9月8日に、英国史上最長となる70年もの間、君主を務めてきたエリザベス女王が96歳で逝去し、大きな転換期を迎えている英国王室。さかのぼること四半世紀、1997年には、新国王チャールズ3世の最初の妻、ダイアナ皇太子妃が突然の事故により、36歳という若さで亡くなった。没後25年を迎えた今年、ダイアナ妃の波乱万丈の人生を豊富なアーカイブ映像を基に綴るドキュメンタリー映画『プリンセス・ダイアナ』(9月30日公開)がスクリーンにお目見えする。

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いまなお世界中から注目を集め続ける存在であるダイアナ妃だが、英国王室研究家でコラムニストのにしぐち瑞穂は、「ダイアナ妃は、英国王室の今後のカギも握っている」とコメント。いったい、ダイアナ妃が英国王室やウィリアム王子&キャサリン妃に与えた影響とはどのようなものなのか?

■「イギリスは常に、王室、メディア、国民が戦っている」

本作は、ダイアナ妃のストーリーとそれに対する一般市民の反応、彼女を追いかけるメディアに焦点を当てて、その人生を深掘りしたドキュメンタリー映画。ナレーションやテロップによる解説や分析を入れないことで、観客がまるで実際にその出来事を目撃しているかのような没入感を味わえる、“体験型”のドキュメンタリーだ。チャールズ皇太子とのロマンティックなロイヤルウェディング、息子たちの誕生、夫の不倫、世間を驚かせた離婚、死の直前まで心血を注いだ慈善活動など、ダイアナ妃の人生はまさに波瀾万丈だ。ひと足早く本作を鑑賞したにしぐちは、「ダイアナ妃は短命ではありましたが、多くのスキャンダルやエピソードをお持ちの方。本作では、そんな彼女のことをあまりよく知らない方にとっても、どのようなことが起きていたのかがわかるようにポイントを抑えてまとめられていました」とエド・パーキンズ監督の手腕に驚くことしきり。

本作が優れているのは、「ダイアナ妃の人生を追いながら、英国王室とメディア、国民の関係性が見えてくるところ」だと話す。にしぐちは「英国王室を研究する仕事をしていると、イギリスは常に、王室、メディア、国民が戦っているようなところがあるなと実感していて。本作は、それらの関係性を多角的かつ客観的に見つめている点がすばらしいと思いました。情報を伝える側としては、どこかの視点に偏って発信するのはよくないことだと常々感じていることもあり、私自身とても感銘を受けました」と告白。

また、結婚前からどこに行っても話題の的となるダイアナ妃の姿を見て、「ダイアナ妃が『撮らないで』というところまで追いかけていくメディアの姿を見ていて、『報道姿勢について、いま一度考え直した方が良いのかも』と思うところも」と気を引き締めつつ、「チャールズ皇太子ダイアナ妃のゴシップが出るたびに、国民からいろいろな意見があがりますよね。映画にはそういった姿もふんだんに盛り込まれていて、イギリスの国民性までがわかるようでした。全編を通してイギリスらしいユーモアのセンスもあって、充実感いっぱい。本作を観たあとには『もっとダイアナ妃の生の声に触れたい』と感じて、それからいろいろと調べたりしています」とさらにダイアナ妃への興味が湧いたという。

■「ダイアナ妃はフェアリーテールとしてのすべての条件を備えていた」

本作を通しても、ダイアナ妃の出現によって、王室の注目度と人気が爆発的に上がったことが伝わってくる。にしぐちは、「ダイアナ妃はフェアリーテールの中のプリセンスとしてのすべての条件を備えたような方で、不景気な時代に咲いた英国のバラのような存在。だからこそ、王室内では嫉妬をかうこともあったと思います」とダイアナ妃の苦悩に心を寄せながら、「ダイアナ妃はすべてにおいて第一人者だったと言えるのではないでしょうか。たくさんの革命的なことを起こしている」とキッパリ。

■「ダイアナ妃は伝統と革新を見事なバランスで両立させた」

「時代遅れだとも言われていた英国王室に、風穴を開けたのがダイアナ妃」と分析し、彼女が起こした変革は、息子であるウィリアム王子とその妻であるキャサリン妃にもあらゆる影響をもたらしていると続ける。

ダイアナ妃は自宅ではなく、病院でウィリアム王子とヘンリー王子を出産しています。王位継承者を病院で産んだというのは、英国王室で初めてのことです。出産に際しては、キャサリン妃もダイアナ妃と同じ病院を選んでいます。また、英国王室ではそれまで、外遊に子どもは同行させないのが通例でしたが、ダイアナ妃は初めてツアーに子どもたちを同行。キャサリン妃も同じようにしていますね。そして、ダイアナ妃は子どもたちにモンテッソーリ教育(医師であり教育家であったマリア・モンテッソーリ博士が考案した教育法)を受けさせていましたが、ウィリアム王子とキャサリン妃の長男であるジョージ王子も、モンテッソーリの幼稚園に通っていました。シャーロット王女のミドルネームが“ダイアナ”であることからも、ダイアナ妃への想いが窺えますよね」と例を挙げ、「ダイアナ妃は伝統に縛られず、時代を考慮しながら、出産や子育て、教育に取り組んでいた。ウィリアム王子とキャサリン妃は、そういったダイアナ妃が意志を持って切り拓いてきた部分と、エリザベス女王がこれまで守ってきた伝統の両方を、見事なバランス感覚を持って受け継いでいるんです」と説明する。

■「キャサリン妃は、ダイアナ妃を通してパパラッチとの付き合い方を身に着けた」

にしぐちが最も、ダイアナ妃がキャサリン妃に影響を及ぼしていると感じるのは、「メディア対策」だという。ウィリアム王子とキャサリン妃がメディア対策に心を砕いているのは、パパラッチに追われ続けたダイアナ妃を悲劇的な事故で亡くした経験があるからだ。「ダイアナ妃は、パパラッチに追いかけられ続けていました。だからこそキャサリン妃は、結婚前から『どうやってパパラッチと付き合えばいいのか』と冷静に判断して、対処法を身につけている」とキャサリン妃の対応力を絶賛する。

ウィリアム王子とキャサリン妃がまだ交際中のころ、キャサリン妃のバイト先までメディアが追いかけてきたことがあるんです。バイト仲間が『表にたくさんカメラがいるから、裏口から出たほうがいい』とアドバイスしたところ、キャサリン妃は『彼らは写真が撮りたいわけだから、1枚撮ってもらって帰ってもらえばいい』と表から堂々と出ていったそうです。すごいですよね」と感服しつつ、「ウィリアム王子も、母の死を引き起こした原因でもある、大嫌いだったパパラッチとうまく付き合えるようになった。それはきっとキャサリン妃のおかげだと思います。いまとなっては恒例になりましたが、子どもたちの誕生日にはキャサリン妃が撮影したポートレートを公開するなど、彼らは国民やメディアが望んでいることをきちんと理解して、半歩手前でそれを実行しています。そうすれば、揉めるようなことはありませんから」とウィリアム王子とキャサリン妃は、メディア対策を通して国民とも良好な関係を築いているという。

■「ダイアナ妃の死を乗り越えたからこそ、いまの英国王室がある」

本作では、執拗な追跡を行うパパラッチとのカーチェイスが繰り広げられ、ダイアナ妃の乗った車が地下トンネルで事故に遭う痛ましい光景が確認できる。また、彼女の遺体を引き取った英国王室が準国葬の「王室国民葬」を行った際に、エリザベス女王が頭を下げてダイアナ妃に敬意を表している瞬間は特に印象的だ。ダイアナ妃の死去後の対応に対する王室の態度が国民から反感を買うこともあり、にしぐちによると「ダイアナ妃の死によって、英国王室はかつてないほどの存続危機に陥った」そう。

国民も深い悲しみに陥った、ダイアナ妃の死。エリザベス女王はその事実を受け止め、ダイアナ妃の事故から多くを学び、“開かれた、愛される王室”として新たな王室へ生まれ変わった。にしぐちは「ダイアナ妃の死を乗り越えたからこそ、いまの英国王室がある」と断言。「ダイアナ妃が亡くなったあと、“国民に親しまれる王室”を心がけて、ものすごい勢いで、時代に合わせた王室になるべく、あらゆる対策が講じられました。SNSのツールを取り入れたのも早く、王室の公式TwitterやInstagramのスタートを切ったのも、エリザベス女王でした。『私たちはいつも、寄り添っている』ということを、しっかりとアピールしていったのです。若くて優秀なスタッフがいて、いまはどんなことにもフレキシブルに対応できる」と王室の変化に言及しながら、「世界的に知名度と人気がある王室になった」としみじみ。

■「ウィリアム王子とキャサリン妃、ヘンリー王子とメーガン妃の関係がうまくいけば、無敵の王室になれる」

危機を脱し、安定を取り戻した英国王室とはいえ、ヘンリー王子とメーガン妃が王室を離脱し、彼らと王室との深い亀裂が話題に上がることもある。本作を観れば「ダイアナ妃がいかに2人の兄弟を愛していたかがわかる」と目を細めるにしぐちは、「ウィリアム王子とキャサリン妃、ヘンリー王子とメーガン妃の4人の関係がうまくいけば、無敵の王室になれるはず。ダイアナ妃の愛情や想いを受け止めて、兄弟が歩み寄ってくれたら、今後の英国王室はまた光り輝くと思います。そういった意味では、英国王室の今後のカギを握っているのも、ダイアナ妃だと言えますよね」と願いを込めながら、熱く語った。

■「ダイアナ妃は、ファッションでも自分の想いを訴えた」

ファッションアイコンとしても、圧倒的な存在感を放ったダイアナ妃。本作においてもダイアナ妃のファションセンスを堪能することができるが、にしぐちは「ダイアナ妃ほど、心境に合わせて、身につけるファッションが変化した人もいないのではないでしょうか」とにっこり。

「結婚したてのダイアナ妃は、トラッド系で、少し垢抜けない感じもあるファッションでした。思いきり甘めな、ロマンティック系の洋服も多かったですね。注目を浴びることに葛藤しつつも、しだいにそれに慣れてきた時期は、“ザ・ロイヤル”な雰囲気の、全身に鮮やかなカラーを使った華やかなスタイル。結婚生活に悩んでいるころには、自立心の表れなのか、洋服も肩パッド入りやセクシーモードで、頑張っている印象の装いばかり。別居、離婚後は、シンプルでカッコいい人道主義的なファッションへと変化しました。『やっとこれから、自分の人生を生きていける』という時のダイアナ妃の逝去だったので、晩年のスタイルが最もナチュラルでダイアナ妃らしいファッションをしているなと感じます」と変遷を語り、「ダイアナ妃は、言葉だけでなく、ファッションでも自分の想いを訴えています。ファッションに注目して本作を観ても、とても興味深いと思います」と提案していた。

取材・文/成田おり枝

ドキュメンタリー映画『プリンセス・ダイアナ』に合わせて、ダイアナ妃が英国王室に与えた影響を探る/[c]EVERETT/AFLO