イキウメ『天の敵』(作・演出:前川知大)が、2022年9月16日、東京・本多劇場で開幕した(10月2日まで。その後、10月に大阪公演)。2017年に続いての本作上演となる。

食事療法について取材するジャーナリストの寺泊は、戦後まもない1947年に「完全食と不食」についての論文を書いた医師・長谷川卯太郎の存在を知る。その卯太郎の写真が菜食の人気料理家・橋本和夫に酷似していたことから、寺泊は二人の血縁を探るため橋本に取材を申し込む。しかし実際に出会った橋本は「自分は卯太郎本人。今年で122歳になる」と言うのだ――。この作品に、good morning N°5を主宰し作・演出を務める澤田育子、映画「火口のふたり」で第41回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞、第93回キネマ旬報ベスト・テン旬報主演女優賞を獲得するなどスクリーンでの活躍により注目を集めている瀧内公美が出演する。イキウメではちょっと意外な顔合わせ。そんな二人が前川を囲んだ。

――女優さんお二人がイキウメっぽくない、いえいえ新鮮さに惹かれて取材をお願いしました。まず『天の敵』は料理番組のシーンから始まりますが、前川さんは昔料理人を目指していたこともありましたね。

前川 料理やってたんです。

瀧内 創作料理とか?

前川 普通に働いてたんです、イタリアンのお店で。

澤田 えっ、そうなんだ?

前川 調理師免許も取って、演劇をやるかお店をやるか悩んだ時期もあって。あるプロデュース公演のパンフレットで俳優さんをイメージした料理をつくるなんて企画もやりましたね。

澤田 何かイメージしたカクテルをつくってみるみたいな、あれだ。

前川 そうそう。

前川知大

前川知大

――鹿肉のチョコレートソースがけみたいな感じの料理でしたね。

瀧内 洒落てますね。

澤田 つくってもらいたい!

前川 いや、ほんと恥ずかしい。

澤田 カッコつけてるじゃん。

前川 カッコつけちゃいました。一応イタリアンをベースにしていたんですけど、考えれば考えるほど洒落た感じになっちゃうんですよ。

澤田 それ面白い企画だけど、ハードル高そうですね。

瀧内 作家の方って料理がうまいイメージがあります。

前川 似ているんじゃないですか。料理は短いスパンでつくり上げられるのが快感なんですよ。それと自分で思ったイメージを形にするのが楽しいし、満足感があるんです。

澤田 私も料理は嫌いじゃないけど、ここ数年はコロナもあって誰かを呼んでもてなす機会も持てないから、張り切ることは減りましたよね。生きるための日常の一つになってる。

前川 うちは逆に家呑みするようになりました。定員3人って決めて友達を呼んで料理して食べるみたいな。

瀧内 いいなぁ。私は実家が畑をやっているので、季節になると野菜がいっぱい届くんです。さすがに手のかかるザ・イタリアンみたいなことはしませんけど。

澤田 そんなチョコレートがどうとかやったことないよ。

瀧内 少し前はゴーヤが大量に送られてきていました。

澤田 いいね!

瀧内 プチトマトもどっさり届きます。

前川 食べきれないよね

瀧内 もらってもらえますか?

澤田 もちろん、すぐ食べ終わっちゃう。

瀧内 ホント? じゃあ稽古場に持ってきます!

前川 『天の敵』では瀧内さんは実際に料理するシーンがあるから、家で料理の練習もしてくださっているんですよ。

瀧内 そして澤田さんが食べてくださる(笑)。

澤田 たくさん食べますよー。

――うまく話が作品につながったので役について教えていただけますか?

澤田 糸魚川佐和子、卯太郎の先輩にあたる医師の、孫の妻ですね。やはり医師です。

瀧内 五味沢恵、橋本のビジネスパートナーです。卯太郎の亡き妻、長谷川トミも演じます。恵はトミの生き写しのような存在です

澤田育子

澤田育子

――イキウメにとっては新鮮な顔ぶれじゃないかと僕は思ったのですが、お二人はいかがですか? 

澤田 「ぽくない」「ぽくない」とあちこちで言われるし、自分でもそう思ってます。

――イキウメさんの作品を見たことはある?

澤田 もちろん! 普段お芝居を見ると烏滸がましくもあの役やってみたいなとか、面白いなぁ出てみたいなぁとか夢見ちゃうじゃないですか。イキウメさんに関しては、自分が出演させてもらえるなんて夢にもイメージできなかったので、お話をいただいたときは、「イヤイヤ、私が生息可能なエリアはないのではないか……」と思いながらも非常にうれしかったです。

前川・瀧内 はははは!

――澤田さんは去勢されてない感じが魅力ですよね。

澤田 ジビエ的な? 

――ならば自分でエリアをつくってやるぞみたいな?

澤田 いやいや、とんでもない。だから本当にミスキャストじゃないかと思ったんです。私には計算された中での美しいスローモーション、できそうもなくて……。

――瀧内さんはいかがでしたか?

瀧内 私は、最初にイキウメさんを拝見したのは『関数ドミノ』(2014年)でしたが、すごい衝撃を受けました。演劇って声を張り上げるイメージが強かったけれど、こんなに淡々と、しかも身近な設定からすごく壮大な展開になっていくことに感動したんです。それからはただ、ただ大ファンで、その中に入れてもらえるのはすごく光栄です。

――瀧内さんは映画での活躍が目覚ましいですよね。演劇もやられてはいるけれど、やっぱり「飛び込む」という感じがありますか?

瀧内 そうですね。映像とは表現方法も多少は違いますから、本当にいつも挑戦だと思って臨んでいます。でもすごく奥深くて面白いです

瀧内公美

瀧内公美

――前川さん、今回お二人を起用される狙いはどんなところにあったんですか?

前川 澤田さんについては、僕らから見て、この役をこの人がやったら面白いだろうな、見てみたいなということでお声がけしました。もう一つ、僕らの中に、あるお呼びしたいポジションの方がいらっしゃるんです。それは小劇場で自分の表現にこだわりながら創作を続け、ちゃんと生き延びている人たち。僕らが劇団を始めたのは30歳ぐらいだったから劇団同士のつながりがなかったんです。年齢的には変わらないけど、澤田さんはもう有名人だったし、さらに今も活躍されている。例えば池田成志さん、温水洋一さん、今回の市川しんぺーさんを始めお世話になっている猫のホテルの皆さんなど、その先輩ポジションです。そういう人たちを呼んで学ぼうと。猫ホテも全然うちとは違うけれど、一緒に芝居したらどうなるだろうって。澤田さんもそうです。きっと息苦しいだろうなとは思ったんですけど、快く引き受けてくださったし、うれしかったですね。

澤田 今のところまったく息苦しくないです(笑)。

前川 澤田さん的には抑えられている感じもあるでしょうけど、そういう澤田さんも見てたいみたいんです。瀧内さんは何度かオーディションやワークショップに来てくださって、『金輪町コレクション』に出てもらったんですよ。そのときに楽しみにしてたんだけど大変だったんだよね。

瀧内 はい!

一同 笑い

前川 11の短編作品を甲乙丙と3チームに分けてやったんですけど、とにかく稽古が間に合わなかったんです。瀧内さんの芝居も全然見られなかった心残りもあって、長編でじっくりご一緒したいなと。今回はすごく合う役だと思ったし、初演の役者さんともイメージが違うから新しくなると思ったんです。

瀧内 うれしいです。『金輪町コレクション』は、次の稽古が1週間後というペースで、やったことが積み上がっていかないみたいな感じもあったんです。私は見ている時間も多かったんですけど、皆さんは本当にすごかった。1度やられている作品とはいえ、今の新しい価値をどう乗せていくかを非常に考えながらやられている。クリエーションがとても深いんです。これじゃないね、これじゃないねと短い時間なりに積み上げていくんですけど、そのときに互いに認め合って、高め合っていく集団としてのパワーを感じました。

前川 あのときは、ほかの客演さんも何度か出ている人たちで、瀧内さん一人だけが初めてだったんだよね。

瀧内 舞台もまだそんなに踏んでいなかった。でも今回安心感があるのは、『金輪町コレクション』で二階堂さくら役をやったんですけど、前川さんの脚本って同じキャラクターが別の作品にも出てくるんです。今回も冒頭にさくらが出るので、何か里帰りするような感じがします。

――澤田さんは前川さんの演出はいかがですか?

澤田 私だけがイキウメさん初参加なんですけど、そういう現場もすごく久しぶりなんです。呑み会で会ったことすらない方々なので、転校生のような気分。最初は「澤田さん」って呼ばれて、「はい」と答える感じを楽しんでいました。最初にテーブル稽古という緊張を誘うようなワードから入って雑談にいくんですね。その時間がたっぷりあったことに驚いたんですけど、そこでざっくばらんな話を自由にできたことで、立ち稽古にも違和感なく入っていけた。自分の現場でも取り入れようって思いました。

――good morning N°5はテーブル稽古はないんですか?

澤田 ない、ない。顔合わせして、すぐにセリフを覚えてきてください、立ちますみたいな感じです。やっていけばわかる、みたいな雑な感じで。だから前川さん、頭いいやり方するなって。さすがです!

前川 苦笑

瀧内 ほかの現場でも聞かれますよ、前川さんってどんな人って。みなさんとても興味があるみたいです。『金輪町コレクション』で松岡依都美さん(文学座)と一緒だったんですけど、帰りの電車で「前川さん何を考えてるんですかね」としゃべったら、結果「宇宙人だからわからない」って。

一同 爆笑

瀧内 前川さんは稽古場で頭に手ぬぐいを乗せているんです、いつも。

澤田 入浴中でもないのに、きちんと畳んで頭に乗せていらっしゃいますよね。

瀧内 あの手ぬぐいに秘密があって、きっと何かが降りてくるんだと思う。

澤田 私は頭から何かしらの電波が出ていて、それがみんなへのヒントなりすぎちゃうから出過ぎないように抑えていると思った。

前川 そんな不思議な力があるんだ(苦笑)。僕は汗かきだし、いつも手ぬぐいを持ってるんです。でも微妙に髪の毛が生えているから剣山みたいな役割をして、手ぬぐいが落ちない。それが楽だから乗せているんですよ。

瀧内 この話ってイキウメのイメージ的に問題があるかしら?

前川 大丈夫です。

澤田 それも雑な感じじゃない。めっちゃきちんと畳んでいるんですよ、品よく。

瀧内 その品の良さがイキウメに行き渡っていますよね。

澤田 誰も野蛮じゃないしね、作品にも表れている。

――イキウメの作風をどのように思っているんですか?

澤田 劇団名だけ見たら怖いじゃないですか。でもカタカナにすることで、まずお洒落な方を取ってますよね。そしてメッセージに多様性も込めている、きっと。よく考えれば、埋められているのに生きているということは、生きることに対する執着、生きることへのエネルギーが流れている状態だと思うんです。

前川 いや、それすごい。書いておいてくださいね。そういうイメージでとってくれるのはうれしい。僕らは生きているのと死んでいるのの半々ぐらいの境界線の話をやりたいんです。でも漢字の字面が良くないから死のイメージを持たれちゃうんですよね。

――少し『天の敵』の話もしましょう。どういう発想からスタートしたんですか? 

前川 健康料理や何が体にいいかということに興味があって、その健康や長寿の先に不老不死という昔ながらの人類のテーマがあるじゃないですか。一方でヴァンパイアが好きだから、そのテーマがだんだんヴァンパイアに寄っていったんです。長く生きてきた人が人生を振り返る、過去から現在を振り返ってしゃべるという設定をイメージしたんです。僕は脚本を書く前に登場人物の一人に物語を語らせるものをよく書いて、それを脚本に起こすんです。それが『天の敵』のときは止まらなくなって1万字以上になった。それを稽古場で役者に朗読してもらい、いくつかシーンを立ち上げて短編のパイロット版をつくったんです。2009年のことです。それが面白くて2017年にディテールを詰めて、1本の脚本にしたわけです。

――不老不死は『太陽』でもモチーフになってましたよね。

前川 さっきの澤田さんの話じゃないけど、ヴァンパイア物や不老不死物の映画、小説を見ると、生に執着することで見えてくるのが死というか、自分の時間が過ぎないことに苦しんでどうやったら死ねるかを考える。ヴァンパイアゾンビが死なないのは、もうすでに死んでいるからで、不死というのは生とは違う。死ぬから、生きてるわけです。そういう反転があります。もし完璧に健康で何の心配も不安もなくなったとしたら、人として想像力が抜け落ちていくと思うんです。合理的だけど、心がないような状態になっていく。そんなことに興味があるんです。

――脚本をご覧になっていかがでしたか?

瀧内 最初お料理番組から入るのでライトに読んでいたんですよ。けれど、どんどん笑えなくなってくる。あまりしゃべるとよくないんですけど、前川さんに「インタビュー・ウィズヴァンパイア」を観てと言われたときに、なるほどなって。前川さんヴァンパイアが血を吸うことについて、こんなふうに解釈して物語を立ち上げるんだと興味が湧きました。2時間で100年後まで連れていってくれるんだ、すごいなって。自分だったらどうするかなと、すごく考えさせられました。同時に演劇の強さ、想像力の豊かさを感じましたね。ただ演じるのはすごく難しい。前川さんの要求に応えるイキウメの俳優さんたちってすごい肉体を持っているんだなと改めて思いましたね。そして自分の想像力のなさも感じました。

澤田 私も「これは演劇だな」という思いになったかな。どうやって立ち上げるのかすごくワクワクしましたね。100年以上も人が生きてるとか、血を飲んでるって外枠だけ捉えちゃうとファンタジックな物語だけど、それが単なるファンタジーにならないようなセリフの運びが上品で丁寧なんですよ。

瀧内 繊細ですよね。

――前川さん、イキウメでは再演も丁寧にやってるじゃないですか。『天の敵』は初演に対してどうつくろうと考えていますか?

前川 今までは再演する際は見せ方を変えたり、脚本を直したりすることが多かったんですが、今回はほとんど手を入れていません。そういう再演は初めてですね。やっぱり新しくしたい、変えたいという意識が働くんですけど、話し合った末に、美術も最終的に前回と同じような感じになりました。それを否定するのもおかしいじゃないですか。そういう意味では逆に5年間で変わった部分が見えてくるんだろうと思いますね。実はこの物語の出来事を5年後から見直すという視点を演出的に入れているんです。そのことで物語的にも5年間の変化が出るだろうし、客席から5年分遠い感覚になるようにつくっています。

澤田 その試みがすごく面白い、奥行きのあるつくり方だなって思う。そういうチャレンジは見たことない気がします。

前川 お客さん的には何をチャレンジしているか分からないかもしれないけど、何か伝わるはずだと思っています。

取材・文:いまいこういち

イキウメ『天の敵』(2017)