その言葉通り、國枝准教授は先の荒川教授らと共同の研究グループで、クマムシ固有の新規タンパク質が、ヒト培養細胞の放射線耐性を向上させることを発見、16年に論文発表した。

クマムシの遺伝子を人間に導入することで、一人の人間がまるごと放射線に耐えられるようになるかはまだわかりません。現時点では人体にある様々な性質の細胞の中の、特定の種類の細胞での実験結果です。もちろん、人体に導入するのは倫理的な問題もありますし、よくない免疫反応が起こることも想定されます。この研究の応用で人間が放射線耐性を獲得するまでには、まだハードルは高いです」(國枝准教授)

 ただ、その成果がクマムシという生物の研究の有用性を感じさせる、大きな一歩であったことは間違いない。事実、NASAアメリカ航空宇宙局)やアメリカ国防総省も、クマムシ研究に年間何十億ドルもの予算を割いているという。

 NASAが計画する「火星移住」は、今秋から米国内の疑似体験施設で、乗組員の健康・パフォーマンスの探査研究が行われる。火星の地表での放射線量は地球の約5000倍であり、研究でそれがそのまま再現されるわけではないが、移住実現に向けて具体的に動き出す中、放射線をものともしないクマムシ研究が急ピッチで加速しているのだ。

 國枝准教授によれば、米国防総省はそれこそコールドスリープ的発想の研究を支援しているという。

「紛争地の最前線にいる兵士の死亡は、そこに医療アクセスがないことに起因することが多いそうです。つまり治療が間に合わず亡くなる人が多い。だから国防総省は、負傷した兵士の生命活動を一時的に停止して病院に送り届けられれば、戦死者が減ると考えている。つまり、人間(の一部?)を乾眠状態にすることも研究しているんだとか」

 事実は小説よりも奇なり。核戦争のリスクに加え、宇宙開発の機運も最大限に高まった時代に一見、無縁に思えるクマムシ研究が、実は人類の未来にこれほど関係していたとは! しかも日本は、クマムシの分子生物学的研究で、圧倒的に世界をリードする最先進国ニッポンの研究が世界を、人類を火星移住にすら導くのか!? ただし、荒川教授は浮足立たないようにと持論を語る。

「目先の『役に立つ』ものを追い求めていては、結果的に科学と技術の未来を搾取してしまうかもしれません。確かにクマムシ放射線耐性の研究が、火星への有人惑星間飛行などで乗組員や食料保護の重要技術になるなども想定できますが、あくまでそれらは副産物。アインシュタイン相対性理論によって『空間』や『時間』が何かわかり、20世紀の科学技術が圧倒的に発展したように、クマムシ研究で『生命とは何か』という点が解明できれば、今の人類が容易に想像できる恩恵を超えた進展につながると思っています」

 まさしく人類の未来を拓く「最強の可能性」を秘めた生物と言えそうだ。

アサ芸プラス