数々の音楽番組出演などを通し、その歌唱力でも高い評価を集めている川崎鷹也が、カバーEP(ミニアルバム)をリリース。一般にカバーアルバムといえば、ある程度ベテランと呼ばれる年代に達したアーティストが出すものというイメージもあるが…。今、カバーアルバムをリリースする理由、また歌への、そして人への想いを川崎に聞いた。

【写真を見る】最初候補曲は50~60曲ほどあったと話す川崎

■今回のカバーに関しては、歌うことによって自分のこれまでを昇華してまた次の段階へ向かうという、区切りみたいな意味合いもあった

「このタイミングでのカバーEPはあまり予想されてないことだと思うんですけど、これは応援してくださる皆さんだったり、スタッフチームも含めた周りの人たちを、敢えて良い意味で裏切りたいなという思いからです。とりわけ、常に近い存在であるスタッフやレコード会社の人にこそ『こいつスゴいな』って思ってもらわないといけない、という考えが僕にはあって。そういうサプライズは常に追求したいなと思っているので、このタイミングで挑戦してみようと決めました」

作品タイトルは“まっさらなところから人との出会いによって自分らしい色になっていく”といった意味合いを込めて『白』と名付けた。そのコンセプトの通り、収められた全5曲の一つひとつが、関わったさまざまな人との思い出に彩られている。

「“僕にとっての大切な曲”“僕と大切な人を繋ぐ曲”というテーマのもと、ふさわしい楽曲を選んでいきました。最初の候補曲はシンプルに歌いたい楽曲も含めて、50~60曲あったと思うんですけど、曲のコントラストやテーマ、アレンジのバランスなども含め、悩みに悩んで5曲まで絞りました。5曲とも結構ヘビーな曲だしパワーを要する曲なので、どれもオリジナル版へのリスペクトはもちろん、僕と関わってくれるみんなへの恩返しの意味も込めて歌ったつもりです。

何て言うんでしょうね…今回カバーすることでこれまでの思い出が昇華される、じゃないけど。自分のおばあちゃんに対する思いだったり、ずっと『お前の歌声は最高だよ』と言って一緒に歩んでくれた事務所の社長に対する思い、マネージャーに対する思い、自分自身に対する思い…それらをここで一つの形として残すことで、また次のステップに進めるような気がして。自分で作った楽曲を誰かに向けて歌うっていうところは一貫して変わらないんですけど、今回のカバーに関しては、歌うことによって自分のこれまでを昇華してまた次の段階へ向かうという、区切りみたいな意味合いも僕の中であるのかもしれません」

エレファントカシマシのようなメッセージのこもった、人の心に響く本物の歌を歌いたい

厳選されたという5曲それぞれについて、歌ってみた所感などを聞いてみよう。まずは1曲目、美空ひばりの「愛燦燦」から。

「「愛燦燦」が今回、一番難しかったです。美空ひばりさんならではの節回しとか、これはもうひばりさんにしか出せないニュアンスみたいなところがすごく多くて、音源で聴いていた時と歌ってみた時の違いがすごく大きい曲でした。譜面通りに歌っても、何かちょっと違うんです。声の伸びもそうだしパワーもそうだし気持ちの乗せ方もそうだし…。で、結局「愛燦燦」だけは別日にもう一度録り直しをしたんです、納得いかなくて。それぐらい難しかった。

ただ“国民的歌手の名曲をカバーする”“ああいう風に歌わなきゃ”という意味でのプレッシャーみたいなものは全くなかったです。もちろんひばりさんを超えようなんて思ってもないですし。単純に祖母が喜んでくれたらいいなという思いで選んだ曲であり、僕と武部さん(音楽プロデューサーの武部聡志)のベストをレコーディングで目指したというだけです」

2曲目はエレファントカシマシの「悲しみの果て」。これは高校の同級生で、ともに栃木から上京し現在は川崎のマネジャーを務めている親友との、思い出深い曲だという。

はい。何かこの曲の持つメッセージ性は、僕らが東京に出てきたときの不安な気持ちとか、それでも何かにしがみついて食らいついていくしかない状況と、すごくリンクしていて。真っ暗闇で何も分からないけどその先にきっと光がある、みたいなところが、僕らのテーマ曲みたいだなと何となく思っていたんです。

栃木っていうと東京に割と近いように思えるかもしれないですけど、故郷を出ることはやっぱり大きな決断だったと思います。『ただでは栃木に帰れないな』と思ってたし、何か土産話がないと家族に会えないなと思っていたので…」

ちょっと意外に感じるが、「音楽を始めた当時はエレファントカシマシのような音楽がやりたいと思っていたほど」なのだとか。

エレファントカシマシの楽曲はすごくストレートで理屈じゃないので説明ができないんですけど、とにかく宮本(浩次)さんは心が震える歌を歌われるので。 だから『エレカシのような音楽を』というのは『ロックをやりたい』とかジャンルの話ではなくて、エレカシのようなメッセージのこもった、人の心に響く本物の歌を歌いたいという意味です。そこは今も一貫して変わっていません。

ボーカル的には、ロングトーンなの音の伸ばし方などは大変だったなと思います。僕が歌うと、伸ばせば伸ばすほど弱くなっていくところが、宮本さんは上がっていくんですよね。そこは難しかった。ただ曲の入口は、アレンジによってまた違う入り方をしているのでぜひ聴いていただきたいポイントです。これは武部さんと『こういう入り方したら面白いんじゃないか』って話しながら、ルバートというテンポのない入り方をしている。そこはもう僕と武部さんの遊び心ですけど、でもやっぱりエレカシさんのパンキッシュなところはリスペクトしながらの編曲を武部さんにお願いしたという感じです」

■結構ありえないことをやってのけてらっしゃる。シンガーとして、もう脱帽というほかないです

3曲目は竹内まりやの「元気を出して」。これは今回の5曲中では最も“プレゼント”的な意味合いが大きい。

「そうですね。竹内まりやさんの大ファンであるうちのボス(笑)、社長が一番好きな楽曲ということで。何か社長に向けて入れたいなっていう気持ちから選んだ曲です。

この楽曲もまぁ~難しいんですよ(笑)。何が一番難しいって、ブレスなんですね。最近の音楽だと、言葉の不自然なところでブレスをあえて入れるアーティストもいるんですけど、文節として区切りになる箇所にしかブレスを入れてない。その感覚は僕も同じなんですけど、ただ、このゆったりしたテンポでそれをやるというのは、めちゃくちゃ肺活量の要ることで(苦笑)。皆さんも歌ってみたら分かると思いますが――歌詞で言うと『そんなに悲しませた人は誰なの?』とか『少しやせたそのからだに似合う服を探して』とか、ノーブレスなんですよ! このテンポでこの高さでノーブレスっていうのは結構エグいことで(笑)、本当に大変でした。でも間違いなく意識的にそうしてらっしゃるんだろうなと感じるので、そこへのリスペクトを忘れないように歌いました。しかも…おそらくこの原曲をレコーディングなさったときは、ブロックごとに分けるんじゃなく、一発で録ってるはずなので。そう考えるとハンパじゃないスキルと肺活量と筋力のいることで、結構ありえないことをやってのけてらっしゃる。シンガーとして、もう脱帽というほかないです」

4曲目、HYの「366日」については、思い入れもひとしお。川崎が高校の文化祭で初めてステージに立って歌を歌い喝采を浴びた曲、そして音楽の道に進もうと決意するきっかけになった曲だ。

「感慨深かったですね、このレコーディングは。高校生の頃だから約10年前に歌ってた楽曲を、大人になって音楽をやって、武部さんと一緒にレコーディングしているっていうのは…歌いながらグッとくる部分もありました。他の4曲に比べれば歌い慣れた曲ではあるんですけど、改めてプロとして歌ったのは今回が初めてでしたから。音楽に対する思いも、関わってくださる方々に対する思いも当時とは全然違うので」

自身で聴いてみても成長の跡が感じられるところはあるだろうか。

はい。もちろん技術的な部分でも成長していると思いますけど、それ以上に、“誰かに向けて歌う”という気持ちの部分が当時とはまるで違いました。高校生の頃や専門学生の頃は音程を正しく上手く歌うとか、かっこよく歌うといった、外側の部分をすごく意識していたんです。けど、カラオケで上手い人ならこの国にはたくさんいる。そうじゃなくて、お金をもらってライブやっているからには“どうやって人の心や人生に寄り添う歌を歌うか”ってところを考えながら歌うようになったんだなと自分でも感じましたね。

プロとアマチュアの歌声って、どこがどう違うんだと聞かれると僕もはっきりとは言えないですけど…でも僕の中では、“プロは圧倒できてこそ”という気持ちがあります。人を感動させる上手な歌を歌われる方はたくさんいますけど、そのもう一歩先。息するのを忘れたりとか、瞬きするのを忘れたりとか、気付いたら曲が終わっていたとか(笑)、そこまで人を圧倒することができるかどうかだと思うんですよね。そうありたいです、表情やパフォーマンスの仕方も、立ち振舞いも全て含めて」

■武部(聡志)さんがいなかったらこの曲は入ってなかったはずです

そして作品のラストを飾るのは玉置浩二の「メロディー」。これを選ぶのは特別に勇気が要ったとのことだが…。

「この曲は、当初入れるつもりはなかったですし…玉置さんに対してはちょっともう何て言うのかな? リスペクトとかのレベルではなくて、唯一『こういうミュージシャンになりたい』って思わされた方なので。歌のニュアンスとか気持ちの込め方、体の使い方から高音の出し方、顎の使い方、息の吸い方、全てにおいて研究しまくったのは玉置さんだけなんです。だから簡単に歌えないなぁと思って、玉置さんの曲は候補にすら入れてなかったんです。でもそのことを武部さんは知っているので、『玉置の曲歌わないのか』と言われて(笑)。『このアルバムは鷹也の大切な人との想い出を繋ぐ作品であり、自分へ向けた大切な想い出の楽曲を歌わないと。だったら玉置の曲は歌わないとダメだろう』って武部さんに言われて、ようやく覚悟を決めました。武部さんがいなかったらこの曲は入ってなかったはずです」

武部聡志といえば松任谷由実を筆頭に、数え切れないアーティストと共同作業をしてきた超一流の音楽プロデューサーだ。今回のEPではその武部が、全ての編曲を担当するなど全面バックアップ。川崎との交流の始まりは、テレビ番組での共演だった。

そして作品のラストを飾るのは玉置浩二の「メロディー」。これを選ぶのは特別に勇気が要ったとのことだが…。

「何ですかね、多分、番組でご一緒して音を出した時に、お互い感じるものがあったんだと思います。そこについて武部さんに確認したことはないんですけど、やっぱり一緒にセッションして初めて分かることというのはたくさんあって。以来、別の番組でもまたオファーをいただけたりとか、SNSでDMをいただいたりと、気に掛けてくださってます。武部さんは、後輩としてじゃなく同じ音楽好きとして話してくださる方。そんな方とアルバムを一緒に作れたらすごく楽しいだろうなっていう僕の夢物語から、ダメ元でオファーさせてもらったんです。そしたら『全然いいよ、やろう!』と快くお返事をくださいました。

武部さんと一緒にレコーディング作業を進める中ですごいなと思うのは、技術的なことを一切おっしゃらないことです。『のびのび歌って』とか『好きに歌いな』とか…なかなか言えないですよね、それって。レジェンドと呼ばれ多くの経験をされてきた方が、僕のことを心から信頼してくれる。そういうところが武部さんの素晴らしいところだし、すごいな、こういう人になりたいなって思わせてくれる先輩というか。

だから…すごくいい意味で緊張はしないで済みました。普通、あのクラスの方と一緒にものを作るとなったら絶対緊張すると思うんですけど(笑)、本当に『いいもの作ろう』っていうただそれだけの方なので…。うん。それは亀田(誠治)さんもそうなんですよ。「君は天然色」を一緒にレコーディングさせてもらったとき、技術的なことなんて一切言われなかった。そういうのはきっと、いろいろなものを超えてきてらっしゃる方々だからなんでしょうね」

■“何でもない毎日が一番幸せ”っていうことを歌いたいんです

今回のEPに限った話ではなく、川崎の作品は私小説めいた要素が強い。ブレイクのきっかけとなった「魔法の絨毯」(2018年)もしかり、自身の実体験や日常の風景、特定の誰かに対する心情をそのまま曲に映し込むスタイルについても、今さらながら聞いてみた。例えば、そんな風に自身のプライベートをさらけ出すことに恐怖心はないのだろうか?

「うーん、ないかな。もちろん語らなくていいところは語ってないし(笑)。でも、こと僕の音楽に関しては本当に“僕の音楽で、目の前の人が幸せになったらいいな”という気持ちが全てなんです。“何でもない毎日が一番幸せ”っていうことを歌いたいんです。プライベートと音楽が分かれてないので、僕の音楽は日記みたいなもので。だからこそ私生活でも、胸を張れるように生活しなきゃいけないなとは思いますけどね。

また、子供が生まれて少しずつ物の考え方は変わってきましたし、人と出会うたび心の中に小さな変化も生まれる。そうやって、生きるにつれてマインドはどんどん変わっていくだろうから、それがきっと今後も日記のように、僕の作品に全部反映されていくんだと思います」

取材・文=上甲薫

カバーEP『白』をリリースする川崎鷹也/   撮影=諸井純二