(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

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 米国のドナルド・トランプ大統領9月3日ペンシルベニア州共和党政治集会で2時間にわたって演説を行い、バイデン大統領がトランプ支持層を「民主主義の敵」と断じたことに対し「バイデン氏こそ米国の敵」と反撃した。

 トランプ氏が政治演説を行うのは、8月上旬に捜査当局から別宅の家宅捜索を受けて以来初めてである。トランプ氏はこの捜査についても「民主党側の政治工作」と非難した。

 共和党側はトランプ氏のこうした反撃を全面的に支援する構えだ。とくにバイデン陣営が11月の中間選挙でトランプ支持層への攻撃を最大の訴えとする戦術を明確にしたことで、米国の国政選挙は、今やトランプ氏を中心に動くという皮肉な展開となった。

 なおトランプ氏が家宅捜索を受けた秘密文書持ち出し疑惑では、9月6日、フロリダ州の裁判所が、トランプ氏側の求めていた、書類の内容を独自に審査する特別監査官の任命を認めた。トランプ陣営は手続き段階での勝利だとしている。

家宅捜索以来、初めての公開政治演説

 トランプ前大統領ペンシルベニア州北部ウィルクスバリで9月3日、政治集会に臨んだ。この場所でこの時期に共和党の政治集会が行われたのは、11月に迫った中間選挙に向けて、ペンシルベニア州の知事選候補ダグ・マステリアーノ氏と上院選候補メフメト・オズ氏を応援するためだった。

 だがこの集会は、トランプ氏がフロリダ州の別宅マール・ア・ラーゴへのFBI(連邦捜査局)の家宅捜索を8月8日に受けて以来、最初の公開政治演説の場となったため、幅広い関心の対象となった。

 定員約1万人とされる市民センター「モヒガン・サン・アリーナ」は満員となり、多くの参加者がトランプ氏の政治スローガン「MAGA」(Make America Great Again:アメリカを再び偉大に)の文字が入った赤いキャップやシャツを着用して気勢をあげた。「アメリカを救え」というトランプ陣営のもう1つの標語を記したプラカードも多かった。

 集会では最初に地元の共和党候補、マステリアーノ、オズの両氏が演説した。その後、トランプ氏が壇上に立ち、中間選挙での両候補への支援を述べた後、バイデン大統領の政策に対して高インフレ、犯罪増加、違法入国者の増大などを強調して「過激な民主党の政策を止めないと米国は地獄になる」と非難を始めた。そしてトランプ氏は、バイデン大統領9月1日にトランプ支持層を攻撃したことに反撃する激しい演説に入った。

トランプ氏を名指しで非難したバイデン大統領

 そのバイデン演説は、同じペンシルベニア州フィラルフィアで行われた。バイデン大統領は24分間の演説のほとんどを、トランプ前大統領を中心とする「MAGA共和党員」への激烈な非難に終始した。

 バイデン大統領は演説で、以下のようにトランプ氏とその支持層を糾弾した。

「トランプとその支持者は民主主義と米国の敵だ」

「MAGA共和党員は選挙の結果を認めず、法の支配を守らない国家への脅威だ」

「トランプ共和党員は過激な思想に基づき政治を暴力で動かそうとする危険勢力だ」

 バイデン大統領はこの演説で、共和党側にもMAGA党員と主流派の党員がいると、ちらりと述べながらも、その後すぐに「今の共和党ドナルド・トランプとMAGA共和党員によって支配され、指導され、威迫されており、そのことが我が国にとっての脅威なのだ」と訴えて、共和党全体がトランプ氏と一体なのだという認識をあらわにした。

 バイデン大統領は就任から1年半余り、トランプ氏を正面から名指しで非難することはほとんどなかった。それがこの時期にトランプ氏と共和党全体を「米国の敵」とまで断定して過激に攻撃するようになったわけだ。バイデン大統領はこの演説の直前にもトランプ支持層を「セミ(半)ファシスト」と呼び、話題を呼んだ。

 大統領のこの攻撃には、共和党内で必ずしもトランプ支持ではない層までが激しく反発した。下院の共和党院内総務のケビンマカーシー議員は、「バイデン大統領は選挙でトランプ氏に投票した何千万人もの米国民を誹謗したのだから謝罪すべきだ」と批判した。

反撃の言葉に聴衆が熱狂

 トランプ前大統領はこのバイデン演説から2日後に同じペンシルベニア州での政治集会の場で、倍返しのような反撃の言葉を114分にわたって述べ立てた。それは以下のような内容だった。

バイデンは2日前に米国大統領としては最も邪悪で憎悪に満ち、国民を分裂させる演説を行った」

「トランプ支持層をすべて民主主義の敵と断じるのは、大統領選で私に投票した7500万人の米国民を犯罪者扱いするのに等しい」

バイデンは今後の選挙で、共和党側と政策で争うことを止めて、共和党や保守層を危険な敵とし、内乱に似た状態をもつくろうとしている」

 以上のようなバイデン政権への反撃の言葉に、会場の聴衆は熱狂的に同調した。

 共和党側ではリック・スコット上院議員も、「バイデン大統領は米国民の団結を売り物に就任したのに、今は内戦の宣言であるかのように分裂を推進するのだから、常軌を逸しているとしか思えない」と述べた。トランプ政権の女性の国連大使だったニッキー・ヘイリー氏も、「自分たちの政策に賛成しない米国民を米国の敵と断じるのは民主主義の蹂躙だ」と批判した。

トランプ氏を中心に動く米政局

 興味深いのは、民主党側にもこのバイデン演説への批判が目立つことである。典型的なのは、民主党バイデン政権をこれまで一貫して支持してきたワシントン・ポストの9月3日付の社説だった。「バイデン氏の逸した機会」と題したこの社説は以下のような骨子だった。

「このバイデン演説は、共和党や保守層にも民主的で健全な人たちが多数いるのにそのすべてをトランプ氏に結びつけた点で失態である」

「自分たちと意見を異にする側を、単に叱責し、侮辱することでは、その相手を説得することはできない」

民主党側には、今後の選挙では共和党内の穏健派よりトランプ派と対決する方が優位になるからと密かにトランプ派に献金する動きがあるが、バイデン演説もその種の思惑を感じさせる」

 以上のような民主、共和両党の現在の動きをみると、民主党側は今後の中間選挙、そして大統領選挙に向けて、とにかくトランプ氏という存在を最大標的としており、共和党側もトランプ氏を中核として対決していく姿勢をとったといえる。当面の米国の国政選挙では、よい意味でも、悪い意味でも、あくまでトランプ氏が中心人物となっていく構図がさらに鮮明になったといえそうだ。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  「民主党の政治工作だ」トランプ氏が反撃するFBI捜査の“不可解”

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米ペンシルベニア州での共和党政治集会で演説するトランプ前米大統領(2022年9月3日、写真:ロイター/アフロ)