙が自然にこぼれてしまう。

■3DCGを多用したダメ男とロボットとの冒険ストーリー『TANG タング』

『セカコイ』によって、ラブストーリーの世界での健在ぶりをアピールしたかと思ったら、もう一つの得意ジャンルでもあるSF映画に再び舵を切った三木監督。イギリスのベストセラー小説「ロボット・イン・ザ・ガーデン」を映画化した『TANG タング』は、妻に家を追い出されたダメ男の健と記憶を失くした迷子のロボット「タング」との交流と冒険を描いた壮大なSFファンタジー。『フォルトゥナの瞳』や『夏への扉 ~』でこのジャンルに挑戦しているとはいえ、三木監督がここまでCGを多用した作品を手掛けたのは初めてで、チャレンジングな企画であったことは想像に難くない。だが、健に扮した二宮和也が撮影時にはそこにいない、CGであとから合成されるタングを想像しながら自然な芝居を作り上げたことも手伝って、三木監督はこの近未来のアドベンチャーもまんまと自分のものにしてしまった。

現代と地続きの世界観を作り上げ、ファンタジーならではの個性的でユニークなキャラクターを登場させながら、ドキドキハラハラの、それでいてどこか楽しい冒険活劇を視覚化。“キラキラ映画”で磨いた繊細な心理描写で、健がタングと少しずつ心を通わせ、自身も成長していく三木監督らしいヒューマンな映画に着地させていたから驚いた。

■骨太なドラマが展開!池井戸潤作品の映像化に挑んだ『アキラとあきら』

だが、驚くのはまだ早かった。自らのフィールドをどんどん拡張していく三木監督の勢いと、観客に対するいい意味での裏切りはまだまだ止まらない。最新作『アキラとあきら』では、なんと池井戸潤の同名小説の映画化にチャレンジ!三木監督が「半沢直樹」シリーズに代表される池井戸ワールドに足を踏み入れるなんて、誰が想像しただろう?でも、だからこそおもしろい。新たなジャンルにどう切り込むのか?未知の領域だからこそ、期待は高まる。

父親の経営する町工場が倒産し、幼い頃から過酷な運命に翻弄されてきた山崎瑛(アキラ/竹内涼真)。大企業御曹司ながら次期社長の椅子を拒絶し、血縁のしがらみに抗い続ける階堂彬(あきら/横浜流星)。同じ名前を持つ2人は、日本有数のメガバンクに同期入社するが、互いの信念の違いから反目し合い、別々の道を歩み始める。だが、突如持ち上がった4800人の人生を左右する最大の危機を前に、彼らの運命は再び交差する。

言うまでもなく、本作は三木監督のフィルモグラフィのなかでも最も大人なエンタテインメント。初々しい恋模様も描かれなければ、ワクワクする未来の描写もない。だが、人を救うバンカーになるという理想を持つ瑛と、情に流されない彬をめぐる本作の心理描写は、三木監督がこれまでのキャリアで培ってきたスキルを存分に発揮できるものだ。

恋人同士だろうと、違う理想と信念を掲げる男同士だろうと、出会えばなにかが必然的に起こる。三木監督はそれを映像で見せるのが上手いし、製作陣はその確かな手腕に期待したに違いない。そして、それは見事に成功している。

同じ名前というだけで、まったく異なる考えを持ち、相手の生き方を認められない瑛と彬の距離が、なにをきっかけに近づき、どこで共鳴し合うのか?さらに、そんな2人の化学反応が絶体絶命の危機でどんな逆転劇を見せるのか?

そこではもちろん、竹内と横浜の演技力や本人が持っている魅力も大いに関係しているが、それぞれの異なるキャラクターを演者の個性を活かしながらわかりやすく輝かせたのは、やはり三木監督の演出によるところが大きい。表情のちょっとした変化、表の顔と裏の顔の見せ方のちょうどいい塩梅、交わらない視線と一つの試練に立ち向かうために同じ方向を見る者たちの眼差し…。

壮大な舞台設定だが、そこで繰り広げられるのはラブストーリーの時と同じ、常に揺れ動き続ける心の変化だ。本作ではそれが、瑛と彬だけではなく、様々な立場の多彩な人物たちの理想と現実、本音と嘘、思惑も巻き込みながら描かれるからドラマチックでおもしろい。ラブストーリーの担い手の持ち味が、より濃密な形でスパークする。新たなる“三木孝浩ワールド”を目撃することになるのだ。

文/イソガイマサト

山崎賢人の「崎」は立つ崎が正式表記

日本有数のメガバンクに同期入社したアキラとあきらは、互いの信念の違いから別々の道を歩み始める(『アキラとあきら』)/[c]2022「アキラとあきら」製作委員会