文・撮影=中野香織

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人生はコンフォートゾーンを脱した時から始まる

 夜は蛍のように揺れる光たちも、昼間は眠っている。

 光が眠る昼の間に、HANAZONOリゾートで体験し、強烈な記憶を残したアクティビティがある。アジア最長のジップラインである。2022年7月に完成し、マウンテンライツと同様、10月10日まで体験できる。

 このジップラインでは、総滑走距離2591mを3ステップに分けて滑走する。自信のない方向きには、ジップ1、ジップ2だけというトライアルパッケージもあるが、フルパッケージにはジップ3となる1.7キロの「ブラックダイヤモンド スーパーフライ」が含まれる。このコースでは途中、瞬間最高速度110キロを超える。羊蹄山を横目に空を駆け抜ける、スケールの大きなアドベンチャーである。

 実は私は、絶叫系アトラクションが苦手である。なぜにわざわざ必要もないのに怖い思いをしなくてはならないのか、わけがわからない。だから、ひょんなことで「予定にはなかった」このジップラインを試さなくてはならなくなった時、前の夜から恐怖にうなされた。

 当日も直前まで気分が沈み込んでいた。しかし、空気に流されるとはこういうことか。前の人がどんどん滑っていく勢いで覚悟を決めるしかなく、かろうじて勇気を振り絞り、えいと空を飛んでみた

 すると、絶叫どころか、拍子抜けするほどに楽しかったのである。「ブラックダイヤモンド スーパーフライ」の最難関に来た時には、風を切り、まさに鳥の気分で森を見渡す快感ですっかりハイになっている。最後は思わず「もう一回やります!」とリクエストしてスタッフに呆れられたほどだ。

 案ずるより飛ぶが易し。

 思考は恐怖を克服できず、行動だけが克服できる。

 人生はコンフォートゾーンを脱した時から始まる。

 あれこれの格言めいた妄言が脳内にわいてくる。自分の限界をひとつ超えた解放感で視界が開けた気分を味わわせてもらったのは確かである。

 時速110キロ超えのジップラインも、アートインスタレーションに負けず劣らず眠れる感情を呼び覚まし、視点の転換をもたらし、次の行動へ踏み出す力を与えてくれるという点で、一種のラグジュアリー体験と呼べるかもしれない。

役割の違いはあるが、人も国もフェア

 このように壮大なインスタレーションやアクティビティを展開するHANAZONOリゾートに建つホテル、パーク ハイアット ニセコ HANAZONOのスケールもまた、けた違いに大きい。

 客室数は、スイート28室を含む全100室だが、すべての客室が65平方m以上である。床から天井まで広がる大きな窓から自然光が差し込み、羊蹄山を含むニセコのドラマティックな自然の一部になったような解放感を与えてくれる。

 各客室には広いリビングとダイニングスペースまであり、ウォークインクローゼット、バスタブつきのバスルームのほかに、スタンダードレベルでも、セカンドバスルームまで備わる。都心のホテルであればふつうにスイート扱いというレベルである。

 ホテル棟に隣接するレジデンス棟には、スタジオタイプからペントハウスまで、多彩なレジデンスの客室が60室。リゾートシーズンだけの滞在も多い。

 館内にはミシュラン星付きシェフによるフランス料理と寿司を含む、10の多彩なレストラン、ラウンジ、バーがあり、さらに多種多様なプライベートダイニングルームまで備わっているので、長期滞在でもグルメジャーニーが楽しめるようになっている。

 ウェルネスも充実する。サウナを備えた温泉大浴場や25mのインドアプール、最新鋭のマシンを完備したフィットネスセンターもあれば、多彩なトリートメントを用意するスパもある。ウィンターシーズンには、スキーイン・スキーアウトが可能。スキーバレーが細やかにサービスを提供してくれるので何のストレスもないスキー体験ができる。「ないものはない」くらい充実したサービスを、高いクオリティで提供するホテルである。

 デザインはオーストラリアのBAR Studio。2020年1月に開業して以来、上質な施設やサービスが評価され、「トリップアドバイザー トラベラーズチョイス2021」「同 トラベラーズチョイス ベストオブベスト2022」、「ホテル・トラベル・アワード2022」ほか数々の賞を受賞している。

 規模が大きいのにホテル内移動がラクにできているというハード面もさることながら、最大の魅力と映るのは、30か国から集まっているスタッフのホスピタリティである。

 ニセコの町全体がそうだが、インターナショナルな空気があり、ホテル内ではほぼ英語で会話が交わされる。もちろん日本語も大丈夫なので、話しやすい言語を使って自在なコミュニケーションができる。スタッフはマニュアル的な行動はとらず、それぞれが自分の判断で接客しているようにふるまい、それが風通しのいい雰囲気を醸成している。

 客とスタッフの間の節度は保ち、役割はきちんと果たすが、「人と人」としてはフェアに接し、国籍間の格差もない。そんな包摂性のある空気には、次世代が好む「新型」ラグジュアリーの気配も感じる。

話し合いで決める民主主義と環境保全、新しいラグジュアリーの光景

 さて、最後にニセコという町に見る、根源的で先進的な民主主義について。

 厳密にいえば、光のインスタレーションが展開されたHANAZONOリゾートがある町は倶知安町であり、ニセコ町は隣町である。この二つの町と岩内町、共和町、蘭越町を含む山岳丘陵地域が、ニセコ地域と総称されている。うち、外国人観光客に人気の高い倶知安町ニセコ町、蘭越町をニセコ観光圏と呼んでいる。

 この観光圏の名前にもなっているニセコという町が、次世代の幸福を見据えたユニークな政治をおこなっているのである。

 ニセコ町は人口約5000人の小さな町であるが、転入者が多い町でもある。転入者の多くは、まずは留学や旅行に訪れ、何度も来るうちに町が好きになり、ついには住んでしまう。

 ニセコ町役場が転入者に対しておこなったアンケートによれば、医療や教育が充実していたり、外国人も違和感なく住める多様性や自由な気風があったりということが移住の理由とされている。だが、町役場に行き、副町長の山本契太氏はじめ役場の方々にお話を聞いて腑に落ちたのは、この町には理想的な民主主義が根付いているということだった。

 ニセコ町の景観は独特である。周囲のリゾートとは異なり、高いビルが建っていない。景観条例があるためだ。ただし、高さ10メートル以上の建物を禁止というふうに具体的な規則を定めるのではなく、「話し合いで決める」と書いてある。「15mと数値を定めると、権利になるのです。14.99mならいいんですよね、となる。そうではなくて、住民と業者の間で納得と協力のプロセスを踏んでもらうのです」と山本副町長は語る。「いまだに5回目の話し合いをしているところもありますが、それが民主主義のコストというものだと思います」。

 情報がすべて公開され、話し合いが活発に行われることが大前提となる「まちづくり基本条例」は、町民が「育てていく条例」として位置づけられており、罰則もない。あらゆる場面で「話し合いで決める」ことが前提となっており、議論の過程で住民も落としどころを学びながら、町づくりを考えることになる。

「言ってもしょうがない」という絶望感が皆無どころか、一人一人が尊重され、議論が自由に交わされているのである。世界中から資本家だけでなく、アーチストを含む多彩な人を惹きつけるニセコの根本的な魅力は、町の政治にあったのだ。海外資本もそんなニセコだからこそ価値が高いことを知っているから、資本の力で暴力的な開発をすることはなく、町民の幸福と共存するようなやり方を創ろうと工夫するのだろう。

 ニセコは政府から環境モデル都市やSDGs未来都市に選定されている。環境を不変のまま保全していくのではなく、環境と住民、時に外部の人や資本が互いに関与しながら柔軟につながり続けていくこと、そこにこそ持続可能性の本質があることを学ばせてもらった。

 この町には「誰かと共感しあうという、人類共通の経験や感情」が少し多めにあるようだ。光のアートが生む共感の環が壮大なスケールで広がっていく光景に、人と環境との共感の連鎖を重ね見る思いがした。新しいラグジュアリーのイメージがここに重なる。

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パーク ハイアット ニセコ HANAZONO