NYTなど米主要メディアは完全無視
当代一の演技派俳優で歌舞伎役者の香川照之氏(56)が、一連の「性加害報道」で窮地に立たされている。
誰がニュース源か知らないが、「週刊新潮」のすっぱ抜き報道でこれまで引っ張りだこだった香川氏の主演番組をテレビ局は一斉に中止。
香川氏を広告塔に使ってきたトヨタ自動車はじめ大手企業も同氏を下ろしてしまった。
発端は、「香川氏が銀座の高級クラブでホステスに狼藉を働いた過去」について報じた「週刊新潮」だ。
海外メディアはこの時点では関心を示さなかった。
ところが香川氏が9月2日、テレビで謝罪するや、一斉に報じた。
と言っても、米英主要メディアの東京特派員は一行も打電していない。
(ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNといった大手メディアは9月4日時点まで報道していない)
なぜか。
「香川氏は日本では有名でも、米エンターテインメント界では全くの無名。それにセクハラ・スキャンダルは欧米では馬に食べさせるほどあるし、ニュースバリューがないからだ」(ハリウッド担当ジャーナリスト)
米国人が事件を知ったのは、YouTubeと日本の英字紙サイトや韓国系の英字サイト(「latitimes」といった「Los Angeles Times」を模倣したようなサイトもある)だ。
(https://www.youtube.com/watch?v=RzKf_hF-xnE)
(https://www.japantimes.co.jp/news/2022/08/26/national/teruyuki-kagawa-groping-apology/)
(https://www.laitimes.com/en/article/3sh8l_4967u.html)
これらの報道で米国人が理解した香川スキャンダルの全容はこうだった。
一、2019年7月に香川氏はその他3人と一緒に銀座のクラブを訪れた。
一、個室で接客したホステスのAさんの服の中に香川氏は手を入れ、ブラジャーをはぎ取り、そのブラジャーは同行した客3人に渡され、全員がその匂いを嗅いだり、卑猥なことを言ったりした。挙句、香川氏はAさんにキスを強要し、乳房を直接なでまわすなどした。
一、その後に心的外傷後ストレス症候群(PTSD)を患ったAさんは、2020年5月に、香川氏の乱行を止められなかったということで、クラブの女性経営者を被告として損害賠償を請求する裁判を起こした。
一、Aさんが女性経営者に求めた請求額は330万円だった。訴訟は2021年に取り下げられた。訴訟を取り下げるにあたって、Aさんには330万円以上の示談金が支払われた。
香川氏の行為が強制わいせつ罪として刑事事件に発展する可能性もあったが、この時点で和解は成立していた。
日本の司法も世論もセクハラ認識は鈍い?
有名人のセクハラについて日米メディアはこれまでどう報じてきたか。
2015年に元TBS記者山口敬之氏が記者志望の若い女性、伊藤詩織さんに薬物を飲ませてレイプしたとして訴えられた事件があった。
伊藤さんは刑事訴訟を起こしたが、証拠不十分で不起訴。伊藤さんは検察審査会に申し立てたが、ここでも「不起訴相当」の議決だった。
伊藤さんはその後、民事訴訟を起こし、2審東京高裁判決は伊藤さんが受けた性被害に関して山口氏に約332万円の損害賠償を命じる一方、伊藤さんにも事件の経緯を記した著書などで相手の名誉を毀損したとして55万円の支払いを命令。
最高裁は2022年7月、双方の上告を退けた。
この事件を欧米メディアは大々的に報じた。
海外メディアの中には、判決もさることながら日本のメディアや世論のセクハラに対する認識の「鈍さ」を指摘したものも少なくない。
(https://toyokeizai.net/articles/-/200210)
では米国は、今回の香川スキャンダルに関する日本の動きをどう受け止めたか。
それに言及する前に、米国で起こっているセクハラに関する動きをまず列挙してみる。
セクハラ80件で禁固刑23年
ハリウッドで絶対的な権限を持っていたハーヴェイ・ワインスタイン服役囚(70)の場合、1992年以降、女優志願の若い女性80人にセクハラ行為(レイプを含む)を働き、2020年、禁固23年の判決を受けてニューヨーク州エリー郡刑務所に服役している。
セクハラを受けた被害者の中にはグウィネス・パルトローやアンジェリーナ・ジョリーなどが含まれている。むろんまだ売れない駆け出しの時である。
最初にワインスタインのセクハラを訴えたのはローズ・マッゴーワンで、その後、被害を受けた女性たちがツイッターの「#MeToo」で名乗り上げた。
ワインスタインは当初、セクハラ疑惑を全面否定。一時は州政界の大物などを使って逃れようとしたが、集団訴訟を受けて全面降伏した。
かっての「ハリウッドのキング」は見る影もなく、現在は刑務所の病院で寝たきりだ。
このワインスタイン判決以降、米国内ではセクハラに対する世間の目が一層厳しくなった。
セクハラで辞任、民主党のスター知事
将来民主党大統領候補の一人と目されたニューヨーク州のアンドルー・クオモ知事(当時)がセクハラ疑惑で追い込まれた。
2020年12月に部下だった女性がクオモ氏のセクハラを訴えたのを皮切りに、11人の女性がセクハラ被害を公にした。
州司法長官は真相究明の第三者委員会を設置、5カ月の調査の結果、クロと断定、地検は訴追に動いたが、クオモ氏が辞任したため訴追には至らなかった。
クオモ氏は現在に至るまで容疑を否定している。
知事辞任後も知事当時集めた政治資金1800万ドルをつぎ込んで、同氏を辞任に追いやったキャシー・ホウクル現知事(当時副知事)の再選を阻止するキャンペーンを展開している。
知事時代のコロナ対応策についての本を執筆中でもある。著作契約金は510万ドルだ。
(https://www.nytimes.com/2022/08/16/nyregion/cuomo-covid-book-money.html)
「ウエストサイド・ストーリー」のエルゴートは未成年レイプ容疑
ハリウッドでは目下、「ウエストサイド・ストーリー」で主演を演じたアンセル・エルゴート氏(28)*1が8年前に当時17歳だった女性をレイプしたとして訴えられている。
エルゴート氏はこれを否定し、「合意の下でのセックスだった」と主張している。
*1=後述するテレビドラマシリーズ「Tokyo Vice」でも渡辺謙と共演する新進気鋭の俳優。
今後どうなるか、流動的だ。
(https://www.yahoo.com/lifestyle/rachel-zegler-speaks-ansel-elgort-172024740.html)
ABCの“香川照之”は判明直後に番組追放
テレビ業界では、香川照之氏なみの人気を誇っていた俳優兼プロデューサーのフレッド・サべジ氏(46)がセクハラ容疑で突然、長年担当してきたABCテレビの長寿コメディ番組「ザ・ワンダー・イヤーズ」(The Wonder Years)から外された。
セクハラ被害者の女性が業界誌「ハリウッド・リポーター」に通報、ABCテレビは問答無用で即刻、サべジ氏を同番組から降ろした。ABCテレビは詳細については一切明らかにしていない。
「ハリウッド・リポーター」によると、同番組担当の女性2人に「言動によるセクハラ」を働いたという。
この女性のうち一人は「サべジ氏は完全な二重人格者。チャーミングで人付き合いがいい反面、依怙贔屓(えこひいき)が激しく、常軌を逸することもある、おっかない人物」と評している。
サべジ氏は、29年前にもABCテレビの衣装係の女性にセクハラで訴訟を起こされて、最終的には示談金を払っている。
このほか、4年前にはフォックス・チャンネルの韓国系衣装デザイナーにセクハラで訴えられ、示談で訴訟を取り下げてもらっていた。
つまりセクハラ常習犯なのだ。
香川氏と違うのは、サべジ氏はしらふで白昼、仕事の最中にことに及んでいた点だ。
(https://www.thewrap.com/fred-savage-the-wonder-years-reboot-groping-verbal-harassment-accusations/)
以上の例を見てくると、米国ではレイプ以外のセクハラ加害者に対する処罰にはかなり濃淡があることが分かる。
つまり、レイプ常習者のようなワインスタイン氏については容赦なく、重罪を科す。
しかしセクハラだけなら、クオモ氏のように知事は事実上解任されても豚箱に放り込まれることはない。
サべジ氏のようなセクハラ常習犯でも職は失っても刑事、民事罰は免れ、示談で解決している。
両者に共通しているのは仕事を失おうと、「俺は絶対セクハラなんか、やっていない」と否定し続けている点だ。
以上のような実例を踏まえて、数人の米国人(弁護士、法学者、ジャーナリスト、陪審員の主婦)に香川スキャンダルについてのコメントを求めた。
指摘されたポイントは以下の通りだ。
一、米国でもタブロイド紙や業界誌が俳優や政治家のセクハラをすっぱ抜くことがあるが、当事者はまず報道を全面否定する。
名誉棄損で訴えるケースも少なくない。香川氏はなぜ即座に報道内容を受け入れたのか。
二、当事者が動くのは被害者が訴訟を起こした時だ。
米国の場合、セクハラで訴えるのは(「#MeToo」の影響を受けて)集団訴訟になるケースが多い。
当事者はセクハラの事実を客観的に立証する物的証拠の提示を求める。目撃した第三者の証言を求める(レイプの場合は最低限、直後の医師の診断書などを求める)。
また過去に民事、刑事で訴訟が行われ、法廷外で示談が成立されていたかどうかも重要なポイントになる。
示談に際して当事者が関与し、被害者との間に何らかの合意書が取り交わされていたかどうかもポイントだ。
(香川氏は被害者と女性経営者との訴訟に何らかの形で関与していたものと思われる。その際、示談に至る協議内容などについての公開禁止条項があったか、なかったか)
四、週刊誌の一方的な報道だけで国営放送であるNHKはじめ民放全局が香川氏の出演する番組をすべて中止、世界のトヨタ自動車が香川氏の広告をキャンセル(米国には俳優たちが企業コマーシャルに出ることはない)するのは常軌を逸した「全体主義的な風習」のようにも思える。
テレビの視聴率や企業イメージを重視するのは分からないわけではないが、極端に走らないようにする「歯止め」が必要だ。
ドナルド・トランプ前大統領を骨の髄まで信じ込み、猪突猛進する一部保守派分子をみるにつけ、そう思う。
日本駐在が長かったジャーナリストT氏は、さらにこう付け加えた。
「銀座の高級クラブに座れば、1本10万円もするシャンパンを注文するよう強要される。それを百も承知でやって来る客がホステスの手を握ったり、胸を触るのは、暗黙の了解じゃないのか」
「それは江戸の遊女の時代から21世紀の温泉芸者まで受け継がれた日本の文化でしょ。知日派でなくとも映画好きなら『Tokyo Vice』*2で見て、そんなことは知ってるよ」
「香川さんのは、ちょっと度を越した行為だが・・・。酔っていたんでしょ。周りにいた男どもはなぜ止めなかったの?」
「それに示談が成立していた話が今、なぜ表沙汰になるのかも気になるね。『週刊新潮』に抜かれた他のメディア、とくに大新聞にはそのへんの背景を徹底取材してほしいね」
「香川さんが46歳になって歌舞伎役者になったことや歌舞伎自体が経営的に窮地にあることと無関係ではないはず」
「ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストの東京特派員はそのへんを懸命に取材してるんじゃないのか」
*2=『TOKYO VICE』は、米「HBO Max」が制作した全8話のテレビシリーズ。日本からはWOWOWが共同制作に参加した。1999年の東京を舞台に、警視庁のベテラン刑事に連れられヤクザが支配する暗黒世界に足を踏み入れた若き米国人新聞記者を描く。原作は元読売新聞社会部記者のジェイク・アデルステイン氏。
以上、第三国の無責任な連中の言いたい放題と聞き流すのも結構。だが、岡目八目ということもある。
この際、香川スキャンダルを突き詰めて本質観取すれば、立派な日米文化風習比較論になるかもしれない。
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