本記事は、フランクリン・テンプルトン・ジャパン株式会社が9月1日に配信したレポート『マクロ見通しー現実味を増すインフレ加速と景気後退』より一部を抜粋したものです。
欧州経済…「景気後退」のリスク高まる
率直にいえば、欧州のマクロ経済の先行きは厳しい状況にあります。ブランディワイン・グローバルのディレクター・オブ・グローバルマクロ・リサーチであるフランシス・スコットランドによると、まだ先のこととはいえ、景気後退のリスクは高くなっています。
しかし、状況はそれ以上に悪く、まず、イタリアの政治危機をきっかけにEUにおける分断リスクが高まっています。こうしたリスクは深刻なエネルギーショックや天然ガスの戦時割り当てという状況下で生じています。
我々はECBのクリスティーヌ・ラガルド総裁を支持していますが、ラガルド総裁は今後数ヵ月間(と数年間)に及ぶ厳しい試練に直面しています。
景気後退懸念の主因であるインフレから話を始めます。表面上は欧州と米国のインフレは似通っているように見えます。
しかし、フランクリン・テンプルトン・ インベストメント・ソリューションズのリサーチ・ヘッドであるジーン・ポドカミナーが指摘するように、欧州のインフレはロシアのウクライナ侵攻によるエネルギーショックが大きく影響しています(図表1)。
米国ではモノやサービスを中心とする家計需要がインフレにはるかに大きな役割を果たしています。このタイプのインフレは、需要を冷やす利上げを通じて解決することが可能です。
欧州のインフレは外的ショックにより引き起こされた異なるタイプのものです。いうなれば、ウラジーミル・プーチン大統領はロシア産の天然ガスを武器として使っているとフランシスは考えています。
ECBは7月に政策金利を0.5%引き上げ、11年ぶりの利上げに踏み切りましたが、今回のインフレショックには機能していません。
ラガルド総裁とEUはいまや、金融引き締めが必要なほどインフレは高止まりしている一方、景気はかろうじて冷え込ませる必要がある程度の強さしかないという厳しい状況に直面しています。
欧州北部国と欧州南部国の「分断」
ロシアとの直接的な結びつきが強い欧州最大の経済大国ドイツは景気減速の危機に立たされています。国際通貨基金(IMF)は、ロシアがドイツ向けの天然ガス供給を停止した場合、ドイツでは経済生産が4.8%減少する恐れがあると警告しています(注1) 。この発表を受けて天然ガス価格は急騰し、ドイツは緊迫した不安定な状況となっています。
欧州委員会は予防措置として、ロシアが天然ガス供給を停止した場合に備え、EU加盟国に15%の消費削減を要請しました。
これに対し、スペインとポルトガルは要請に応じないことを明らかにしています。両国は欧州の価値観は遵守するものの、両国のエネルギーシステムは欧州とはつながっていないことから、今回の要請は受け入れないとしています(注2)。
フランクリン・テンプルトン債券グループの最高投資責任者(CIO)であるソナル・デサイは、こうした反応はラガルド総裁やECBにとってより大きな問題を示唆していると主張しています。すなわち、ドイツなど欧州北部の緊縮財政国とイタリアなど欧州南部の過剰債務国の分断です。
注1:(出所)Weber, A. “Almost 5% of German Economy at Risk Over Russian Gas, IMF Warns,” ブルームバーグ、2022年6月20日。
注2:(出所)Wilson, J. “Spain and Portugal reject EU plan to limit natural gas use,” アソシエート・プレス、2022年7月21日。
10年前の「欧州債務危機」再来か
欧州が直面している苦境の1つは、ドイツとイタリアのソブリン債の利回り格差の拡大です。ECBが利上げを積極化すればするほど、不安定なイタリア経済をめぐる懸念は強まり、イタリアの利回りは一段と上昇します。
こうした状況に拍車をかけているのがイタリアのマリオ・ドラギ首相の辞任です。これにより欧州第3位の経済大国イタリアの政局をめぐる不透明感が広がっています。ドラギ氏は前ECB総裁としてEUの機能不全への対応の仕方を心得ています。
これに対し、ドラギ氏の後継者として有力視されているのがジョルジャ・メローニ氏ですが、同氏はベニート・ムッソリーニのファシズムの流れをくむとされる「イタリアの同胞(FDI)」の党首を務めています。
1つのプラス材料となり得るのが「トランスミッション・プロテクション・インスツルメント(TPI)」です。TPIによりイタリア債の買い入れを通じて利回りを押し下げることが可能です。
しかし、TPIが有効に機能するかどうかについてはあいまいな点があります。ECBのプレスリリースには「不当かつ無秩序な市場の動きに対応するために」証券の買い入れを行うことができるとしか記載されていません(注3)。
何が正当かを誰が決めるのでしょうか? ドイツなどの緊縮財政国でしょうか? ソナルやフランシスからすると、これは明らかに10年前の欧州債務危機の再来です。様々な意味で欧州の夏は暑くなりそうです。
注3:(出所)欧州中央銀行、「トランスミッション・プロテクション・インスツルメント(TPI)」、プレスリリース、2022年7月21日。
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