認知症=怖い」はもう古い。医療・介護・福祉・高齢者問題をテーマに活躍、多数の著書を持つジャーナリストと、メディアや新聞各社でも多数活躍する司法書士との共著『認知症に備える』より、そもそも認知症とはなんなのか、認知症になったらどんなことに本人が困るのか、もしくは困らないのか、どのような制度が利用できるのか等、すぐ実生活に活かせるようなヒントを、以下抜粋して紹介する。

認知症の「中核症状」と「BPSD」

認知症には「中核症状」と「BPSD(認知症に伴う行動・心理症状)」の2つの症状があるといわれます。以前は「中核症状」「周辺症状」という分け方をされてきましたが、近年では「BPSD」という名称が一般的になっています。

中核症状というのは、認知症という状態を起こす脳の変化から起こる症状で、アルツハイマー型認知症では、判断力の低下、ものごとを記憶しにくくなる記憶障害、自分のいる場所や日時がわからなくなる見当識障害、状況が把握できず判断ができにくくなる実行機能障害、会話がうまくできなくなったり、空間認識ができなくなる高次脳機能障害などが起こるとされています。

しかし、こうした障害はすべての人に起こるわけではなく、認知症の原因になった病気に加え、人によってもあらわれ方は異なります。そして、年単位の時間をかけて少しずつ進行していきます。

いっぽうBPSDというのは、中核症状で起こる記憶障害や判断力の低下によって、周囲とのかかわりのなかで「不安や混乱」が起こり、日常生活にさまざまな支障が出てくる状態です。

財布などの置き場所がわからなくなった不安から、盗まれたと思い込む「物盗られ妄想」、トイレの場所がわからなくなった混乱から起こる「尿失禁」、手助けを攻撃と判断して起こす「暴力・暴言」、ここは自分の場所ではないという不安から、自分の場所を探して歩く「徘徊」……。

以前は「問題行動」と呼ばれていた行動ですが、本人にとってはそこに至った理由や要因がちゃんとあります。最大の要因はストレスです。

健康をそこねると身体の抵抗力がなくなるように、認知機能に障害が起こってくると、ストレスに耐えるチカラが低下します。たとえば、まぶしい照明や大きな音、スピードの速い会話や人ごみが苦手な認知症の人は少なくありません。

そうした物理的な環境に加え、栄養や水分の不足、便秘や下痢、視力や聴力の低下、薬の副作用といった身体にまつわる環境も、認知症の人に大きなストレスを与えます。不安、自信喪失、孤独感、絶望感のような心理的環境。さらに家族の無理解や周囲の偏見、居場所がない、自分の役割がない、味方がいないといった社会的な環境も。

そして、それが人によっては、「意欲がなくなる」「いらだつ」「怒りっぽくなる」「暴力的になる」「うつ状態になる」「大声を出す」「歩き回る」といった行動・心理症状(BPSD)につながってきます。

しかし、これらのBPSDは認知症の人すべてにあらわれるわけではありませんし、ずっと続くわけではありません。

絶望感から症状が悪化

意味もなく歩き回るとされ「徘徊」と呼ばれる「ひとり歩き」にも、実は本人なりの理由や目的があります。典型的なのが「子どものころ両親と暮らした家」や、「長年、勤めてきた会社」を探しているというケースです。

そんなとき、認知症の人が暮らすグループホームなどでは、職員が本人のあとをこっそりついて行きます。そして、本人が存分に歩いて疲れたころ、「帰りましょうか」と声をかける。それを繰り返していると、数ヵ月で落ち着くことが多いそうです。

認知症の当事者として発言を続けている丹野智文さんは、「その場所の居心地が悪いから、外に出て行く人も多い」といいます。

家族から心ない言葉をぶつけられ、たまらなくなって家を出ると「徘徊」といわれ、無理やり連れ戻される。監視の目が強くなると、さらに居心地が悪くなり、イライラや怒りの感情が湧いてくる……。そうした悪循環が認知症を悪化させるというのです。

その行動が「なぜ」起こっているのかを考え、本人の気持ちを大切にした対応をすると、本人の症状の改善につながることが少なくありません。実際、本人が暮らしやすい環境にいると、BPSPはあらわれにくくなる、といわれています。

逆に周囲にその理由が理解されないと、絶望感から本人の状態は悪化します。家族も介護をひとりで抱え込まず、専門職やほかの介護家族など、相談相手をたくさん見つけ、認知症の本人の視点から考えるようにしてください。

認知症は、ある日、突然起こるわけではありません。最初に「何かおかしいな」と気づくのは本人自身。この最初の段階(川上)で、家族や周囲の理解がないと、本人の混乱や不安が増し、認知症が悪化してしまいます。

川上対策をしないままにしていると、認知症が悪化した状態(川下)では、本人はいろんな問題を起こす「困った人」になってしまうし、家族は介護でボロボロになり、「疲弊した人」になってしまいます。

そこで大切なのが、初期の対応と支援です。「最初」つまり、「川上」の山林を丁寧に手入れすることで、「川下」で氾濫が起こらない環境をつくることができます。

繰り返しますが、BPSDはすべての認知症の人にあらわれるわけではありません。BPSDは本人にとって「不適切な環境」からつくられます。お互いにとってストレスの少ない日々の暮らしを、家族で一緒につくっていきましょう。  

(※写真はイメージです/PIXTA)